0014 「命」の価値
世の中、特に政治的問題とやらでは、「既成事実」さえでっち上げれば良い、と言う風潮が古今東西、無きにしも非ずである。それが全て火種になると言う訳でもない。そこは矢張り「狸」の領分。何を言われても事なかれ主義で、時としては血が流れようとも「無かったこと」にして、当事者同士の喧嘩を仲裁して、「まぁまぁこのくらいでしておいてくれないかな」と言って化かしてしまえば良い。
そう考えると、この「既成事実」はあまりにも酷い。あまりにも悪質である。そして、あまりにも金がかかりすぎている。最近の映画業界は、コミックス原作の映画に国家予算レベルで金を注ぎ込んでいるが、これはそれと同じくらいに酷い。もっと安上がりに出来るのに、いや、もっと安く抑えなければならないのに、札束で顔を叩く様なVFXでは、もう客の心は動かない。
だからこそ、国民投票で大差で負けたのだ。メイ・サイザーランド作戦中尉は、紛争省から大海洋艦隊司令部に届いた命令文を見て、「既成事実」さえあれば良いと言う最低の発想がここまで浸透しているのかと思うと、あの国民投票は「民の声」と言うよりは「天啓」であったのでは、と思えてならない。だからこそ、本来それなりに頭のキレる男であった筈のネイサル・サモタージュ大統領が、こんな「既成事実」を構築しようとして藻掻いているのを見ると、何故にこんな事になったのか。「V・UNION」の動向も見極めなければならない。
そんな繊細なタイミングにて、硫酸島に大艦隊を大名行列宜しく進軍させるというのか。娘を孕ませた男に向けて、父が散弾銃を向けて「責任をとれ」と迫られても尚、「NO」と言えるのか。問答無用で頭を12番ゲージで砕かれるに違いない。
「事前の諜報活動及び衛星画像の撮影した画像から判断する限りでは、硫酸島の守備隊と基地規模は、前回攻め込んだ時の凡そ3倍に及ぶと思われます。兵站線については、レイド・サムの海軍は現在聖華大陸の「渇」の領海警護に動いているので、心配要りません。ですが、あの島1つ奪うのに、ここまで戦力を整備して、いや、膨張させて攻め落としても、レイド・サム列島を全て攻め落とす前にこちらの被害が大きく上回ってしまいます。もう「テラース」最終戦争の頃とは事情が異なります」
メイ作戦中尉は、淡々とした口調を維持しつつも、この場のほぼ全員の意見を代表して喋っていた。それでも、ただ1人この命令に従うつもりらしい艦隊司令官は抗弁する。
「あの頃とは、いや、前回とは違って、本国艦隊から1個機動艦隊を追加で派遣させる。戦力は充分すぎる。連中が3倍に戦力を増やしたのなら、我々は」
「良いですか、司令官閣下。戦争には金がかかります。7万トン級空母を1度に3隻動員して、護衛の一万トン級駆逐艦も15隻という大盤振る舞い。強襲揚陸艦も22隻、積み込む戦力は小国の陸軍の二倍近い物量です。硫酸島と言う小島1つ占領するのに、これだけの戦力を動員するのですが、維持するのにも定期的な投資をしなければなりません。トータルで見れば、完全に赤字です」
「しかし、大統領はこの紛争省の作戦案にサインしている。1度サインされた作戦案を引っくり返す事は出来ない」
「出来ます。我々作戦班全員がストライキを起こせば良いのです。国民投票では戦争中止の方針が大差で勝ったのですから」
どちらが民意に近いのか、今一度考えろ。と言われている様な、否、現に今此処まで突きつけられている司令官。紛争省にて自分のパトロンとなっている叔父との関係も、考えなければならない。なんとか、なんとかこの場を丸く収めて、自分の力量を示さなければならない。
どうする? どうすればいい? 部下達の反対意見を、どうやって鎮めれば良いのだ。もう目は見えなくなり、耳にも遠くなっていく。深い深淵の底へ、底へと落ちていく。
キリル・ネストルーデ戦姫曹長の上から、メイ・サイザーランド作戦中尉は愚痴をこぼす。
「それで、気が付けば司令官はストレスで卒倒してしまった。これが200年間、世界の中枢に居たソメリト合衆国最強の艦隊の司令官閣下だ。どうしようもない男だった」
「でも、次の人材がいるんでしょう。交替で来る人が、前回の司令官よりも酷ければ」
「さぁな、どうだか。今回の人事異動は、あの司令官には相応しくない平和的な解決方法だった。本来であればもっと血を流して、涙も流して、汗も流した末の結末で無ければいけないんだがな」
「じゃあ、これで良いじゃない。でも、司令官を更迭したら、作戦班も総入れ替えになるんでしょう? 私達の仲も、それで終わりかしら」
「その心配は無い。次期司令官は、むしろ古いスタッフを残したがっている。実戦経験があるし、何よりもあの「旱災港奇襲」の立役者であるマイル・エメレスト作戦中尉が欲しいらしい」
「じゃあ、私達、また一緒に戦えるのね」
「ああ、戦場が世界中に及ぶなんて、想像もしたくも無い悪夢だが、この際、俺達は西海洋にでも出向く様になるかもしれない」
「私、寒いのは嫌いなのよ。だから、ヴィクター大陸は観光であっても行きたくないわ」
「……そろそろ、新司令官のお出迎えだ」
「生き延びましょう。一緒にね」
……こいつはアヴァンギャルドだ。メイ作戦中尉は勿論、マイル作戦中尉も、他の作戦班の誰もがそう思ってしまった。ソメリト合衆国は、理由の無い解雇を平然とやる企業風土である。それは軍隊だって変わらない。そんな中で、隻眼・隻腕の女性将官が大海洋艦隊の司令官として赴任してきたのだ。
別に今更、「女の上官は嫌だ」とは言わない、「戦姫」が男と並んで戦う状況では、そもそもそんな生意気は言えない。
「ラブ・バッティス海軍中将です。何故本官がこの艦隊に赴任してきたのか、この場にいる全員が知っている筈です。プレッシャーに負けて卒倒する様な腰抜けから、我が国の最強の戦力を取り戻すためです。我が国の軍人は、長い太平の世の中で、命を奪う、と言う行為を忘れてしまった。命のやり取りと、その結果についての責任の取り方を忘れてしまった。私は1度、生死を彷徨った。この中で、私より「死」に近づいた人間は居ない。あの小男にはそれが無かった。「命を奪う」と言う事の本質を知らなすぎた。そんな奴が軍隊を率いても百害あって一利無し、我々の使う武器、食べる食糧、飲む水、全て国民の血税で賄われている。私達は彼らの「命」を貰って働いている。だから、もし今後「命」を舐め腐った提案や作戦を示してきたら、何時でも、何処でも、海に叩き落とす。そこに鮫が居ても、そして冷たくて心臓が止まるような海域でも、叩き落とす。「命」を粗末に扱う奴は許さないわ」
最初からかましてくる、言っている事もアヴァンギャルドだ。アウトサイダーアートかもしれないが、そんな表現で表せる様な体験を経ていない。潰れたままの右目、あえて義手をつけずに欠けたままの左腕、実際に戦場に居たわけではなく、何かしらの事故で命辛辛生き延びたのだろうが、確かに後方で会議の連続で作戦を考えていると、自分達の仕事の本質を忘れがちになる。
「命」。自分は果たして、「命」について何処まで知った上で、この仕事で「命」を奪って、奪われて来ただろうか。新司令官は、その「命」に異様なまでに拘っている。そこまで「命」が大事と思うのならば、何故「軍人」で、「将官レベル」まで出世したのか。
ラブ・バッティス海軍中将が、何処まで出来る上官なのか。そして、自分達が海に叩き落とされやしないか。その場に居る作戦班の顔に、「怖れ」と同時に「頼もしさ」も見えてくる。




