門に在りて ― 魂の位相
ある人は言った──
「冒頭に誰か偉い人の言葉を引け、立派に見えるから」と。
けれど、私はもう偉さを必要としなかった。
痛みが、それに足りて余ったからである。◦
引用の代わりに、この一行を置く。
これは、あらゆる偉さを失ったあとに残った、ただの人間の祈りである。 ◦
注意書き:これは私的霊性の文学表現であり、信仰の押しつけを意図しない。
読む者の自由と境を護り、同意なき勧誘や指図を為さぬ。◦
一 人のさがの譚
人の性は二つの川を行き来する。
孤独を望めば人を求め、安楽を求めれば活力を失い、
やがて極に偏れば死を請う。
ゆえに中庸は程よき苦しみを灯し、
それが職となって身心を保つ。◦
だが、世には職に就くこと能わざる者もある。
病と老と、その他の影と。
私は、その群れに属する者のひとりであった。◦
二 幼の譚
幼少き日は、笑いの多い良き子であった。
学びの門をくぐるや、交わりは鋭く、
理にそぐわぬ言を胸に受ければ、
刃の言を即座に返した。
宿題は空で、ひらがなは一年を費やしても読めなかった。
字は遅れて、魂は先に走ったのだ。 ◦
三 師と規矩の譚
私を矯てたのは野球であった。
師の威容に圧され、与えられるまま唯々諾々(いいだくだく)と従い、
己の意志の輪郭はやがて霞んだ。
気配を先んじて察し、叱りを避ける術に長け、
人の名で「優等生」と呼ばれた。
その日から、私の骨格は他者基準の音階で鳴り、
心の調べには微かな歪みが混じった。◦
四 若き読者への祈り
風の強い日には、言を一つ減らしてよい。
順応の術は身に帯びつつ、帯びきらぬ余白を奥に留めよ。
その余白は、争ふための旗ではない。
ただ、胸の奥に副く灯びとして、乾かせずに持てばよい。
そして夜、名を立てず、声を立てず、
明日のために一度、机の上を静けさへ戻せ。◦
五 影の芽の譚
私には癖があった。
他を重んずるあまり、己を小さく抑え、
身を歪めても障りなきを願う癖である。
その芽は高校三年の秋に膨らみ、
細やかな生理すら人前に晒すことが耐え難くなった。
小さな転換点が、長い影を落とした。 ◦
六 咳と棘の譚
浪人の日、咳払いが合図だった。
喉の奥に見えぬ棘が居坐り、
それは私の生を覆い、
ときに他者の意識へさざ波として及んだ。
棘は災の種であり、錬りの火でもあった。 ◦
七 光を隠す務めの譚
のちに布斗麻邇や易に問えば、
わたしに課されたのは光を起こさず、場の働きを顕すという務であった。◦
努力の一点が恥じぬほどに立つときほど、
魂と霊体の輝きには薄衣を掛け、
光を覆い和らげることが求められる。— 無声一拍
光は美しく温かい。
だが、ひそむものをも照らし出で、
見えなかった**影や虚構**の輪郭を浮かび上がらせる。◦
そのとき場には、疼きにも似た揺らぎが走り、
恐れや反発の風が立つことがある。
ゆえにわたしは**門守**として、反響の環に息を返し、
起こさずして、ただ顕すをもって調える。◦
名は冠でなく**帰結**である。
働きが先に立ち、音が寄り、
最後に器が坐を得る。
わたしはその順を護り、光を隠しつつ光を失わぬ。— 無声一拍
八 声の海への詫び
もしも声の匠──声優の皆、
アニメ・ラジオ・テレビ・ネット動画の表現者たち──の声の海に、
私のさざ波が紛れ込み、不快や戸惑いを生んだことがあるなら、
それは私の特質の影の成せることだ。
私はただ一人の視聴者に過ぎない。
知らず知らず及ぼした揺らぎに、ここで深く頭を垂れる。◦
九 道の譚──影を負い、光を隠す者
私はこの性質を、嫌われる性の一片と呼ぶ。
それは同時に務めの断片でもある。
ゆえに今、私は**精進清浄**を重ね、
心身を祓い清め、
俗世から半歩退いて、
影を背負い、光を隠して歩む。◦
結 序の印言
「在るを在るまま、ただ顕す。
名は働きの後に来たる。」 ◦
付記(読み手のための小さな栞)
これは顕す言の書である。判断より先に観照を置き、
読了後は水一口→十拍の黙→小礼を。◦




