文化祭で、君の本当を知った
はじめまして、桜坂はるです。
今回は、文化祭を舞台にした青春ラブコメを書いてみました。
クラスの“完璧お嬢様”と、平凡(自称)モブ男子。
装飾係として一緒に準備をするうちに、思わぬ一面を知って――。
笑いとちょっとのドキドキをお届けできれば嬉しいです。
どうぞお楽しみください!
文化祭準備の係決めは、毎年恒例のサバイバルイベントだ。
真面目に立候補するやつもいれば、目立つ係を避けて全力で気配を消すやつもいる。俺? もちろん後者である。
――藤宮悠斗、平凡男子、高校二年。特技は人混みで溶け込むこと。
「じゃあ、残った係は……装飾係か。くじで決めようか」
クラスの実行委員長・杉本が、真顔のまま籤箱を掲げる。こいつ、何事も真剣すぎるんだよな。
「おーい悠斗、引け引け」
「……え、俺? いや、もう係いっぱいだろ」
「残りものには福があるって言うし?」
隣の成瀬がニヤつきながら肘でつついてくる。こいつは俺の幼なじみであり、クラス一の茶化し要員。正直、敵に回すとめんどくさい。
しぶしぶ籤を引くと、紙には大きく「装飾」と書かれていた。
「あー……やっぱ俺、モブ人生から抜け出せねぇ」
ぼやく俺に、成瀬が肩を叩いてきやがる。
「大丈夫大丈夫。装飾は文化祭の華だからな。で? 一緒になるのは誰かな~?」
その時、前の席から小さな声が聞こえた。
「……わ、私も、装飾係、です」
桐谷美咲。
クラスの誰もが知る才色兼備のお嬢様キャラ。容姿端麗、成績優秀、礼儀正しい。全方位から「完璧」と呼ばれている存在。
その美少女が、俺と同じ紙を掲げていた。
「ええーーっ!? 藤宮と桐谷さんがペア!?」
「お似合いだなー!」
「文化祭カップル誕生!」
クラス中が一斉に盛り上がった。なんだこの茶番は。いや、俺はただのモブだぞ!?
「ちょっ、違うから! お似合いとかじゃなくて、ただの偶然で!」
「偶然が運命になるんだよ」
「お前は黙れ成瀬!!」
必死に否定する俺をよそに、当の桐谷さんは涼しい笑顔で会釈していた。……いや待て、そんな爽やかに微笑むな。俺が公開処刑されてるみたいじゃないか。
杉本が冷静にまとめる。
「じゃあ装飾は、藤宮と桐谷に任せる。二人とも、よろしく頼むぞ」
拍手と冷やかしの嵐の中、俺の文化祭が静かに始まった。
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翌日の放課後。教室に残って、俺と桐谷さんは装飾の準備を始めていた。
「じゃあ、模造紙にポスター描いていきましょうか」
「う、うん。任せて」
クラスの看板娘が筆を取る。うん、ここは俺の出番なさそうだな。美的センスゼロの俺が出しゃばるより、センスある彼女に任せる方が絶対いい。
そう思っていた。そう――最初の一筆を見るまでは。
「……えっと、これ……?」
「うさぎ、のつもり」
模造紙の上に現れたのは、どう見てもUMA。首は二本あるし、胴体はアンモナイト。生物兵器かな?
「……桐谷さん、俺、言っていいかな」
「な、なに?」
「これ、ホラー映画のポスターじゃない?」
「!?」
真っ赤になって慌てて隠す桐谷さん。
「ち、違うの! たまたま今日は調子が悪かっただけで!」
「今の一発目でバレたけどな」
俺のツッコミに、彼女は机に突っ伏して呻く。完璧なお嬢様像が音を立てて崩れていく。
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「ふんぬっ……ガムテープ、ちぎれないっ!」
次の作業はポスター貼り。俺が机の上に立って位置を調整している横で、彼女はガムテープと格闘していた。
「桐谷さん、それ逆に持って……」
「わ、わかってるってば――あれっ!?」
気づけば、彼女の両手がぐるぐる巻きにされてミイラ状態になっていた。
「ちょっ……なにこれ!? 動けない!」
「いやいやいや、どうしてそうなるの!? ガムテープは敵じゃないから!」
俺は慌ててハサミで切り離してやる。解放された瞬間、桐谷さんは涙目で俺を睨んできた。
「ぜ、絶対誰にも言わないでよ!」
「安心しろ、墓場まで持っていく」
「……ほんとに?」
「……まあ、ネタとして成瀬には言いたいけど」
「言ったら殺す」
俺は慌てて口を塞いだ。普段の完璧スマイルからは想像できない、鬼のような眼差し。――逆にギャップがすごすぎて、心臓が跳ねた。
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こうして俺は、桐谷美咲という“完璧お嬢様”の裏の顔を知ってしまった。
秘密を共有した俺たちの距離は、少しだけ近づいた……気がする。
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数日後。文化祭まであとわずか。教室は戦場と化していた。
「藤宮! 悪いが買い出し行ってきてくれ! 絵の具が足りない!」
「はいはい。了解っす杉本委員長」
すかさず隣から声が飛ぶ。
「桐谷も一緒に行ってきてくれ」
「えっ、わ、私も?」
桐谷さんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔を作った。
「は、はい。もちろんです」
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駅前の文房具店で必要なものを買い込み、俺たちは帰路についた。
だが。
――ポツ、ポツ。
「……雨?」
空を見上げると、さっきまで青空だったのが嘘みたいに灰色になり、あっという間に土砂降りになった。
「うわっ、傘ないんだけど!」
「私も……!」
慌てて近くの体育館倉庫に駆け込み、なんとか濡れ鼠になるのを免れる。
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「はぁ……助かった」
ほっと息をついて横を見ると、桐谷さんの髪が少し濡れて、結んでいたピンが外れている。普段きっちりまとめられた姿しか見ていなかったから、ほどけた髪にどきりとした。
「な、なに?」
「いや……思ったより普通の子っぽいなって」
「ふ、普通ってなによ!」
慌てて頬を赤くする桐谷さん。
でも次の瞬間、小さな声で続けた。
「……私、本当は不器用なの。絵も裁縫も料理もダメで。みんなが思ってるみたいな“完璧なお嬢様”じゃないんだよ」
倉庫の中で雨音だけが響く。
俺はちょっと迷ったが、正直に言った。
「うん、知ってる」
「えっ!?」
「ポスター描いたUMAとか、ガムテープとの死闘とか、見てるからな」
「わーー!! 思い出させないで!」
顔を真っ赤にして両手で耳を塞ぐ桐谷さん。思わず笑ってしまう。
「でもさ」
「……?」
「俺は、そういう桐谷さんの方が好きだな。完璧で高嶺の花ってより、不器用で頑張ってる方が、ずっと魅力的だと思う」
言った瞬間、自分で顔が熱くなる。しまった、俺なに口走ってんだ。
桐谷さんは一瞬きょとんとした後、ふわっと笑った。
その笑顔に八重歯がちらりとのぞく。
「……ありがと。なんか、ちょっと安心した」
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雨はすぐには止みそうになかったけれど、不思議と心は晴れやかだった。
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当日。
体育館には焼きそばの匂いやポップコーンの香りが立ちこめ、廊下には色とりどりの装飾。まさにお祭り騒ぎだ。
「いらっしゃいませー! こちらはメイド喫茶ならぬ、王子様カフェでーす!」
クラスの出し物は「王子様カフェ」。男子が燕尾服を着て接客するという、謎に女子ウケを狙った企画である。
「藤宮、意外と似合ってるじゃん!」
「うるせぇ成瀬。俺はどう見ても三流ホストだろ」
そう言いつつも、意外と女子客からは「写真撮ってください!」なんて声もかかる。……いや、これは衣装の力だな。
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午後、客足も落ち着き、クラス全体が和やかな空気に包まれていた。
「よし、売上も好調! これで成功だな!」
杉本が腕を組んでご満悦の顔をしている。
「いやー、でもやっぱ二人の働きが大きいだろ」
ニヤニヤ顔の成瀬がこっちを見てくる。
「二人って?」
「決まってんだろ、藤宮と桐谷!」
視線を向けられた桐谷さんは――顔を真っ赤にして、手に持ったトレイで口元を隠した。
「な、何言ってるの成瀬くん!」
「いやいや、準備の時からイイ感じだったしな~。文化祭マジックってやつ?」
「お、おい成瀬!」
俺が止めてももう遅い。クラス中から「お似合い~!」の大合唱。
桐谷さんはますます赤くなって俯いた。
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夕方、出し物も無事終了。客席も片付け、他の皆は反省会に行くため教室を出ていった。
気付けば、俺と桐谷さんの二人きり。
散らかった紙コップを拾っていると、不意に桐谷さんが口を開いた。
「……また、一緒に準備したいな」
「え?」
振り返ると、桐谷さんは机に手を置きながら、小さく笑っていた。
その顔は、完璧なお嬢様でもポンコツでもなく――ただの、ひとりの普通の女の子。
「大変だったけど……藤宮くんがいたから、すごく楽しかったの」
心臓が跳ねる。
俺もごまかせなくなって、つい笑ってしまった。
「……俺も。正直、楽しかった」
「そっか……」
その瞬間、視線がかち合い、お互い照れて笑う。
俺の顔は多分、トマトより赤い。
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教室の窓から夕日が差し込み、文化祭の喧噪が遠くに聞こえる。
祭りの一番の思い出は、模擬店でもステージ発表でもなく――彼女と過ごした時間だった。
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文化祭が終わって数日。
教室では「楽しかったな~」なんて余韻の声が飛び交っている。
俺――藤宮悠斗にとっても、この文化祭は間違いなく忘れられない思い出になった。
何かを成し遂げた達成感とか、客に褒められた喜びとか、そういうのももちろんある。
でも一番は……あの笑顔だ。
ポンコツなところも含めて、本当の姿を見せてくれた桐谷さん。
その横顔を、俺はこれからもきっと思い出すだろう。
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放課後、下校のタイミングで桐谷さんと鉢合わせた。
彼女は少し恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに話しかけてきた。
「ねえ、藤宮くん」
「ん?」
「来年の文化祭も……一緒に準備できたら、いいな」
不意打ちすぎて、危うくカバンを落としかけた。
でも俺は、自然と笑って答えていた。
「……ああ。俺もそう思ってた」
桐谷さんは一瞬驚いたあと、八重歯をのぞかせて笑った。
その笑顔に、胸の奥がじんわり温かくなる。
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――俺にとって文化祭の一番の思い出は、クラスの成功でも模擬店でもない。
彼女と過ごした、あの時間だった。
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「……おーい、悠斗~!」
後ろから声をかけられて振り返ると、成瀬がニヤニヤしながら走ってきた。
「お前ら、帰るの一緒? あー、やっぱりねぇ! 青春だわ~!」
「う、うるさい! 別にそういうんじゃ……!」
「え、違うの?」
桐谷さんの頬が赤くなる。
俺の言葉は完全に空振りし、成瀬の爆笑が廊下に響き渡った。
――どうやら俺のラブコメは、もう少し続きそうだ。
【完】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
「文化祭」というイベントは、学生生活の中でも特別な思い出の一つですよね。
そんな一場面に、ラブコメ的なドタバタと小さな恋の芽生えを詰め込みました。
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感想もいただけたら、作者がとても喜びます。
次回もまた、短編ラブコメをお届けできればと思いますので、よろしくお願いします!