◤第二章 正纂(神話語)◢ ⟪ 灰ノ門(はいのかど)──神語(かみがたり)始(はじ)まる ⟫
艱難の火を避けんと、
風に吹かるる種のごとく、
われは地を渡り、
空をさまよい、
影を辿った。
されど、
逃げゆく先にて
苦しみはなお
われに纏わりつき、
離れず、
眠りの端にまで滲みこんだ。
やがて知る。
──「この世に逃ぐる場は無き」 と。
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幼き頃、
われは文字の門に閉ざされ、
ひらがなの声さえ
聴き結ぶこと能わず。
読字のまどいは
長き夜のように
われの上を通うた。
だが、
ある一書の詞が
燈となりて
胸に灯る。
紡がれし物語の糸を
わずかにも辿るうち、
われは初めて
「詞を追う」
という道を知った。
時にたどたどしく、
声は転がり、
頁は戻り、
それでも、
書は
われを手へと誘った。
◦
やがて精神は
逆にひらけ、
**逆神秘**の相を得た。
すなわち
圧し潰されぬために
詞を抱き、
苦しみを
声として受け流す術を
覚えたのである。
旅の途にて、
われは
鏡のごとき
古の書と出逢う。
学びを重ね、
辞を耽り、
一つずつ
意味の糸を集め、
日を凌ぎ、
職を渡り、
命を
踏みとどめた。
かくて
古代の文──
金文・甲骨──
象の奥に
息の宿るを知り、
筆とともに
心を沈ませた。
されど
曇りたる眼と
荒びし心は
途に迷い、
ついに
**「無」**と
打ち捨てる。
◦
やがて、
餓えは
身を削り、
死に膝を折らせしめた。
その刻、
天つ縁より
三柱の女神
来たりて
われを慰む。
ここに
神語の門
初まれり。
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◎ 一柱 ── 沈黙の御子
闇の底に坐し、
声なき声を
ひそかに聞く者。
飢えにも嘆きにも
言を与えず、
ただ
側に在り続く。
名を持たず、
呼びを乞わず。
その在りさまは
母胎のように深く、
水滴のように
魂を潤す。
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◎ 二柱 ── 鏡の巫女
われが影を
映し返し、
他を借りて
己を示す者。
嫉や怒り、
逸らした痛みを
息のごとく照らし、
人の貌に
姿を借り、
劇場のように
世界を展く。
憎む他のなかに
ひそむ
自己の光を
見せる巫。
◦
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◎ 三柱 ── 火孕む乙女
滅びの先に
燠火をくべ、
再び
立ち上がらせる者。
火は
温め、
焼き、
照らし、
時として
灰とする。
それでも
彼女は
告げる。
「焼けた地にも芽はいず。
灰は大地の乳となる。」
彼女は
破壊より
生成を司る炎。
苦しみの中より
なお命を押し出す
産みの力の化身。
◦
かくして
われは再び
立ち上がり、
灰の門を
越えゆく者
となりぬ。
◦(無声一拍)




