0022 突撃
今はもう居ない命の為に祈る。
既にこの星の海に灰となって捨てられた命の為に祈る。
キリル・ネストルーデ戦姫軍曹は、周囲が混乱している最中においても、静かに祈っていた。胎の中にいながら、遂に産まれてくる事無く、焼却処分されてしまった胎児の為に、キリルは祈っていた。
この戦争は負ける。キリルの第六感がそう告げている。いや、第六感なんて言い訳を持ち出すまでもなく、本拠地とも言えるグレイス島にまで進軍を許し、尚且つ住民の批難活動について大統領の横やりが刺してきている今、軍官民の連携がバラバラで、意思統一も全く出来ていない。
キリル・ネストルーデ戦姫軍曹は、「戦闘指揮艦」の従軍神父の前にて、祈っていた。どうか勝てますように。なんて、祈る筈が無い。もう勝負はついている。最期まで自分の力に驕った愚か者の末路だ。自分を守ってくれ。とも祈らない。彼女は自分の子供を守れなかった。もし無事に生きて産まれてきても、自分が死ぬまで面倒を見切れただろうか。
だから、彼女は祈る。
「1人でも多く道連れが出来ますように」
自分の生還さえも望まない。この状況で、生還なんて望まない。今の彼女に出来るのは、海に還った娘の霊を慰めるべく、1人でも多くの生け贄を捧げる事だ。
ラブ・バッティス中将とグラント・バッティス中将、双子の中将は結果として大統領の命令を無視していた。艦隊決戦だけで、レイド・サムの聯合艦隊を相手に退ければ良い。それが理想的であり、物事を丸く収める展開であったが、そんな単純に聯合艦隊が負けてくれる確証は何処にもない。むしろ、軍官民の連携がとれておらず、てんでバラバラに右往左往している今、負ける可能性が高い。
それでも、8隻の「戦闘指揮艦」と呼ばれる、コンテナ船を改造して軍艦に仕立てあげた合衆国軍大海洋軍艦隊は、分裂させずに集中させられていたのは、怪我の功名である。相手はそれに負けずに劣らぬゲテモノ船、双胴船が11隻。こちらは援軍のあてがあるし、次の奪還作戦で取り戻す事も出来る。敵のレイド・サムの聯合艦隊は、この一戦に全部賭けている。
メイ・サイザーランド作戦中尉とマイル・エメレスト作戦中尉は、コンテナ船に積み込んでいた巨神が、全高20メートルの筋肉と鉄の塊の巨人が起き上がるのを見る。犬より多少は高い知能の巨大兵器の最大の武器であり盾が、この20メートルの体躯である。これが、1隻に1体ずつ乗り込んでいる。機甲と呼ばれる有人操縦の人型ロボットも、全高9メートルの身体を起き上がらせると、専用機関砲を持って空に向ける。その中で、戦姫が夕焼けに飛ぶカラスの如く群れをつくって飛び上がる。
レイド・サムの聯合艦隊からも、出るわ出るわ。11隻の双胴船から、巨神、戦姫、機甲が姿を見せる。
負ける訳にはいかない。自分達の背では、今正に避難船や避難民を乗せた旅客機や輸送機が、飛び立つ準備をしている真っ最中である。巻き込めば、民間人に犠牲が発生すれば、最悪の背信行為である。「テラース」最終戦争に置けるレイド・サムの終盤戦では、「軍隊は約束を守らない」と言う不名誉なジンクスを世界に示した。そのジンクスを、世界唯一の軍事大国とされる自分達にも当てはめられるのか。
それだけは、出来ない。例え犠牲が発生しても、それこそ住民の命と引き換えにでも、そんなジンクスがソメリト合衆国にも当てはまると言う事態は何としても避けなければならない。
合衆国暦201年12月22日。後に「テラース」解放戦争と呼ばれる戦いの決着をつける、グレイス島攻防戦が始まる。
キリル・ネストルーデ戦姫軍曹は、先陣をきって、レイド・サムの戦姫に突っ込んでいた。お互いの剣、槍、斧が、相手の身体に目がけて振り下ろされてくる。
キリルの武器は、人の身丈程もある巨大な斧である。斧を横に振るい、縦に振るい、敵の戦姫を近寄らせない。1人でも多く道連れに、とは思えども、なかなかとどめの一撃が斬り込めない。敵も同じらしく、身丈程の斧を前にして怖れている。実際、この斧の一撃を喰らえば、身体が砕け散るだろう。
その光景を見ながら、1人、もどかしい思いを抱いている戦姫が1人、旗艦「埜沢」の艦橋にて涎が出そうな顔をしていた。
その顔を見ながら、周りの水兵は戦慄する。こいつは、この指揮官は、「ドラゴン殺し」は、あの光景に混ざりたいと思っているのだ。人間を「敵」と「味方」に分けて渡世してきた。「味方」には絶対の友情を、「敵」には容赦のない敵意を与えてきた。その相手が、男だろうと、上官だろうと、名家のご令嬢だろうと、容赦なく、時としては命も奪ってきた。
あそこにしかないのだ。自分の人生が最も輝く瞬間は、あそこにしかないのだ。もし戦局が我等に利なくば、自分が打って出てもいい。そうとも思っていた。ギャグでもジョークでもない。牧村ケイコ戦姫少将と言う人間の、それが本質であった。
その戦局だが、当たり前だがソメリト合衆国軍が不利であった。背後の避難民を気にしながらの戦いでは、上手く動けるわけがない。海路で逃げるのも、空路で逃げるのも、危険極まりない状況である。
11隻の双胴船は、8隻の「戦闘指揮艦」に向けて、真っ正面から押していく。船を狙おうとした戦姫は、機甲の機関砲の銃弾にて砕かれる。それを掻い潜っても、巨神の巨体が立ち塞がる。VTOL機は、主に偵察用に使っているのか、発着場に駐機したまま動かしていない。
ラブ・バッティス中将は、双子のグラント・バッティス中将の方へと顔を向ける。その表情は、自分と同じ結論に至っているものだ。どうやら、艦隊戦は負けたらしい。双胴船相手では、タンカーに毛を生やした程度の船では太刀打ちできなかったらしい。
地上戦になれば、基地守備隊の援護を受けられれば、どうにかなる。しかし、今はそれこそが至難の業とも言える。背後には民間人が犇めいている。そんな中で逃げれば、軍は民間人からの信用を失う事になる。
いや、民間人の信用なんて、今更そんなの問題にはならない。戦争をしているのだ。必要な犠牲が発生するのは仕方が無い。自分達が責任を取りさえすれば、後は勝ちさえすればどうにかなる。
キリル・ネストルーデ戦姫軍曹は、自分の周囲から友軍の姿が消えていくのを感じていた。まだ数人、砕いただけであるが、ここで死ぬのは勿体ない。戦場は、海上から地上へと舞台を移しただけだ。しかも、民間人の避難はまだ終了していない。このどさくさに紛れて、つまり一般市民を盾にして戦おうというのだ。
「戦闘指揮艦」が、踵を返して撤退していく。双胴船11隻で編成された聯合艦隊は、遂にダイヤモンド湾へと乗り込もうとしていた。
それも良い。何も、道連れは敵兵だけでなくてもいい。楽園とも言われたグレイス島を血に染めてでも、勝たなければならないのだ。
「負ける」と言う確信は、まだキリルの中にある。こんな事をして「負け」を挽回しようというのは、愚策も良いところである。
「ママ、変な船が来るよ! いっぱい来るよ!」
それが、パニックのトリガーであった。避難船に乗り込もうとしている避難民達は、そのトリガーに指をかけている状態であったが、その子供の一言が、その指を引かせていた。
グレイス島攻防戦、最大級の混乱が始まる。
旗艦「埜沢」の艦橋にて、牧村ケイコ戦姫少将は全軍に命じる。
「突撃!」
その一言の意味する所は、その命令により齎される結末については、誰もが思い至る。それでも、やるしかない。白旗をあげない敵が悪い。と言うしかない。




