0026 力の運命
ナーヴェリア大陸、ヴィクター大陸の南にある、惑星テラースにて三番目に広い大陸である。そこにも、68の星々に別れた各国の軍隊が進駐してきていた。広い大陸なだけに、他にも多数の国々が軍を派遣してきており、同大陸の勢力図をより複雑なものにしていた。
その国々の一つ、「安房」の国の軍事基地にて、1人の作戦士官が吠えていた。アベンダス・カラキュラ作戦中尉は、ナーヴェリア大陸のど真ん中に位置する自分達の基地の危険性について意見具申したのだが、アッサリと退けられていた。
「貴官の意見には、見るべき所はある。むしろ、現状については良く分析できており、単なる煽情的な陰謀論とは異なる意見である」
とした上で、こうも続ける。
「ただ、「安房」の置かれた経済状況については、認識が甘すぎると言わざるを得ない。「先手必勝」による「奇襲作戦」は良く出来ている。この基地の作戦班の中でここまで上手い作戦を考えつくのは貴官しか居ないだろう。ただ、もっと身近な問題、自分の足元についての認識が甘すぎる。「安房」1国にて周囲の基地を所有する諸国を敵に回して、たったの1国にて戦い抜ける筈が無い。本国からもっと兵力を回して貰う必要があるが、今の所どんなに兵力を増やしても、一度に多数の国の軍と同時に戦う余裕は無い」
では、同盟国を増やせばどうなのだ。68もの国々に別れている人類社会にて、こちらに与する、利益を同じくする国々を増やすのはどうなのだ。
「あのね、君、それは冗談でも言ったらいけないぞ。作戦士官が政治的な発言など、軍国主義の萌芽だ。なんて言われて、メディアで騒がれてみろ。貴官の意見具申は取り敢えず取っておくとして、これ以上の政治的発言は許さん。良いな」
アベンダス・カラキュラ作戦中尉は、切歯扼腕しつつ司令官室を出て行く。ドアの外には、エスコートの松下之佐知美戦姫曹長が待っていた。
「だから言ったのに」
佐知美戦姫曹長は、淡々とした口調で言う。
「軍人だと言っても、公務員ですから。公に対して仕える身の上で、もっと節度ある発言を心がけなければ」
「そんなの、まっていられんのだよ。もっと早く、もっと高く、出世するには、こうするしかないんだよ」
「中尉殿は、戦争屋という言葉をご存じで?」
「悪口や揶揄として使われている言葉ならば、知っているが」
「中尉殿は、正しくその戦争屋ですね」
言葉の割に、悪気や皮肉のスパイスがきいていないのは、何故アベンダス作戦中尉がここまで昇進に拘るのかを、佐知美戦姫曹長は知り尽くしていたからだ。アベンダス・カラキュラは、「安房」の国でも中の下程度の家庭にて育ち、「学と徳を積めばいずれ成功できる」と教わっていたが、程なくしてそんなのは嘘っぱちであると思い知らされたのだ。
彼の母は、母子家庭でありながら3人の子供を捨てて若い男と駆け落ちした。アベンダスの妹2人を大人にする為に、長男は働き狂った青春を過ごしたが、2人の妹は「生活の為の結婚」をしていた。2人とも、アベンダスが働き狂って用意した生活環境よりも、豊かで充実した生活をしているのを見て、アベンダスは「学」も「徳」も信じなくなっていた。
唯一、信じても良いのは「力」だけだ。「権力」でも「武力」でも「暴力」でも、何でも良い。「学」も「徳」も、「力」には敵わない。今目の前から迫り来る敵に対して、「徳」や「学」が何の役に立つと言うのだろうか。「力」こそ全てだ。
最も分かり易い「力」。それが、「軍人」である。戦姫は1人を相手にしか出来ない。機甲も同じだ。巨神については、こちらの出る幕は無い。一番の華は、作戦士官だ。
こうして、アベンダス・カラキュラは、苦学の末に士官学校に入学し、今年になって作戦中尉として「安房」の国の軍事作戦を指揮する立場になっていた。積極性のある、血気盛んな青年士官として、組織内での立ち位置を確固たるものにしていた。
松下之佐知美戦姫曹長は、アベンダス作戦中尉の妹からその過去を聞かされて、思わず笑ってしまった。可愛い男だ、と感じてしまっていた。「徳」も「学」も信じていない、と言うのは「嘘」だろう。どちらが欠けても、大した「力」は得られない。「心技体」と同じ様に、「徳」「学」「力」は密接に関係している。どれか1個でも欠ければ、チンピラと同レベルである。動物のリーダーは出来ても、人の上に立つ事は出来ない。
アベンダス・カラキュラ作戦中尉は、強がっている。粋がっている。でも、そんなのは本人も百も承知だろう。そうでなければ、作戦中尉と言う晴れの舞台まで上がる事は出来ない。佐知美戦姫曹長にだって、その程度の事は気が付いていて、それでいておかしいと思ってしまうのだ。なんか可愛いと思ってしまうのだ。
単純な人間なんて面白くない。いや、そんな人間は最初から存在していない。複雑怪奇で、掴み所の無いのが人間の内面であり、そこが面白いのでは無いのか。社会にとっては、周囲の人間にとっては迷惑この上ない存在であろうが、良い人間も居れば悪い人間も居る。それを全部引っくるめて「人間社会」と言うのではないのか。
松下之佐知美もまた、アベンダス・カラキュラと同じく、数奇な「運命」に翻弄されてここに居る。最初、佐知美が希望していたのは「戦姫」としてではなく、「婦警」であった。実際に「婦警」として勤務していた時期もあったのだが、すぐに辞めてしまった。「警察」は「法」の味方であり、「正義」の味方ではない。無論、「人間」も守らない。その現実を前にして、佐知美は家の慣習に従い、「戦姫」として奉職する事にしていた。
「軍人」と「警官」、どちらも「矛盾」と「欺瞞」に満ちた職業であるが、「本音」と「建前」で出来上がっているこの「社会」で、何が正しいのか分からなくなっていた佐知美は、このアベンダス・カラキュラの生い立ちを聞いて、そこに答えを見出していた。
元々世の中は、人間は、複雑である。単純な二元論なんて通じやしない。通じるとすれば、それは「生きる」か「死ぬ」かの問題だけだ。それが一番分かり易く示されるのが「軍」だと思えばこそ、「戦姫」への道を歩んだのである。そうでなければ、自分も適当に嫁に貰われていたかも知れない。
「人間」も色々ならば、「人生」も色々である。「運命」を受け入れるか、受け入れないか。どちらかと言うと、松下之佐知美戦姫曹長は受け入れる道を選んでいた。別にそれが「勝ち」か「負け」かの問題だなんて思わない。「勝ち」「負け」の二元論なんて、一番つまらない生き方ではないか。人間はどうせ死ぬ、しかもつまらない理由で、ある日突然人生が終わる事もあるのだ。「死」を「負け」にカウントするとなれば、全ての人間は絶対に負ける。そんな考え方では、生きるのが窮屈になる。
複雑で、理屈が通らない、意味不明な要素を抱え込んでいるのが人間である。美しい部分も醜い部分も、みんな認めて受け入れるのが、彼女が選んだ「運命」である。それは報われない「運命」かもしれない。「生きるか死ぬか」「勝つか負けるか」「正義か悪か」。この手の単純な二元論は、分かり易くて楽であるが、時として自分も含めた「人間」を深く傷つけて、あるいは殺してしまう事もある。佐知美の「運命」は、報われない割には忍耐を要求されるかもしれない。
でも、自分が好きで選んだ「運命」なのだ。松下之佐知美戦姫曹長は、アベンダス・カラキュラ作戦中尉のエスコートとして、そして観察相手として、出来れば何時かは隣人として見守り続けたいと想っていた。
もしかすれば、それは「愛」と呼べるものかもしれない。




