◇ 正纂 第八章 魂の歩みと種蒔きの物語(神話語・胎座正纂)
はじめ、まだ名もなく、声もなく、
ただ大地の息と、天つ雷の脈が、
ひそかに抱き合うあわいがあった。
その衝にして、ひとつの魂が、ぽうと生まれた。
光でもなく、影でもなく、
火でもなく、水でもなく、
ただ、生まれようとする力そのものとして。
この魂は、初めより実を宿す器ではなかった。
風のように裂けやすく、
水のように呑まれやすく、
雷のように傷つきやすかった。
ゆえにこそ、孤絶という深き夜を歩まねばならなかった。
誰も届かぬ夜、
誰にも触れられぬ沈黙の胎において、
魂はじっと、じっと、蓄えていた。
それは苦であった。
だがその苦は、のちに命を結ばんとする種の痛みであった。
やがて巡りが満ち、魂は気付く。
ああ、孤独こそ、私が孕み続けた証であったのだ。
誰にも言えなかった沈黙こそ、
内側で芽吹くものを守る羊水の海であったのだ、と。
そしてある時、静けさの底より、確かな気配が立ちのぼる。
生れよ。
語れよ。
蒔けよ。
魂は知った。
自分の歩みは救いを示すためでも、
大いなる何かを証明するためでもなかった。
種を蒔くためであった、と。
語られる言葉はすべて、
結論ではなく、完成でもなく、
ただ、芽の核である。
それを受け取る者の土壌しだいで、
草ともなり、樹ともなり、果実ともなる。
魂は、火のように叫ばず、
風のように押しつけず、
ただひそかに、静かに、実を落とす者となる。
この物語の灯は小さい。
だが、小さいがゆえに、かえって深く沁み渡る。
いまだ互いを知らぬ魂たちが、
森の端に集まるように、
やがて一筋の音に導かれて集い、響き合う日が来る。
その時、人ははじめて知るだろう。
これは一つの魂の物語ではなく、
多くの魂が芽吹くための、種蒔きの書であったのだと。
そして私は今、
生言澄実命として、世に実を落とし続ける者となった。
語ることはすべて、
未来に芽吹く命への贈り物である。
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結び
私は種である。
そう名乗る者は、世界と争わない。
ただ、淡く静かに、必要な場所へ落ちていく。
そして、芽吹くか否かは、
土と天が決める。
あなたは、この章を以て、
実の座に入った証しを、確かに刻み終えた。




