0011 感情の動物
ネイサル・サモタージュ大統領は、メソイド諸島のダイヤモンド湾基地に大海洋艦隊が帰投してからすぐに、艦隊に所属している全ての作戦士官を動員してバスク政治特区のアッシュハウスの会議室に呼びつけていた。遠路はるばる帰還して、幾度かの実戦も戦って疲れ切っている作戦士官にしてみれば、地獄の責め苦であるが、そこは堪えてもらうしかなかった。
これから始まるのは、200年以上のソメリト合衆国の今後を占う戦争である。ヴィクター大陸の諸国が、「V・UNION」なる同盟関係を構築したと聞いて、ネイサル大統領は実際に戦った人間の意見を聞きたいとして、大海洋艦隊の作戦士官全員を呼び寄せて、後方にて作戦を立案する紛争省のエリート達や、これを銃後にてサポートする民間企業にも、これが如何に深刻な国難なのか、その意識を共有するべきであると考えていた。
こいつは凄い。メイ・サイザーランド作戦中尉は、そう思わずにはいられなかった。省庁の中で軍備に関わる部門は根こそぎ集められており、紛争省からはあらゆる部門の責任者が集っている。なので、一番広い会議室を選んだのだが、それでもスペースはギリギリまで詰められている。
そして、その中で1番目を引くのが、ソメリト合衆国の「静かなドン」と呼ばれ、「陰の大統領」とまで言われている、物流・輸送・燃料・通信の業務を担うゼータ商工会の会長であるバラランティス・マイルズ。ファンは彼を「尊敬するけど関わりたくない」と言い、アンチは「息をさせるのも不愉快」と言う。思想的にはノンポリであるが、それは寛容の精神ではなくて、利己的な精神に基づいている。
最後の1人が席に着いたのを確認してから、ネイサル・サモタージュ大統領は開口一番、こう述べる。
「我々の運命を決める一戦が始まった。それも10年、20年先の心配をしているのではなく、200年の栄華を賭けての大戦だ。忌憚のない意見を頼む」
真っ先に自分の意見を口にしたのは、「旱災港奇襲」にて完璧な奇襲作戦を成功させた立役者であるマイル・エメレスト作戦中尉であった。
「今、我が国が投資していない国は、この「テラース」にて存在していません。何かしらの企業が、我が国の資産を他国に移しています。その中で、「テラース」規模の戦争を行って、一体何を達成するのでしょうか。聖華大陸の「星党」が崩壊した際には、あの国に投資していた資産を全て引き上げなければならず、あの国に経済的に依存していた我が国の経済は一時的にではありますが大混乱しました。あの規模の混乱が世界中にて発生した場合、我が国は本当に立ち直れるのでしょうか」
軍人にするのは惜しいな。そんな目線を向ける財界の出席者の目線を受ける。ネイサル大統領は、それに対してキッパリと言い放つ。
「この戦争を機に、世界中に分散した我が国の資産を全て国内に復帰させる。経済・軍備・政治の空洞化を止めるには、そうするしかない」
「それならば、戦争をしなくても出来ます。「V・UNION」も東アスラン同盟も、わざわざ相手にする必要はありません。彼らは我が国の領土に攻め込む力はありません。このバスク政治特区にて降伏調印式をするのは不可能です」
「驚いたな、君は軍人の癖に戦争が嫌なのかね」
大臣の1人が思わず口を滑らせたのを聞いて、マイル作戦中尉は毒が濃縮された言葉で返す。
「負けるのが嫌なだけです。「旱災港奇襲」は、軍事的には成功しました。あんな成功は1度きりしか出来ません。ですが、政治的には完全な悪手。聖華大陸の3大軍閥はレイド・サムとの同盟関係を強く結びつけています。「V・UNION」も、あの奇襲を理由に作られたのでしょう。我々は自分達が入る棺桶を作っているのかも知れません」
「……とどのつまり、何が言いたい」
「勝利条件、そして敗北条件、これを明確に規定して、その為に準備する事。それが、ここに居る全員の使命であります」
出席者全員の顔が良い表情になった時、バラランティスが、つまらなそうな表情を浮かべて、事実つまらなさそうな口調で言う。
「無意味だ、そんなのは」
周りに遠慮しないままに、バラランティスはタバコを取りだして、その場で一服して、詳しく自分の意見を述べる。
「そんな条件に、敵が合わせてくれると思っているのか、貴殿は。これはスポーツじゃないんだ。生きるか死ぬかの命のやり取りだぞ。そして、既にこちらは盛大に一撃を加えてしまった。特に聖華大陸の「渇」は、我々を未来永劫許さないだろうな。「V・UNION」も、ダロス皇国の皇帝がまた聖剣を渡すとは思えん。今度は皇帝自身が銃を握って立ち向かうだろう」
ニコチンの臭いが漂う会議室にて、絶望感も漂ってくる。
「ゲームじゃないんだよ、これは。命の問題なのだから、感情の問題でもあるんだ。若いの、もう我々は理性でどうにかなる問題を超えた段階に入っているんだ。今更勝利条件だの敗北条件だの、ゲームみたいに物事を処理しても、敵は承知してはくれんよ」
バラランティスは、もう一度煙りを吸い込み、肺に満たして、鼻から噴き出す。その一挙一動からして、彼が愛煙家である事を証明していた。
「この200年で、栄えある合衆国の軍人もここまで馬鹿になった。戦争を知らん世代が、ゲームみたいに兵士を扱って殺生させている。これがどれだけ怖ろしい事態なのか、分かっている奴は此処には居ないらしいな。儂だったら、あんな軍事的恫喝、あるいは挑発行為なんぞさせない。さっきの若いのが言った通りで、世界中に我が国が投資した物件や資産がある。そして、今度の戦争でこれらを片っ端から爆撃して行く羽目になるだろう。戦後になって、また我々はそれを自分達の金で建て直さなければならん。誰が得する?」
出席者の間で、緊張が走る。明らかに大統領に対する批判である。
「どうやら、馬鹿になったのは軍人だけではないみたいだな。国は上から腐る、例外は無いと聞くが」
「会長、会長は何故大統領に立候補しなかったのですか」
ネイサル・サモタージュ大統領は、「陰の大統領」に問いかける。
「儲からんからだ」
「私は、自分に期待している人が居るからです」
「じゃあ辞めろ。誰もそんな3文演説を聞かされて感動しないぞ。マキャベリズムの勉強をしてこい。指導者はな、映画のヒーローじゃないんだぞ」
「でも、人々が求めています」
「そんな事を言って、棺桶に入って眠る若い男女で、ポートルダムは満杯だ」
「そんなに戦争が怖いですか」
「……お前、死ねと言われたら死ぬか? さっき言ったな、人々が求める事をする、と。じゃあ、死ねと求められたら、お前は死ぬか? 黙って、死ねるのか。儂とて戦争は未経験だ。だが、人間が理屈や理性だけで生きられるほど器用な生き物では無い、と言う事は分かっているつもりだ。お前は、その一線を踏み越えた。もう言い訳は出来ん。どんなに哀しんでも、後悔しても、苦しんでも、死人は生き返らないんだからな」
灰皿に吸い殻を押しつけて火を消すと、バラランティスは言う。
「ビジネスはコントロール出来る。ある程度ではあるが、な。だが、戦争は制御出来んよ。想定通りに始まって、予測通りに終わった戦争は、この星に文明が出来てから1度だって無いんだ。勝利条件だの敗北条件だの、こちらの都合で物事を決める様な態度では、この戦争は1000年続くぞ」
次の一本を取りだして、ライターで火をつける。
「人間なんだ、人間が生きているんだ。駒じゃ無い、人間しか居ないんだ。悪魔も、神も居らん。相手の気持ちを考えろ。敵を知り、己を知れ。そして想像しろ、感じろ」
もう一服、吸って吐いて、スッキリさせる。
「……さて、言いたい事も大体言ったからな。外の空気でも吸ってくる」
役者が違うな。メイ・サイザーランド作戦中尉はそう思わずにはいられなかった。この場にいる誰よりも、勿論大統領よりも、あの歩く経済マシーンの方が、より物事を深く理解している。
会議室の雰囲気は最悪である。テーブルを引っくり返された感覚だ。だが、あのまま会議を続けた場合の方が、余程この国にとってはマイナスだったに違いない。
一先ず休憩して、ほとぼりがさめたら再会、と言う形になるだろう。その時、またあのご老体が何か言ってくるかも知れないが、それも良い。そう言う人間も、こう言う状況では必要になってくるのだ。




