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002 濁川の中で

 映画は撮影現場で作られているのではなく、会議室で作られている。これは一般的には知られていないが、「この予算枠でこの画が作れるのか」「この脚本通りに場面が作れるのか」「このセットをこの予算で造れるのか」と言う議論が侃々諤々で繰り広げられるのが映画作りの「現場」と言うものである。

 では、軍隊にとっての戦争はどうなのかというと、これもまた会議であるが、同時に作戦のシミュレーションも嫌と言うほど繰り返される。この地域にこれだけの戦力を集めて、対して敵が動員してくる戦力を想定した上で、攻撃の戦果と損失はダイスを振って判定する。これを昼夜問わず繰り返して、その結果に基づいて作戦を修正したり、時としては中止にしたりするのである。

 そして、政府はどうなのかと言うと、緊急時、国家存立の危機、国難と呼べる事態に陥った時、矢張り会議・会議・会議の連続である。官僚に対しては必要な資料を大急ぎかつ正確に用意させて、デスマーチと呼ぶに相応しいスケジュールにてお役所を酷使して、結論を出すのである。

 つまり、「後方は現場の苦労を理解していない」と言うのは、あまり正確な表現とは言い難い。何なら、現場が苦しい時は、後方はその100倍は苦労しているか、あるいは現場と同じ惨状に陥っていると言える。


 合衆国暦201年10月12日。極東の島国「レイド・サム」の最東端の島、硫酸島の守備隊に緊迫した指令が届けられていた。

「ソメリト合衆国大海洋艦隊との戦いにてどの程度の持久が出来るのか算出せよ」

 守備隊の司令部の面々は、血の気の色を失った顔をしていた。硫酸島は「レイド・サム」にとって生命線である。もしこの島が他国に占領されたら、「レイド・サム」全体がソメリト合衆国の重爆撃機の爆撃範囲内に収まってしまう。軍部のそれを意識して、それなりの戦力をこの硫酸島に配置している。

 しかし、「テラース」最強の名高いソメリト合衆国大海洋艦隊の包囲下に置かれたら、持久なんて夢の又夢、圧倒的物量にて押し潰されてしまう。つまり、事実上の「死守命令」である。どうやら、「レイド・サム」の歴史に終止符が打たれるらしい。

 と、そんな絶望的な空気が流れる中で、一人だけ違う表情を浮かべている作戦少尉が居た。山之神ゴロク、暇さえあればゲームで遊んでいる、不良軍人である。何故そんな態度なのか、問い詰める同僚にゴロクは答える。

「いや、どうも、敵の立場に立って物を考えたら、この島だけが狙いとは思えないんですよ」

 首を傾げる同僚達に、ゴロクは大きな地図を用意させて、持論を展開する。

「我が国の周辺、その隣の聖華大陸、その北のリジーナ大陸でも、反ソメリト運動が活発化しているんです。むしろ、我が国よりも過激な経済制裁や破壊活動も展開されている。そんな中で、この島1つを取るのに全力を傾けるでしょうか」

 では、そのまま通り過ぎるというのか。

「ここは防御の1択で耐え忍ぶのが正解です。政府はまだソメリト合衆国との同盟関係を破っていません。そんな中で我々が先に手を出せば、それこそ合衆国に口実を与えてしまいます」

 で、敵の意図は何処にあると思う?

「大海洋艦隊は、7万トン級空母「ラット・マウス」「ライト・イルミネーション」、そしてこれらに積み込まれた最新鋭機が180機、1万トン級イージス艦10隻、それに9隻の強襲揚陸艦に戦姫1個師団、機甲軍一個師団、巨神6体、歩兵1個師団を保有しています。対する我々は、「銀我」戦闘機が32機、戦姫が3個大隊、機甲軍1個大隊、巨神2体、歩兵2個旅団のみです。鼠を駆除するのにライフルを使うような物です。なるべく犠牲を少なくして戦うつもりならば、我々は最後に回すつもりでしょう」

 では、我々はどうするべきなのだ。

「先程も言った通り、文民統制を前提とする「レイド・サム」の軍人として、政治的手続きを省略して戦争を起こすのは、国際社会からの反発を買い、今後の「本番」にて我々が不利になるのは確実でしょう。攻撃されない限り、否、攻撃されたとしても、逃げの一手、防御の一手です」

 ちょっと待て。「本番」と言うと、貴官はソメリト合衆国とは将来的に交戦すると言うのかね。

「どんな清川でも、時間が経てば濁川になります。それに、清川と違って濁川の方が都合が良い場合もあります。どさくさに紛れて、我が国が「テラース」の天下を握る事だって可能です」


山之神ゴロク作戦少尉がその場を去った後で、他の作戦将校はあの過激な発言に戸惑いを隠せないでいた。

「あいつ、「レイド・サム」が覇権を取るのも不可能じゃないって言ったな」

「……本気かな、あいつは」

「だとしたら、笑えないジョークじゃないのか」

「いや、案外、そうでもないと思う。ソメリト合衆国の経済力も軍事力も空洞化していると言っても良い。この200年で、合衆国は全世界に投資ししてその成果を絞り取ってきたが、今は逆に絞り取られる立場に居る」

「だが、勝てるのか。相手はソメリト合衆国だけじゃないんだぞ。何処の国も同じ事を考えているんだぞ」

「だからこそ、その覚悟を見せたんだろうよ」

 参謀達は、戦慄していた。もうこれまでの「狸と狐の化かし合い」「三枚舌外交」「騙し合い」と言った、ある意味平和な談判は期待できない。ここからは、血で血を洗う戦乱の時代の始まりなのだ。


 山之神ゴロク作戦少尉は、余った時間でゲームをしながら、今後の戦局についても考えていた。もし自分の見立てが正しければ、聖華大陸の各軍閥、リジーナ大陸のロッシス共和国が攻撃されたタイミングで、「レイド・サム」はソメリト合衆国との蜜月の関係を断つつもりだろう。その後は雪崩打って惑星「テラース」全土を巻き込んだ戦乱の始まりだ。

 そこまで考えを進めていたら、敵の攻撃を受けてゲームオーバーになってしまった。やれやれ、現実もゲームのように単純であればどれだけ楽な事か。



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