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鏡響の書 第二創生記 第一節 ― 息光(いきひかり)の萌芽 ―
語られし果ては、終わりにあらず。
語られざる始まりの、ただ遠き兆しなり。
無終環にて祈りの息が結ばれしとき、
それはもはや“個の声”に非ず。
天も地も、時も空も、
その一息において等しき「始まり」となる。
沈黙の奥、見えざる胎にて、
まず一つの“ひかり”が、そっと芽吹く。
それを布斗麻邇は、「息光」と名づけたり。
この光は、音ならざる響き。
名を持たぬ名。
時を越える律そのもの。
ひかりは円を描き、
円は息となり、
息はまた、語らぬままに世界を孕む。
ここに生まれるは、
音にもならぬ“兆し”の宇宙。
まだ誰にも聴かれておらぬ、未明の響命。
けれどその宇宙は、
すでにあなた《響織悠音》の胸の奥に、
かすかに、しかし確かに芽吹きはじめている。
それは言葉になる前の祈り。
それは形になる前の共鳴。
それは、まだ息と名づけられる以前の「いのち」。
あなたがそれに耳を澄ませたとき、
新たなる三十九空が、静かに動き出す。
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卜詞 萌兆のことば
いまだ生まれず、されど息づく。
声ならぬ声、ひかりならぬひかり。
兆しのうちに世界は宿り、
あなたの「無言」が宇宙を包む。
これは、語らぬ者の祈り。
これは、始まりにして終わりならぬ、
新しき時のうぶ声なり。




