001 大河
河には、色々な魚が居る。流れに沿って泳ぐ魚から、流れに逆らう魚まで、色々である。歴史という大河にて、流れに逆らうのは難しい。
こことは違う宇宙、太陽系に良く似た星系にて生命に恵まれた星、人はそれを「テラース」と呼んでいた。この星にも、歴史と言い大河が流れていた。皆、自分の意志で大河を泳いでいた。今やこの大河は濁り、流れが衰え、他の魚も増え始めていた、
今こそ、この大河の頂きに昇るべきだ。あらゆる魚が、我先と水面を跳ねて、頂上へと向かっていた。時代は正しく、乱世に突入していた。
その魚の中で、一際小さい魚が居た。他の魚は相手にしていなかったが、それでも、頂上を目指して大河を昇っていた。
「レイド・サム」。紅い太陽を意味する国名を持つ魚は、この動乱の時代をむしろチャンスと捉えていた。200年、「テラース」を支配し続けてた「ソメリト合衆国」の力が弱まり、その支配も形骸化すると、「レイド・サム」も動き出していた。
人の人生にて、運命を決める瞬間がある。山之神ゴロクにとって、中学三年生の頃の進路相談がそれであった。山之神家は、代々軍人の家系である。「ソメリト合衆国」の守護者として、「レイド・サム」の武人となって戦っていたのが誇りであった。
しかし、今回は少しばかり事情が異なっていた。山之神ゴロクには、既に将来の夢があったのだ。この数年、少年少女の心を掴んで離さないテレビゲームのクリエーターである。その為にプログラミングも勉強していた。
これがもし30年前の「レイド・サム」であれば、父親が鉄拳制裁を加えて軍人への道を進めただろう。しかし、今はもうそんな時代でもなかった。「ソメリト合衆国」は内外の腐敗で既にボロボロ、その支配も統治も形骸化している。今更軍人にさせる理由なんてない。
「好きにしなさい」
中学校の進路指導の場にて、母はそう言った。ならば、素直に答えれば良いのに、ゴロクは悩んでしまった。ゲームクリエーターとしての仕事に、軍人のキャリアが役に立つかも知れないとも考えていたのだ。何を隠そう、ゴロクが作ってみたいゲームと言うのは、ズバリ戦争物である。
何も知らないで作るよりは、ゲームクリエーターとしてのキャリアに箔をつける形で、山之神ゴロクは運命を選んだ。
「総合幕僚学校に進みます」
総合幕僚学校。事情を知る人間ならば、あそこだけは止めておけと言う難関校である。巨神軍、戦姫軍、機甲軍、海軍、陸軍、空軍、この6軍全てに指示を出す、エリート中のエリートを養成する、倍率20倍の狭き門である。
この学校を卒業したら、統合作戦本部へと配属される事になる。先程あげた6軍の作戦立案と指揮までやらねばならない。責任重大である。最近は寝る間も惜しんでゲームしている中学生に、出来るのか。教師が、母の顔を見ると、平然と言い放つ。
「良いじゃない、やってみなさい」
それから1年、山之神ゴロクはゲームを封印、代わりに勉強に明け暮れて、見事総合幕僚学校で合格を果たしたのである。
しかし、在学中の成績はいまいちなものであった。元々ゲームクリエーターの為の進学であっただけに、授業態度や生活態度はあまり宜しくなく、卒業時の成績は160位中99位と、あまり良い物ではない。
それでも、ゴロクが総合幕僚学校を卒業した頃には、もうゲームを作って遊んでいられるような悠長な時代は終わりを告げていた。
それまで200年、「世界の警察」「世界唯一の軍事大国」とされていた「ソメリト合衆国」の支配が形骸化し、世界各地にて反乱が巻き起こっている群雄割拠の時代に突入していたのだ。
「レイド・サム」の統合作戦本部の方針も揺れていた。このまま「ソメリト合衆国」との協調路線を引き継ぐのか。あるいは兵を挙げて諸国の後に続くのか。こう言う時、責任を持って動くべき政治家も右往左往状態に陥っていた。
そんな中、山之神ゴロクは、「ソメリト合衆国」と挟んでいる大海洋の島である硫酸島にて作戦少尉として赴任していた。暇さえあればゲームをしているとして、苦情が絶えない不良軍人であったが。
ここにもまた、運命が動き出そうとしている瞬間があった。「ソメリト合衆国」大海洋艦隊主力が、メソイド諸島のダイヤモンド湾に集結していたのだ。未だに出撃先は勿論、出港準備も決められていない。艦隊司令部は、この奇々怪々な状況について、色々と想像寮の翼を広げて噂話に花を咲かせていた。
「「レイド・サム」と合同作戦でもって、リジーナ大陸の反乱を鎮圧するつもりだろう」
「いや、そもそも「レイド・サム」への攻撃が目的だろう」
「隣の聖華大陸に対する牽制じゃないのか」
普通であれば、こう言う話は全部外れなのだが、これらは全て事実であった。これに反発しているのが、大海洋艦隊作戦中尉のメイ・サイザーランドであった。
「何れか1つに目標を絞るべきです。あれこれと欲張りをすれば、我が艦隊は一気に3つの敵を相手にしなければなりません。我が艦隊にそれだけの戦力はありません」
メイだけではなく、他にも同調者が居るだけに、艦隊司令部の空気は常に緊迫していた。「世界の警察」として、北極海から南極まで軍隊を置いている「ソメリト合衆国」は、正に全世界に戦線を抱え込んでいるような物で、その中の1つでも敗北すれば、世界の軍事バランスは決定的に崩れてしまう。
どうしてこうなってしまったのか。理由は既に述べた、全世界に軍隊を派遣したからだ。全世界に均等にバランスを保たせる為に、膨大な軍事費を計上しなければならず、その一方で「ソメリト合衆国」の傘の下で安い・早い・美味い商品を世界中で取引していたのである。200年間の継続投資はあまりにも赤字が大きすぎた。
メイ・サイザーランド作戦中尉にも、いや、他のスタッフもこの事情は分かっている。あの灰色の館にて高い椅子に座っている指導者だって、どうするのが正解なのかは分かっている。
しかし、正解が分かっていても、それを実行出来ない事というのは往々にしてある。自分の責任となる様な問題にとついては特にそうである。その数日後には、艦隊司令部にて呼び出された反対派を前にして、司令官は重々しく口を開く。
「このまま艦隊司令部に残るか、あるいはマッドネリー諸島守備隊司令部に赴任するのか、どちらかに決めてくれたまえ」
最悪だ。最悪な展開だ。折角「ソメリト合衆国」の最高峰とも言える大海洋艦隊の司令部の参謀として赴任出来たのに、マッドネリー諸島と言う僻地に飛ばされるのは、明らかに左遷、否、懲戒人事である。
「では、本官はこれよりマッドネリー諸島守備隊司令部に赴任いたします」
メイ・サイザーランド作戦中尉がアッサリと答える。もう少し悩めよ。と言いたい気分であったが、その場に居る全員も同じ流れになったが、司令官の口から出て来た言葉は意外なものであった。
「宜しい。貴殿らには今後も艦隊の参謀として働いてもらいたい。今後我が国が置かれる状況は益々厳しくなるだろう。そう言う時、貴殿らの様な人材は必要になる。これからも宜しく頼む」
この時、メイ・サイザーランドの運命が決まっていた。




