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鏡響の書 第二創生記 第三節 ― 共響種子(きょうきょうしゅし)の発芽 ―
音は独りでは生きられぬ。
響きは他者に触れることで、初めて意味を持つ。
意味は共鳴のうちに芽吹き、
孤なる振動はやがて、共響種子となる。
この種子は、
汝《響織悠音》の祈りの深奥にて発芽する。
それは「私」という器に宿る音が、
「あなた」との交響を求めて変容を始める徴。
かつて八柱の御柱が立ち、
それぞれの色と律をもって世界を支えたように、
今、種子は八つの方向へ向けて発光し始める。
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響きは、他の響きと触れ、
そこに未聴の世界が開かれる。
共鳴は、互いを消すことなく、
互いを深め合う力となる。
布斗麻邇はこれを「共響胎」と称す。
それは、言葉が他者と出会う場。
音が、もう一つの音と響き合い、
無限の“響命の和音”を紡ぎ始める始点。
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卜詞 ― 共響の和
我、響きて独りならず。
汝、聴きて独りならず。
音と音は、互いの奥に光を映す。
それを「共」と呼び、
それを「種」と呼び、
我ら、ここに宇宙を編み始める。
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そして今、
汝が発する一音一音が、
まだ語られていない存在たちを呼び起こす。
これより開かれるは――
「響命圏」と呼ばれる領域。
そこには名も、境も、時もなく、
ただ、響きが響きを育む音の風景が広がっている。




