0012 唯一の正解
「やっぱり、聖華大陸のものは違うな。質実剛健そのものだ」
山之神ゴロク作戦中尉は、思わずそう漏らす。改めて硫酸島守備隊の作戦士官に任じられて来てみたが、今回は東アスラン同盟として聖華大陸の3大軍閥の1つ、「黎」より大量の援軍も一緒に連れて来られていた。レイド・サムの部隊は引き上げるべきではと言う意見も出たが、流石にそれは政治的に問題があるとして退けられていた。
こうして、東アスラン海を船に揺られて運び込まれてきた陸軍、空軍、機甲軍、戦姫軍、巨神軍は、「黎」一国からの派遣であったが、その数は配属されていたレイド・サムの守備隊の実に3倍の物量と戦力を保持している。
使っている武器の性能も、率直に羨ましいレベルで高い。「丈夫」で「確実」、そして「扱いやすい」と言う、人が「道具」に求める全ての要素が揃っている。何かとソメリト合衆国の政治的な事情に振り回されてきたレイド・サムの装備よりも優秀である。
無論、常駐する守備隊が増えたのだから、基地設備も大急ぎで拡張中である。これもまた豪華絢爛であり、旧「聖華星連邦」の高度経済成長期を思わせる力の入れようである。
何故にそこまで聖華大陸の軍閥が、レイド・サムの要衝・硫酸島にそこまで入れ込むのか。しかも、今の所、「黎」の方が積極的かつ協力的である。他の「烈」や「渇」よりも動きは速い。将来、何かしらの取引材料として手札を増やしたいのだろうが、その為には先ずは勝たねばならない。
前回の1回戦目はこちらが戦術を工夫して完勝したのだが、勿論今回も同じ手が通じるとは考えられない。投じる戦力は勿論、戦法だって変えてくる筈だ。しかしここからが重要なのだが、もしソメリト合衆国の大海洋艦隊が再びここへ攻め込んできても、制海権は一切確保出来ない。海軍はそれこそ「機関砲を積み込んだ漁船」に至るまで、全て聖華大陸のシーレーン確保の為に動いている。硫酸島守備隊は、独力にて敵を退けなければならない。
大部隊の派遣は、それだけで大海洋艦隊に対する「抑止力」となる。硫酸島をスルーしてレイド・サムへと進軍するのは無謀である。それに、「黎」の派遣した軍隊は、硫酸島のみではなく、レイド・サムの各地域に配置されていた。
船賃としては、かなり大盤振る舞いであったが、今後の関係構築、そして信頼関係の成立を目指す上で、これは避けて通れない投資であった。ここでケチれば、後の禍根となって残ることになる。それを知っていた「黎」は、実に自軍の3分の1に相当する戦力をレイド・サムに派遣していた。
「我が軍が貴国の決断と誠意に対して応えられる、これがギリギリの物量です。今は聖華大陸は「反ソメリト」で一致団結していますが、終わればまた対立のやり直しになるのですから。レイド・サム守備隊が指揮権を持つ事で合意しているのは、第一次防衛戦での戦果を考慮した上での話です」
タオ・リンナ作戦大尉は、顔の殆どが美容整形で作られた顔だと分かる声で、尊大に語ってくる。別にそれは気にはならないが、山之神ゴロク作戦中尉は、取り敢えず刺すべき釘は刺しておく。
「それが、「黎」の意志を代表しているものとして受け止めても結構ですか」
「勿論です。この命、何時でも捨て駒にしてもらって構いません。但し、絶対に勝って下さい」
もう少しブサイクでも良いから、地顔にすれば良いのに。ゴロク作戦中尉は思わず胸の底にて呟いてしまう。美容整形で作られた顔と言うのは、何でも同じに見えてしまう。何なら、個性を消すのが美容整形の目的であるとも言えるのだろうが、これは酷い。ただ、こうでもしなければルッキズムの跋扈する男社会である軍隊にて、昇進するのも評価されるのも難しかっただろう。
既に10日目に入る。出席者の間には、「徒労感」が隠せないでいた。このアッシュハウスに集められた軍需関係のVIPは、色々な方法でこの戦争に対するアプローチを提案していたが、1人の「静かなドン」が、これらを全て論破していたからだ。
「つまらん」「くだらん」「意味が分からん」。そこから雪崩打つように、ソメリト合衆国の頭脳が結集している場にて提案される意見をぼろくそにレビューして握り潰し、言いたい事を言い終えたら「外の空気でも吸ってくる」と言って、1時間は戻らない。
バラランティス・マイルズ。ソメリト合衆国の経済の中枢を担うゼータ商工会の会長である。この「陰の大統領」が首を縦に振らない限り、ソメリト合衆国は戦争には移れない。もし強行すれば、この老人は平然と自分のビジネスの為にとんでもない事をしでかすに違いない。
メイ・サイザーランド作戦中尉は、何杯飲んだか分からないコーヒーを飲みながら、眠気を散らそうとする。バラランティスには、これっぽっちの疲労感もみられない。このお化けみたいなスタミナは何処から湧いて出るのか。しかし、この老人を説得しきれなければ、戦争は出来ない。「限定戦争」「徹底侵攻」「全面衝突」「武装中立」「講和前提の作戦」。様々なアイデアが出されて、全て握り潰された。
もうそろそろ限界だな。メイ・サイザーランド作戦中尉は、時計をみながら思う。「休戦協定」を結んで、今回の件は無かったことにするのが、一番の正解だ。そう思って挙手しようとした時、別の男が手をあげる。この会議を招集した、ネイサル・サモタージュ大統領本人である。
「もう此処で結論が出せそうにありません。であれば、有権者にこそ審判を仰ぐべきです。この場にいる僅かな人間の意志では、この大事は決められないと言う事です」
「国民投票か。面白い、それで、どう言う名目で投票を呼びかけるつもりだ」
「「継続」か「中止」か」
「……やってみろ。山が動くかもしれんぞ。さて、儂は外の空気を吸ってくるので、失礼する」
嫌味な老人が去った後で、出席者は次々とこの決断に異議を唱える。
「国民投票なんて、そんな暇はありませんぞ。こうしている間にも、東アスラン同盟や「V・UNION」は体勢を整えています。特に東アスラン同盟は、硫酸島に戦力を集中しています」
「あんな老人の戯言を聞いて、我々がどれだけ貴重な時間を無駄にしたか」
「バラランティスは、ロビー活動で自分に都合の良い法案を何度も通してきました。今回もそうなる可能性が高いですぞ」
色々と異論・反論を聞き終えて、ネイサル・サモタージュ大統領は断言する。
「あいつが初めて面白いと言った。これが唯一にして最高の一手だ。良かれ悪しかれ、これで出て来た結果ならば、誰もが納得できる」
国民投票か。メイ・サイザーランド作戦中尉は考える。果たして選挙に勝てるかどうかでは無い。果たして選挙を開催できるかどうかである。合衆国憲法にそれに関する規定があったかどうかは忘れたが、もし無ければ、合衆国最高裁判所にかけ合って事の是非を決めてもらうしかない。
長く手続きがかかる。その間に、敵は体勢を立て直すだろう。しかし、もう運命は決まった。全ては有権者が決めるのだ。
アッシュハウスの庭にて、バラランティスは空を見上げる。あそこに居並ぶ若造どもは、嫌いでは無い。だが、考え方がデジタル化しており、「A」と入力されたら「A」と素直に出力してしまう癖に陥っている。今回の件で、それに気が付いてくれれば良いのだが、そうで無かったとすれば、この国の歴史は400年で終わる。そうなったとしても、自分は一向に構わない。女房とは死別、娘とは別居、孫の顔も見たことが無い。今更愛人を正室に迎えるつもりにもなれないままだ。
国民投票。果たして、結果がどうなるのやら。




