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協力者

 朝起きると、昨日散々泣いたせいで赤く腫れた目をしたユリアが朝食を作ってくれていた。


 「おはようございます、アイナお嬢様」

 「おはよう、ユリア。美味しそうね」


 ソファから立ち上がり、ローテーブルに置かれた湯気を立てた朝食を見ながら言うと、申し訳なさそうにユリアが困った顔でコーヒーを淹れたカップを置いた。


 「お嬢様のお口に合うか、わかりませんが……召し上がってください」

 「もう、昨日も言ったけど今の私はただの小娘よ。色々あってこの食事だって今の私にとってはご馳走なのよ?」


 コーヒーを口に含もうとしてピタリと固まったユリアは、ゆっくりとカップを戻して私に尋ねてきた。


 「えっと……そういえばあの事件のメロディアのお話は致しましたが、私お嬢様のその後のお話を聞いておりません。あれからどう過ごされてここまで?」

 「長くなるし、気分のいい物でもないけど……それでも聞く?」

 「メイドとして、家臣として私には聞く義務があります」


 鬼気迫る勢いでユリアが姿勢を正して私を睨んでくるので、こちらも咳ばらいをしてからこれまでの事を話した。


 「お、お嬢様……そんな大変な思いをされてきたのですね……すみません、私ごときがお嬢様の苦しみを理解できるとは思いませんが、奥様まで……うぅ……」


 ユリアは昨日と同じように泣き崩れ朝食どころでは無くなってしまった。


 「もう過ぎた事よ。それに私はこうして生きて貴方と再会出来た。それだけでも私には充分過ぎるくらい幸運よ。ここに来る事を最優先にしてきたけど、ここを取り返したらお母様も探すわ。希望は最後まで捨てるつもりはない」


 私は、冷めてしまった朝食を残さずお腹に収めて一息ついて立ち上がる。


 「それじゃユリア、アレクシス様へ会いに行ってくるわ」

 「はい、お気をつけていってらっしゃいませ。アイナお嬢様」


 服装は違えど、あの頃と変わらない模範的な美しい立ち姿のユリアの礼に見送られながらドアを開け歩き出した。

 待ってくれている人達が居る、それを知れただけでいつも以上に背筋が伸びた気がした。



 乗合馬車に乗ってメロディア領を出て、アレクシス様が治めるアルティザン領に入ると一気に空気が変わり、辺り一面広大な農地が広がっていた。


 「……この景色、お父様が好きだったわね」

 『素晴らしい景色だな。きっと良い領主だからこそ手入れが行き届いたこの景観を維持できているのだろうな』


 停留所から降りて、アレクシス様のお屋敷のある方角へ歩いていく。

 フードの端に映る視界から、行く先々で皆ニコニコと笑い、買い物や談笑して暖かい光景がそこら中に溢れ返って見えた。


 「本当ならメロディアだってこういう街だったはずなのに……」

 『大丈夫だ、我らで取り戻すのだろう?かつてのメロディアを』

 「そうね」


 やがて巨大な石像が目印のアレクシス様のお屋敷の前までやってきた。


 「止まってください。見た所旅人のようですが、ここはアルティザン領領主、アレクシス・ランヴェール侯爵様のお屋敷です。許可なき場合は入る事は出来ませんので、お戻りください」

 『エリュガーの門番とは対応が違い過ぎないか?なんと真摯な対応だ』

 「これが本来あるべき門番の対応よ」


 私はユリアから預かっていた布を取り出し、門の奥に居る衛兵に声をかける。


 「アレクシス様にこれをお渡しして頂きたいのと、伝言を頼みます。『貴方の親友が愛した小鳥が巣に帰ろうとしている』と」

 「……っ!ただちに!」


 私の伝言に何かを察した衛兵は血相を変えて、屋敷へと駆け出していった。


 「一体何事だ?この者がどうかしたのか……」


 衛兵の様子を気にしつつ、門番が警戒を強めた。

 しばらくして、衛兵が滝のような汗をかき、息を切らしながら門を開けるように門番に促した。


 「どうぞ……お入りください。ふぅ……はぁ……途中までご案内いたします」

 「あの、大丈夫ですか?凄い汗ですけど」

 「あはは、事が事ですので……」


 ハンカチで拭ってはいるが溢れ出る汗は止まらず諦めた衛兵は、息を整えながら屋敷の玄関まで案内すると門へ戻っていった。


 「ここからは自分がご案内いたします。どうぞこちらへ」

 「よろしくお願い致します」


 執事服に身を包んだ壮年の男性に先導され、私は数年ぶりにアレクシス様のお屋敷に足を踏み入れた。


 「こちらのお部屋でお待ちください」


 通された部屋はとても広く、中央には豪奢な装飾を施したソファが鎮座し棚には沢山のお酒が飾られていた。

 いくつかお父様が特に気に入っていた銘柄があり懐かしい気持ちになっていると、扉が開いて先ほどの執事を従えた身に覚えのある美しい銀髪と鋭い眼光を放つ灰色の瞳が目を引くアレクシス様と奥様のクレリア様がいらっしゃった。


 「果実水を頼む。あとは何か摘まむ物を」

 「かしこまりました」


 執事に銘じて私に向き直ると、外套を被ったままの私をじっと見つめてきた。


 「どうか、顔を見せてはくれないか?アイナ」


 私は無言で外套から頭を出して、アレクシス様に向き直り真っ直ぐに見つめた。


 「その鮮やかな赤髪、眩い金の瞳……本当にアイナなのだな……。この布をユリアが託した事で確信はしていたがこうして目の前にすると……言葉が……出ん……」

 「本当に……アイナさんなのですね……。良かった、本当に……」


 鋭い目付きで威圧的な印象を与えるアレクシス様だが、情熱的で感情豊かな方で私が生まれた時もお父様よりも泣いて喜んだと聞いている。奥様のクレリア夫人も同じく泣いてくれたそうだ。

 そんな人たちだから、今回の件で死んでいたと思っていた親友の娘が生きて会いに来たと知れば、きっとこうなる事は予想していたけど、実際に目の当たりにするとこちらまで涙腺が緩くなってしまう。


 「はい。が……ガレス・リーフェルトの娘、アイナ・リーフェルトでございます。アレクシス・ランヴェール侯爵様、クレリア夫人」

 「よせ、そんな他人行儀な挨拶など不要だ。それよりあれからどのようにして過ごしてここまでたどり着いたか、聞かせてくれないか?さ、座ってくれ」

 「はい」


 促されてソファに座った所で、執事が頼まれた果実水の注がれたグラスと何種類かのクッキーを盆に乗せ、テーブルに置くと静かに礼を取り退室していった。


 「ここでは、私たち以外誰も居ない。言いたくない事があれば言わなくて良い」


 アレクシス様は姿勢を正して、私に向き直った。


 「では、お話します。まずあの襲撃の後は――」


 話の最中、ぼかして聞かせた性奴隷として扱われた話の最中、アレクシス様の持っていたグラスが砕け夫人は口元を抑えて、気丈に耐える場面があったりしたが最後まで話し終えた。


 「話してくれてありがとう、アイナ。男である私が言えた事ではないが、さぞつらい思いをしてきたのだろうな……。助けてやれなくて、何もしてやれなくて済まなかった」

 「無力な私たちを許して頂戴……」


 深々と頭を下げるランヴェール夫妻に慌てて顔を上げるように言い、納得いってない様子のまま体勢を戻してくれた。


 「巻き込まれずに済んだ家臣たちがお二人から様々な援助をしてくださっているとユリアから聞きました。リーフェルト家を代表してお礼を申し上げなければいけないのに、謝らないでください」

 「私たちにはそれくらいの事しかしてやれんからな……。それでアイナ、あの布を持ってきたと言う事は君は――」

 「はい、ゾンターク家及び加担した者たちを捕え首都の法廷に突き出して悪事を洗いざらい吐かせ、罪を償わせるつもりです。私一人では到底成しえない事ですが、アレクシス様のお力添えがあれば可能かと思いお願いに参りました」


 話を遮るのは無礼だと知りながらも、逸る気持ちを抑えられず口がつい先走ってしまった。が、アレクシス様は気にする様子も無く、獰猛な獣のような笑みを浮かべ私を見つめた。


 「やはり、君はあいつの娘だな。若い頃にそっくりだ……。勿論私も協力させてもらうよ。少しずつ準備は進めていたんだが、君が来たことで早まるな」

 「貴方、ついにこの時が来たのですね!」


 クレリア様が興奮気味にアレクシス様に話しかける。

 

 「何か既に仕掛けていたのですか?」

 「密偵を送り込んで証拠を集めて貰っていたのだ。それと同時に奴隷たちの受け入れ先など諸々の準備もな」


 アレクシス様は私に手を差し出してきた。


 「私たちに君の父親の無念を晴らす手伝いをさせてくれ」

 「私たちは貴方の味方よ」

 「ありがとうございます。アレクシス様、クレリア様」


 久しぶりに触れた二人の手は、アレクシス様は更にごつごつと岩のような手触りで力強さを、クレリア様の手は細く美しく、けれどとても柔らかな温もりを与えてくれた。

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