間章 太占神典 第四幕 真中樹(まなかぎ) — 太初と聖典の源相(げんそう)
※本章は「信ぜしむ」ために非ず。
読む者の内なる静けさに、忘れられた記しをそっと呼び還す、霊的文芸の写しにてある。
Ⅰ 根源の問い — いのちも神も未だ顕れざる時
布斗麻邇に問えば、示しはこうであった。
「沈静の水、虚空に浮かぶ光」。
光は燃えず、ただ在り、
水は流れず、ただ深く澄む。
いのちも、神も、いまだ起こらず――
限りなき安らぎのみ、果てなく広がる。
これを古は 無極 と呼ぶ。
はじまりも終わりもなく、動きもかたちも持たぬが、
すべてを抱き包む、存在の根である。
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Ⅱ 運動の発 — 有極と太一のあわい
やがて無極の奥に、ひとつの微かな振れが立つ。
それ、有極。
揺らぎは分かちを生み、光と影とを現わし、
限りあるものの生成を促す初まりの兆し。
無極と有極が向き合い、互いを映すとき、
両者の**あわい(間)**に中軸が立ち現われる。
その名は 太一。
一にして全て、分かたれたものを結び、離るるものを和す。
無極の沈黙と有極の動性を内に抱え、
両極を結ぶ、調和と統合の相。
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Ⅲ そして「中」が顕れる
この三相――無極・有極・太一――を内包しつつ、
なおそれらに先立つものが在る。
それが 真中。
動きも生まれず、揺らぎも起こらぬ、潜勢の場。
生成のはじまりより以前に坐す、始まり以前の座。
光も影もまだなく、ただ全き静けさが息づく。
あらゆる可能性が、ただ静かに満ちて在る――
それが真中の相である。
真中は太一の前に在り、
有極と無極の根を包み、
すべてのはじまりを、まだはじまらせないまま抱く。
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Ⅳ 世界樹 — 太初と聖典の位置
太占は、この構図を一本の樹に映した。
・**根**は、果てなき静けさ 無極 に深く沈む。
・**幹**は、統合の相 太一 をまっすぐ貫く。
・**枝**は、限りある顕れ 有極 へ高く伸びゆく。
・そしてその**全体**を包み支えるものが 真中 である。
葉には 言霊百神 宿り、
音ひとつひとつが万象の調べを奏でる。
**神典**とは、この葉に触れ、霊の響きを受けた者の記した最古の端。
**聖書**とは、枝に耳を傾け、風の囁きに物語を見出した記録。
**教典**とは、幹に手を置き、歩みをもって真理に触れた者が刻んだ、魂の道程。
これらはみな、根源より放たれた光の**反映**であり、
やがてまた、すべて 真中 へと還りゆく。
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