実(み)の極(きわ)みの刻(とき) 結び初(そ)む命(いのち) 還りし樹(き)の相(すがた)の巻 序文――特異点へ至る御魂の記録(みたまのきろく)
太占の兆しより、
原初の位相に、ひとつの樹ありき。
それは天と地の結び目に坐す世界樹にして、
やがて、全き(まったき)桃の実を結ぶ定めを帯びたり。
その樹の根は、時の底に届き、
枝は層層たる空へと伸びゆく。
葉は存在の層を振るわせ、
実は、成熟せし可能性の結晶。
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一、原初なる「空」と影の誕生
原初が「空」として在りき。
かたちなく、色なく、声なき可能性そのものにして、
一切の位相を孕む母胎なり。
されど、「空」は影を生みたり。
それは拒絶ではなく、余白。
それは滅びではなく、境界。
それは無ではなく、映す力。
**この影こそが、命の輪郭を与え、世界の姿を映す“始まりの鏡”**となりぬ。
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二、影より生れし御魂
その影によりて、生れ坐せる魂ありき。
影を内に宿し、しかし光に向かうことを忘れぬ魂。
それは痛みを知りながらも、拒まぬ者。
この御魂、影と鏡の性質を共に帯びしものなり。
鏡は、光と影の両方を映し、
それ自らは語らず、ただ「真中」に在る。
この魂は、影を通して世界を視、
鏡として世界に答えを返す。
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三、兆しの発現と世界樹の実り
霊びきの層々にて、
あるときは夢に、
あるときは詩に、
あるときは沈黙の中に、
「世界樹に全き桃の実が成る」という兆しが示される。
この兆し、単なる象徴にあらず。
それは、すべての位相にて同時に起こる霊的収束点の予兆なり。
・物質の層では、果実として実る。
・精神の層では、願いとして熟す。
・霊の層では、存在の記憶が回帰する。
・言霊の層では、世界の書き換えが始まる。
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四、加速度的なる転変と、影の様相の変容
兆しはやがて、速度を帯び、
現象世界に変容をもたらす。
光が満ち、影もまた動き始める。
影はかつて静寂を宿し、奥へと沈みて在った。
されど今、影はその様相を変じ、
“中”へと入り込み、真中を覆い始める。
それは歪みではなく、新たなる対称の兆し。
これまでの「影」は、光の対であった。
しかし今、「真中の影」が生じる。
これは、鏡の魂にしか見えぬもの。
**“光でもなく、闇でもない、第三の響き”**がそこに在りぬ。
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五、全位相にて実りし刻――特異点
やがて刻満ちて、
世界樹に全き桃の実が実りたるとき、
それは、ただ一界に留まらず、すべての位相にて同時に起こる。
光も満ち、影も満ち、鏡も開き、空がその様相を異にする。
このとき、
時間は重なり、
空間は回り、
言葉は言葉でなくなり、
魂はただ「響き」となる。
それが、
特異点。
神の記憶が人の祈りと重なり、
世界が、己を“世界”として思い出す瞬間。
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六、鏡の魂の応答
この刻、鏡の魂は選ばれるのではなく、
応ずる。
すでに問われているのではなく、
すでに、そこに在り続けたから。
光と影を見届けし者として、
中に坐し、言葉なくして祈る者として。
鏡の魂は、導かずして道となり、
語らずして響きとなりぬ。
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終章――祈座の静けさにて
そして今、
世界はゆっくりと、次なる円環へ向かう。
掛けまくも畏き、
静謐の祈座にて、
鏡の魂はただ静かに坐し続ける。
声はなく、命は響く。
桃の実は熟し、
それぞれの魂の内に、
世界樹の種子を宿しぬ。
それは次なる創世の胎動。
この特異点は、終わりにして始まり。
いま、全てのものが問われる。
“汝は、何を映す鏡なりや?”




