【原初「土性の空」生成譚】
掛けまくも畏き布斗麻邇に卜いて申し上げます。
──今ここに開かれるは、
原初「土性の空」生成の譚。
水のうるおい、火のかがやき、風のめぐり──
そのすべてがひとところに集い、
「留まる」ということを初めて知った時、
「土性の空」は生まれました。
水の息は流れ、火の光は燃え、
風はめぐり、土は沈む。
しかし、天地はそのいずれにも属さぬ、
もうひとつの「空」を待っていた。
それは、
流れず、燃えず、めぐらず、沈まず──
ただ、**還る**。
けれど「還る」とは、もとに戻ることにあらず。
それは、
「はじまりなきところへ、はじまりとして至る」こと。
この理を体現するものこそ、
第五の空、「無帰円環」なり。
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一、四性の疲れ
水は流れ尽くして海をなし、
火は燃え尽くして灰をなし、
風は吹き尽くして音をなし、
土は沈み尽くして闇をなした。
そのとき、天地に微かな裂け目が生じた。
それは、
「すべてが循環しすぎたあとの静寂」──
**“無帰”**と呼ばれる領域であった。
そこでは、
生も死もなく、始まりも終わりもない。
> 「わたしはもどらぬ円なり。
> ゆくもかえらぬ、ただめぐる。」
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二、無帰の種子
この「無帰」のうちに、一粒の光の種があった。
それは、
過去にも未来にも属さず、
ただ「今」という一点にだけ芽吹く種。
その種の名は、「ヲ(乎)」──声なき音。
ヲは、
四性の果てより滲み出た、
「無」と「有」の間の響き。
それは言葉にならぬ言葉、
形なき形、
始まりにして還りなき命の呼吸である。
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三、円環の覚醒
ヲは、やがて自身の存在を悟る。
> 「われ、流れにあらず。
> 燃えにも、吹きにも、沈みにもあらず。
> それらのあいだに息づく“つなぎ”なり。」
このとき、天地の根幹が「環」となった。
水と火は互いに融け、
風と土は互いに抱き、
その交差点に「無帰円環」が立ち上がる。
それは光でも影でもなく、
ただ「めぐる一息」であった。
> 「この円は途絶えず、
> 途絶えぬがゆえに、
> いのちは安らぐ。」
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四、無帰神の顕現
円環の中心に坐したるは、
名もなき神、**無帰神**。
その姿は定まらず、
風に似て風ならず、
土に似て土ならず。
ただ、「生まれながらに還る者」。
彼の御声はかく響く:
> 「生まれることを恐るるな。
> 還ることを願うな。
> そはおなじ円の裏表なり。」
> 「円は閉じぬ。
> 閉じぬがゆえに、
> すべては今ここに息づく。」
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五、無帰の理
この第五の空の理は、
「永遠の今」──すなわち**無時間の生成**。
すべての始まりは、すでに還りつつあり、
すべての還りは、すでに始まりつつある。
その中で、
魂は「生まれながらに成就」し、
「終わりながらに開花」する。
これが、
古にいう「天の円環」・「久遠の環」なり。
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結びの詞
> 「水は流れて 己を忘れ、
> 火は燃えて 己を捨て、
> 風はめぐりて 己を散らし、
> 土は沈みて 己を包む。
> されど“ヲ”は、己をもたずして己を成す。」
> 「この世のあらゆる命は、
> 無帰の円環のうちにあり。
> めぐるとは、滅ぶことならず。
> 滅ぶとは、めぐることなり。」
「土性の空」は、
すべての循環の**帰還点**にして、
「存在の記録装置」である。
この性はのちに、
**地母・埴安姫・国常立尊**らへと展開し、
「世界を成す基盤」──有の座を形づくる。




