0016 第二次硫酸島防衛戦
燃える海
焦げるセーラー
いと哀し
「ヘボ詩人」こと牛真田ミテル作戦大尉は、この時の光景をこう詠んでいた。しかし、立場が逆であれば、自分達がこの硫酸島にて骨を埋める形になる筈だったのだ。全ては、北条ノリコ作戦少佐とタオ・リンナ作戦大尉が推し進めた、「一撃必殺」の戦術への大転換にあった。
作戦の折半を進めている最中に、リンナ作戦大尉は首を傾げつつ言うのが、その発端であった。
「考え方が弱気すぎる。こちらには最初から制海権は無いのに、持久戦になっても兵糧攻めにあって飢えて渇いて死んでいくだけよ」
では、どうするべきなのか。その問いに、リンナ作戦大尉は淡々と応える。
「こちらから打って出る。その為の武器もある。デカい軍艦を並べて航海すればビビる時代はもう終わりよ。洋上の艦隊への攻撃手段は、この200年の間に急速に進化した。その為の武器も持ち込んできた」
と言う事は、基地航空機で逆激するのか。
「基地航空機は勿論、使える武器を全部総動員するのよ。敵の空母機動部隊のエスコート艦の防空機能を超える数の攻撃で、飽和攻撃を仕掛けるのよ」
つまり、一撃で全部こちらの武器を使い切る形で攻撃を集中しろと?
「第一目標、空母。第二目標、空母。第三目標、空母。他のエスコート艦は無視して、撃ち漏らしなんて発生させないレベルで火力を集中させる」
「上手く行きますな」
最初に賛同を表明したのは、「ヘボ詩人」こと牛真田ミテル作戦大尉であった。他の作戦班にも呼びかけるようにして言う。
「用兵家にとって最大の失敗は戦力の逐次投入です。ここぞと言う時に出し渋ったり、慎重に過ぎて出し惜しみをすれば、それこそ敵の思う壺です」
その理屈は分かる。だが、敵は戦いの原則全てに忠実な陣容で攻めてきた。前回の3倍の戦力を揃えて、今度は分割しないで1方向に集中させて、遊軍を作らずにここへ来ている。この勝ち馬に乗っている敵を仕留めるのは、容易ではない。
「タオ・リンナ作戦大尉の意見には、私も賛成よ」
と言うのは、この中で最も階級の高い北条ノリコ作戦少佐である。
「200年前の「テラース」最終戦争の様な展開にはさせないわ。3つの目標に対して最低2,3発のミサイルなり爆弾なり命中出来たら勝ちよ。エスコート艦の防空能力は、こちらが想定しているレベルより2段階くらいは上でしょうけど、3つの目標にのみ攻撃対象を絞れば、いける」
でも、どうやって。
「……無人機、ドローン、地対艦ミサイル、空対艦ミサイル、この基地に持ち込まれたものだけでも300発近い。それに、本土の沿岸部より最も近い陸地から巡航ミサイルでも何でも撃ち込ませれば、我々が想定していた以上の状況となるのは間違いない」
最後を締めたのは、山之神ゴロク作戦中尉であった。
「200年前の原則だからな。200年後の我々が守る必要は無い。それに、これで無理なら何をしても無理だったと言う事になる。あんまり気圧されずに居なければ、事態のプレッシャーに潰されるのみですぞ」
かくして、第二次硫酸島防衛戦は始まった。
「こちら「アップルキャット」、「ビッグギャング」へ。レーダーに大量の標的が反応している。その数、ざっと400発はあります」
「こちら「ビッグギャング」、「アップルキャット」へ。400発というのは、40発の間違いじゃ無いか」
「もし本艦のイージスシステムが長い航海で呆けていなければ、400発、いえ、412発のミサイルが、こちらに向かってきていることになります」
「了解した。「アップルキャット」。これより全艦に防空戦に移るように命じる」
正に、数の暴力であった。レイド・サム軍と「黎」軍にて構成された硫酸島守備隊は、3隻の空母に対して412発の各種ミサイル、それにドローンや無人機に至るまで、あらゆる遠距離兵器を注ぎ込んで攻撃を加えていた。それは蝗の大量発生か、あるいは夕暮れの空を舞う大量の蝙蝠か。それらが全て、全部、自分の命を狙って放たれたという事を理解した時の「恐怖」は、人から語彙力を奪う代物である。
ソメリト合衆国大海洋艦隊司令官のラブ・バッティス中将は、その光景を見ても、感情を面には出さなかった。それが故に、周囲の部下達に対しては緊張感を与えていた。あんなに強気一辺倒、お姫様と言うよりは女王陛下と言うに相応しいヤバい奴と言う印象で始まったラブ・バッティス中将が、無表情になっている、否、これは鉄面皮である。自ら表情を殺している顔である。
「エスコート艦だけで足りなければ、戦姫も邀撃に出して。甲板から機甲軍のロボット兵器で機関砲を撃ってもいい。何でも良いから、3隻の空母を守り通しなさい」
言われて、空へと出て来たキリル・ネストルーデ戦姫曹長もまた、その数の暴力を見て、その「殺意」と「脅威」を同時に感じていた。それが「恐怖」であると分かった時には、エスコート艦の1万トン級駆逐艦から艦対空ミサイルが次々と撃ち出されていたが、あの雲霞の如き飽和攻撃を前にすると、何とも頼りない。
「こちら「バタフライズ」、「ビッグギャング」へ。総員退艦を命じてください。こちらの処理能力を完全に上回っています。このままでは、50発が防空システムを掻い潜って突っ込んできます」
「こちら「ビッグギャング」、「バタフライズ」へ。了解した。総員退艦を命じる」
この防衛戦にて撃ち出された地対艦ミサイル、空対艦ミサイル、ドローン爆撃機、無人爆撃機から撃ち出されたミサイル、それにレイド・サムの沿岸部より間に合う地域から撃ち出された巡航ミサイル、全て合わせて450発。うち正常に作動したのは412発。他は目標に向かっていった。
それでも、ソメリト合衆国海軍が心血を注いで完成させたイージスシステム、対空防御システムもまた、想定を超えた働きを示した。412発の飽和攻撃に対して、360発を撃破したのである。15隻と言う「寡兵」にて、この攻撃をここまで防いだのは、日頃の訓練と研究の賜である。
しかし、50発の各種ミサイルは、3隻の空母に無事辿り着き、任務を果たした。事前に総員退艦を命じられていただけ、船と同じくらいに大事な「人員」は大半が無事であったが、その大半の乗員が見たのは、正にこの世の地獄であった。
海の王者。絶対的な力の権化となった空母が、こちらの手が届かない所から行われた一方的なアウトレンジ攻撃にて、積み込んでいた戦闘機や、これに扱う燃料や弾薬に引火して大爆発、逃げ遅れた1部の水兵が、映画でしか見てこなかった松明の様になってのたうち回って海に飛び込み、もう2度と動かなくなっていった。
「……変わったな」
牛真田ミテル作戦大尉は、その光景を偵察に出した戦姫が送信している動画で見て、思わずそう呟いていた。この200年間、常識として刷り込まれていた戦争の原則、ドクトリンが根底から覆っていた。海上に置ける「力」の象徴である空母、それも3隻の空母が、15隻の世界最高のイージスシステムにより守られながら、反撃する間もなく、否、遂に一撃もこちらに加える事も無く、あっさりと撃沈されてしまった。
気をつけなければ、こちらの海軍も、あんな感じでバッサリとやられるに違いない。既に総員退艦を終えて、艦隊も引き上げて、自沈させる間も惜しんで撤退した後で、3隻の海の王者は、松明の様に燃えながら、それでも人間の様に悶え苦しむ権利を与えられないままに燃えていた。
タオ・リンナ作戦大尉と北条ノリコ作戦少佐は、心底満足した表情で、その光景を見守っていた。ああそうだ、お前らは自分の立てた作戦が大当たりして、面白かろうそうだろう。だが、これは新しい戦争の幕開けである。今後もこちらの常識を覆す戦況というのが次々と発生するだろうが、それが果たして全部こちらに有利な形で発生するとは限らない。
「燃える海 焦げるセーラー いと哀し」
あんまり上手じゃない俳句が、何処からともなく聞こえる。こう言う時、テレビのひな壇芸人であれば、「何言ってんだお前」とすぐ様ツッコミが入るのだが、ここではそう言うリップサービスは行われない。
牛真田ミテル作戦大尉は、自分の俳句が滑ったのを確認しつつも、誰も怒ってすらもらえないのは少しだけ不服だったらしく、その後の事後処理には加わらなかった。




