裁判と謁見
翌日、私たちは裁判所に向かいそれぞれの席で判決が言い渡されていく人たちを見守る。
まずはゾンタークの指示に従って奴隷売買やその他の違法行為に関与した家臣たちがそれぞれ、項垂れて判決を受け入れ退席していく。
「次の被告人、前へ」
『来たな』
「ええ」
イグナリスのささやきに私は深く頷いて、法廷に立つハイデロット伯爵を見た。屋敷で見た最後の姿よりも更に痩せこけたように見え、もはや老人のような印象を抱くほどだ。
「被告人ハイデロット・ゾンタークは違法と知りながら奴隷の売買を家臣に指示し、売人を通じて奴隷を買い使役していた事とメロディア領領主ガレス・リーフェルトの屋敷を襲撃するため賊に依頼しガレス・リーフェルトを殺害、妻のヘレン・リーフェルトと娘のアイナ・リーフェルトを拉致させ奴隷商人に売った疑いがかけられております」
罪状を読み上げられ、傍聴席がざわつく中ハイデロット伯爵は虚ろな目で眼前の裁判長を見つめていた。
「被告人ハイデロット、何か申し開きはあるか?」
「……ない。ありえない……私が……なぜ?ありえない!!」
『いかん、ハイデロットの身体から急に魔力が増大した。何かしでかす気だ!』
「死ねえ!」
宙に手を構え炎の塊を射出された火球を、イグナリスの魔力を使った身体強化で駆け寄って生み出した火球を斬り捨てた後、ハイデロットを柄で殴り飛ばす。
「裁判長、お怪我は?」
「は、はい。なんともないです、ありがとう」
私は軽く一礼して席に戻り、衛兵から取り押さえられながらハイデロットも証言台に戻され裁判は進行していき、検事側の証言も大詰めに入った。
「このように確たる証拠もあり、現に被害に遭われたアイナ・リーフェルト様の証言もあることから。極刑を求刑致します」
ほんの少しの間が空き、裁判官が立ち上がった。
「判決を言い渡す。ハイデロット・ゾンタークは爵位の剥奪、領地は没収としその後、東の山岳地帯の採掘場にて無償労働の刑に処す」
「そんな!私の領地が!爵位が!」
喚き散らすハイデロット伯爵――じゃなかったハイデロットは衛兵に強引に引っ張られながら連行されていった。
『これでハイデロットは終わりだな』
「あとは、バカ息子ね」
その後のエリュガーの裁判も父親と同様に取り乱し、泣き喚き裁判の進行を何度か中断されつつも、なんとか求刑と判決の言い渡しまで終え、私の人生を奪った者たちが裁かれるのを見届ける事が出来た事にほっと胸を撫で下ろした。
「ご苦労だった、アイナ。立て続けで申し訳ないのだが、この後国王からの招集が私と君にかかっているのだ。来てもらえるか?」
「国王陛下から?ええ、勿論構いませんが」
「まもなく迎えの馬車が来るそうだ。ところで、気づいたか?ハイデロットが火球を生み出した際に詠唱も無しに出現させていた事」
「あ、そういえば。すみません、裁判長をお守りする事に精一杯でした」
「謝る事はない、おかげでこうして裁判が終わったのだから。ハイデロットに魔術的適正は無かったはずなのに、無詠唱であのような火球を扱えたのが不可解でな身体検査を行ったのだが、そしたらやつの体には魔術刻印が施されていた。魔術師を呼んで効果を打ち消してもらったからもう、奴は何も出来ないから安心してくれていい」
魔術刻印、皮膚にあらかじめ魔術を発動するのに必要な術式を彫り込む事で魔術適正が無い人間でも魔術を使えるようになる技術である。
だが、この国でそれは違法であり禁止されている技術なのだ。それを施術する場所だって表向きは存在しないはず。なのにハイデロットはそれを有していた……どこまで国は汚れてしまっているのか。
外に出て、若干日が暮れ始め星がいくつか瞬いてるのを眺める。
「まぁ、その辺の情報もしっかり吐いて貰おうじゃないか。だがまずは国王からのお話を聞きに行こう。お、来たようだ」
蔓延している違法行為の数々に暗い気持ちになったが、アレクシス様が話題を下さった。
「……さすが王宮の馬車ですわね……凄い豪奢ですわ」
「私も初めて見た時は、今の君と同じような反応をしたものだよ。懐かしいな」
これ以上ないくらい丁寧なエスコートで馬車に乗り込み、王宮へ入っていく。
お父様からの土産話でしか聞いた事がなかった王宮に、足を踏み入れ目に映る全ての物が洗練されつつもどれもが一級品と言う事が伺える調度品の数々に見惚れそうになるのをぐっと堪え、アレクシス様に続いて進んでいく。
「こちらで国王陛下がお待ちです。アイナ・リーフェルト様、すみませんがそちらの剣はこちらでお預かりさせていただきたく……」
「はい。よろしくお願いしますわ」
豪奢の極みの扉をメイドが両側から開けた先には、長大なテーブルと等間隔に配置された椅子、それが小さく感じる程の大広間が目に飛び込んできた。
「よく来た。座ってくれ」
野太い声と高齢とは思えない若々しさすら感じる筋骨隆々の肉体をシャツに無理やり収め、白髪交じりの灰色がかった長髪を後ろの方で纏めて垂らし、王というより凄腕の冒険者と言った方が良いくらいの獰猛さを感じさせる。。
この方こそサンヴェルディア国王、ユリウス・ノルヴァン様である。
「はっ。失礼致します」
「失礼致します」
「そうかしこまらんでくれ、我もこのような楽な格好ですまんな。どうも堅苦しい服は昔から窮屈で敵わんのだ」
何人かのメイドたちに椅子を引いてもらい、着席すると国王は手を叩き合図を送ると食事が運ばれてくる。
「先ほどの裁判、我も見ていたがハイデロットと息子の見苦しい様は貴族としての矜持の欠片もなく、まっこと嘆かわしいばかりだったな。あれを野放しにしたせいで、アイナ嬢にはとても辛い思いをさせてしまったな。誠に申し訳ない」
「い、いえ国王陛下が謝る事など何もありませんわ!悪いのは全てあの者たちとあの者たちに与する者たちですわ!」
「……アイナ嬢の優しさに甘えさせてもらうとするか……。違法行為に関しては我の方でも独自に調査はしているが、それでも辺境や国境沿いまでとなると中々に把握し切れておらんくてな……。少しずつでもこの国の膿を出そうとしているのだが、中々上手くいかんが此度のあやつらが断罪された事で、少しは見せしめになったと思いたいところだ」
確かにほぼ国境沿いの領主が断罪された事で、ちゃんと見ている事を知らしめるのはきっと出来たはず。それでも悪事に手を染める人は懲りずに現れるとは思うけれど、少なくとも北側はゴミ掃除が出来たはず。
それにそんなゴミが再び現れたら、今度は絶対に私のような辛い思いをする人が現れないようにすればいいだけ。
そんな風に決意を新たにしながら、美味しい料理に舌包みを打っていた矢先、国王が口を開いた。
「まずメロディアに関してだが、アイナ嬢に爵位を与え領主を任せたいのだがよろしいか?」
「はい!私がお父様の遺志を継いで、メロディアをもっともっと素晴らしい領地にしてみせますわ!ってそうではありませんわね。こほん、謹んでお受けしたします」
「はっはっは!そうかそうか、これは安心だ。問題なのはゾンターク家の治めていたカルナータだが、こちらから選出した信頼できる者に任命した。ランヴェール卿、至らない所があるかもしれんがよろしく頼む」
アレクシス様は立ち上がり、礼を取った。
「謹んでお受けいたします」
「よし、では今夜は楽しく飲み食いしてくれ。二日酔いにはならないようにな?」
国王は毅然とした態度を一気に崩し、茶目っ気のある笑みを浮かべ厳粛な空気は薄れ、和やかな物に変わり私たち三人の晩餐会は終わり頃合いを見て、城内の客室で横になった。
「一月後か……私がお父様の跡を継ぐのね」
『母君も探すのだろう?』
「勿論、陛下にもそれらしい人の情報があったら教えてくださるようにお願いしてきた。あとは向こうに戻ってからも地道に探すわ」
『ふむ、見つかると良いな』
「そう……ね。なんだか久しぶりに心の底から気持ちが落ち着いて……フワフワしてる……」
『だいぶ飲んだようだな。そのまま眠るといい』
イグナリスの囁きを最後に私は重くなる瞼に抗えず、目を閉じ眠った。




