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003 命ある限り

 基本的に、ソメリト合衆国ではオフィスラブは認められていない。職場にて私的感情を持ち込んではならないと言うのが、その理由である。もしその禁忌に手を出せば、職を失うのは勿論、社会における信頼すら失う。プラグマティズム、合理主義の国と呼ばれるソメリト合衆国に相応しい規律である。

 しかし、メイ・サイザーランド作戦中尉は、その禁を破っていた。相手は、戦姫と呼ばれる女戦士である。同じ大海洋艦隊に所属している、第12戦姫師団の落ち零れと呼ばれている彼女は、ルックスもそこまで良いとは言えない。「田舎娘」と言う言葉を絵に描いて人の形にした様な顔であり、戦姫戦用のコスチュームを着ていなければ、コスプレしているナードにしか見えなかっただろう。

 キリル・ネストルーデ。彼女との馴れ初めは、メイ・サイザーランドが作戦中尉に昇進した際に、訓練時にミスを犯して注意されている時であった。メイは、その彼女の姿を見て、保護欲を大いに刺激されていた。元を辿れば、メイ・サイザーランド作戦中尉が軍人を志したのは、病弱で短命だった妹の様な弱い立場の人々を守れる職業に就きたいと思ったからだ。

 無論、そんな夢に出てくる様な理想的な職業なんて無いのだと、ミネクロリア統合軍学校を卒業する前から理解していたが、それでもこの仕事は気に入っていた。実際に現場にて戦うのは苦手だが、頭を使う仕事は天職だと感じていた。

 そうして、順調にキャリアを積み上げてきた中で、地雷になるかも知れない運命の出会いが、キリル・ネストルーデであった。キリルは、メイ・サイザーランドからの交際の申し出をアッサリと承諾して、周囲にはバレない様に関係を続けていた。もし妹が成人していれば、もう少し美人には成長していただろうと思ってしまうが、口には出さないのが最低限度の節度であった。

メイ・サイザーランド作戦中尉は、キリル・ネストルーデ戦姫曹長の隣に居ながら告げる。

「君は硫酸島攻略班に配属される。僕も一緒だ」

「どうしても、避けられないのかしら。戦争なんて、もう200年前に終わっているべきだったのに」

「それ以上に忌むべきなのは、戦力の逐次投入という愚を犯していることだ。何度も上申したが、敵を甘く見ているとしか思えない」

「実際、どうなのかしら。世界中を相手にして、また勝てるの? 200年前の様に」

「無理だ。世界再統一は奇跡に近い。惑星「テラース」の、ソメリト合衆国の運命は決まっている。世界中に生産拠点や経済活動を分散している今、世界再統一なんて根本的な問題解決にはならない」

「それも上申するの?」

「出来ればそうしたいが、それは僕の領分じゃない。大統領があの灰色の館で何を考えているのかは、僕には分からない。もしかしたら、何も考えていないのかも知れない」

「もし、もし私がこの戦争で死んだら、あなた、泣いてくれるかしら」

「お互い様だ」

「じゃあ、最後まで生き残ったら、結婚してくれる?」

「何年先になるのか分からないぞ」

「お互い、髪の毛が白くなっても、愛し合っているわ。きっとね」

「それじゃあ、どちらかが先に逝ったらどうするんだ」

「その時は一生独り身で居ましょう」

「……なんだか、理不尽だな。そう言うの」

「私、それでも構わない。人間、何時死ぬかなんて分からないじゃない。戦死なんてしなくても、戦後になってすぐに病死とか事故死とか、なんて事も有り得るでしょう。後悔しない様に生きるのには、そうする他ないわ」

「それもそうかもしれないな。じゃあ、決まりだ」

「……もうそろそろ、自分の部屋に帰らないといけないんじゃなくて?」

「愛している」

「私もよ」


 ソメリト合衆国大海洋艦隊は、戦力を三分していた。聖華大陸には空母1隻、イージス艦3隻、強襲揚陸艦3隻、ロッシス共和国に空母1隻、イージス艦2隻、レイド・サムの硫酸島に、イージス艦5隻、強襲揚陸艦6隻。

 偵察に出た戦姫からの報告を聞いた硫酸島守備隊司令部は、またもやザワついた。イージス艦5隻に強襲揚陸艦6隻。やろうと思えば出来る数だ。あの山之神ゴロク作戦少尉は、「防御一手あるのみ」と主張しているが、こちらから攻めてもいいのでは無いか。

 再び開かれた会議にて、それでもゴロク作戦少尉は初志貫徹の精神でもって主張していた。

「駄目です。先に連中から攻撃させるのです。初手は防御に徹して、ソメリト合衆国に攻撃させるのです。その時こそ、初めて我が国は大義名分を手にする事が出来ます」

「君のそれは、政治の領分ではないのか」

「もしこちらから先に手を出せば、それこそ「軍部の独走」として指弾されるのです。今は兎に角、我慢の一手、防御1択です」

 そこまで議論が進んだ時、1つの報告が舞い込んできた。その時、また運命が動いたのである。

「偵察行動をしていた戦姫が、「敵に発見される」と言う連絡を最後に、消息が途絶えました」


 キリル・ネストルーデ戦姫曹長は、自分の剣が深々と胸に突き刺さった感触を知って、恐怖していた。自分はたった今、人を殺した。命を奪ったのだ。無限の可能性を持つ人生を消し去ったのだ。

 何で殺してしまったのか、理由も分からない。警戒活動中に、レイド・サムの戦姫のコスチュームを着た女を見つけて、恐らく硫酸島へ無線連絡をしていると見た時、反射的に身体が動いてしまっていた。

「敵」は最期まで自分が刺されると思っていなかったのか、あるいはこちらの気配に気が付いていなかったのか。心臓を刺されるまで、無線連絡を続けていた。「敵」、そう、もうレイド・サムとの武力衝突は避けられない所まで来てしまった。このまま最期まで、どちらかが滅びるまで続けなければならないのだ。

 キリルは、「敵」の戦姫の胸から剣を引き抜くと、海へと落ちていく戦姫を見送る。自分がとんでもない事をしでかした動揺と恐怖で、胸がバクバクと音を立てる。何もしていない奴を、単純に偵察行動をしていた相手を、反射的に、それこそ訓練通りに殺してしまったのだ。先に相手から手を出したのならば兎も角、キリル・ネストルーデ戦姫曹長は自分から先に手を出した。

 どうする、どう言い訳を立てる。いや、こうなってしまった今、如何なる言い訳も不可能だ。もう「敵」となってしまったレイド・サムを相手にした戦争は始まってしまった。後はひたすら、戦い抜くだけだ。

 元を辿れば、祖国であるソメリト合衆国の南部の田舎町に置ける生活が嫌で嫌でたまらなくて、戦姫の募集に応募したのである。愛国心なんぞこれっぽっちも抱いていないし、軍人としての覚悟もそこまで持っていない。田舎から出て行きたいというその一念だけで、ここまで来たのだ。

 キリル・ネストルーデは、泣いた。自分の行動が、自分以外の大勢の人間の運命を決めてしまったのだ。



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