悪い顔
協力を承諾してくれたアレクシス様のお屋敷に、泊まらせていただくことになった私は久しぶりのお風呂で体の汚れと共に、心に貯まっていた淀みのような物も流れ落ちていくような感覚を味わった。
「長旅で疲れただろう、今日はゆっくり休んでくれ」
「ありがとうございます、そうさせて頂きます」
着ていたのが遠い昔のように思えてくる、女性用の寝間着に着替え案内された客人用のベッドに横になると、嘘のように眠気に襲われてしまいあっという間に朝がやって来た。
「おはようございます。アレクシス様」
「おはよう、アイナ。おや、その恰好……やはりもうドレスに袖は通せないか?」
「お心遣い感謝します。ですが、今の私はただの小娘に過ぎません。全て終えるまでは貴族としてでは無く、復讐に狂った女とでも思って頂ければ……と」
庭で軽く走り込みを終えて、汗を拭いていたアレクシス様に謝罪する。
「気にするな、再会した時の君の姿を見て過酷な旅を乗り越えてきたのは察していたし、これから君のする行いを考えたらそちらを選ぶのは必然だろう。むしろドレスなぞ用意させた私が謝罪するべきだろうな」
冗談めかしてニヤリと笑うアレクシス様の茶目っ気に、釣られて笑い私も鍛錬をし始める。
「……随分と様になっているが、あいつとはどうも違う型になってないか?誰に教わった」
「この魔剣との相性が良いようで、魔力を流してもらい私の身体に直接動きを覚え込ませてもらったりしているのです」
「ほぉ!それは凄いな。たしか代々リカブラン領の領主の血筋に伝わる魔剣だったな。アイナが討ってから家宅捜索されていたな。違法行為の数々が確認された上君が助けた奴隷たちの証言で、逃げ延びた妻と娘それに関わった家臣たち一同重い罰を与えられたぞ」
「奴隷の人たちはその後無事なのでしょうか?追手が来るかもとなるべく移動を早めていたので、その後の情報は耳に入っていないもので」
「無事、保護されそれぞれ新たな人生を歩み始めている。君のおかげだ」
とにかく逃がす事しか考えていなかったけど、こうして無事だと知ることが出来て良かった。
「自分自身も辛かったろうに、よく奴隷たちを解放してくれた。同じ貴族として誇りに思うよ」
「……アレクシス様。今の私は――」
「ただの小娘と卑下したくなる気持ちも分かる。だが、君のやった行いは十分に誇っていい物だし、称賛されるべきものだ。それを忘れないでくれ」
アレクシス様から無遠慮に頭をガシガシと撫でられ綺麗に整えて貰った髪型が崩れてしまい、それを見ていた傍付きメイドのみなさんから、一斉に叱られ珍しく狼狽える姿は失礼ながら笑ってしまった。
昼になり、ゾンターク家への捜索及び捕縛の打ち合わせをするため、最初に通された部屋でアレクシス様と地図を見る。そのすぐあとクレリア様もやってきたのだが紅茶を淹れてくれてくださると、お邪魔になるからと静かに退席していった。
「最初にメロディアを抑えてから本丸のカルナータに向かうつもりでいたが、君ならどうする?」
「確かにメロディアを一刻も早く取り戻したい気持ちはありますが、その場合どこで配下が聞き耳を立てているか分からない状況でそれをしてしまうと、本丸で証拠隠滅の時間を与える事になりかねません。ですから、先にカルナータへ向かい父親であるハイデロットを抑えた方が得策に思えます」
クレリア様が淹れてくださった紅茶を一口啜り、乾いた喉を潤す。
「……なるほどな。確かに経験が浅い上に凡愚と早々に噂がこちらにまで流れてきているエリュガーを後回しにした方が間違いないだろう。よし、そのように進める事にしよう」
「いつ動きますか?」
「『夜襲を仕掛けられた』などと被害者面されても面倒だ。会合を装って色々仕掛ける。その際に君には、奴の屋敷に入り込んでいる密偵と合流し、一気に動いて欲しい」
「既に証拠は抑えてあるのですか?」
神妙に頷くアレクシス様は、拳を握る。
「経過報告を入れさせているが、酷い物だ。同じ貴族とは思えん」
「それは……捕らえるのが楽しみですね」
「ああ、実に楽しみだ」
そう言って薄く笑うと、ソファに立てかけてあるイグナリスがぼそりと呟いた。
『どちらが悪者か、わからなくなってるぞ。お主ら』




