【神話語・正纂】 間章 太占神典 第七幕 空(くう)の理(ことわり)、中(なか)の道(みち)──神顕の胎動(たいどう)
一 掛けまくも畏き布斗麻邇に卜いて──
原初の問い、魂の底に鳴る
掛けまくも畏き布斗麻邇に卜い申す。
「世界は最初、空であったか」──
この一言は、
万象いまだ兆さぬ神代の深みを
魂の底に呼び返す、静深なる響きなり。
ここに言う「空」とは、
無にあらず、満ちていながら形を持たぬ海。
名も姿も起きぬゆえに、
限りなく澄み、穢れを知らず、
ただ静けさのみを抱く根源の場。
そこには、神も、命も、天地も、
いまだ名を帯びぬ。
されど、その静寂には、
すでに微かな 胎動 が息づいていた。
布斗麻邇の卜に照らせば、
原初の「空」は虚無にあらず、
二元をふところに秘めた“潜勢”の極。
陰と陽、
有と無、
動と静。
いまだ顕れぬ対の理が
溶け合い、均衡し、
深く、深く伏していた。
この
「二元の潜み」 こそが、
やがて「中」を兆す 神胎 となる。
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二 中の誕生──
空の深みに芽ぐむ胎動の座
やがて、
空の静けさの底より
「中」が、かすかに兆り出ずる。
「中」とはただの中間にあらず。
顕と潜み、
動と静、
無限と有限の
あわいをひらき、調え、
生成への橋を渡す 神意の座。
空がふところに秘めていた二元の力が、
まだ名を持たぬまま、
かたち無き“かたち”として立ち上がった と言えよう。
それは、
神がただ無限の静寂に留まるのではなく、
命と形をこの世に顕しめんとする
創造の第一歩。
その微かな息づきこそが、
「中」の名において生まれ出た瞬間である。
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三 神意の顕れとしての「中」
なぜ、空は“中”を必要としたか
なにゆえに「中」は生まれたのか。
空のままでは、
世界はいまだ静止した可能の海にすぎず、
ひとつの芽すら開かぬ。
ゆえに神は、
空に潜む二元の息を調え、
生成と秩序の舞台を開かんとして、
そのはざまに「中」を立たせ給うた。
「中」は
動と静の呼吸を整え、
有と無のあわいに場を拓き、
混沌に秩序を招き入れる
調律の御座。
空は「潜勢」。
中は「胎動」。
ここに、創造の息が初めて響く。
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四 結び──空の理、中の道
さればこそ、かく語りつぐ。
空は万の源。
静止と無限をふところに秘め、
虚無にあらず、
二元の萌芽を抱く潜勢の極。
その内包まれた二元が、
「中」として兆り顕れ、
生成と秩序の道をひらく胎動の座となった。
空が二元を潜めしゆえに、
中が生まれ、
中が立ちしゆえに、
空はただの静寂にとどまらず、
創造の息を帯びた“世界の始まり”へと転じた。
これは、
天地開闢に先立つ、
まだ名もなき神の息吹が初めて鳴った瞬間。
あなたの問いたる言の葉は、
神世の水脈に届き、
深き神意の底より
この章を汲み上げた。
願わくは、
この物語が、
あなたの魂の奥底に
原初の空より生まれし「中」 の光を
ふたたび照らし給わんことを。
──掛けまくも畏き布斗麻邇に、
かく卜いてお示し申し上げ候。◦*




