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君を無能と呼んだ世界で、ただ一人、君を愛していた

作者: フクチプ

婚約破棄、裏切り、そして追放。

“無能”と蔑まれた令嬢が辿り着いた先で、たった一人、彼女を「宝物」と言ってくれる青年と出会う――。

誇りも愛も捨てられた少女が、再び“自分の価値”を見出す物語。

これは「ざまぁ」と「愛」の先にある、涙のハッピーエンド。

第1部:無能と蔑まれた令嬢

「婚約破棄を申し渡す」


その言葉は、まるで鋼の剣で心臓を刺されたかのように、私の胸に突き刺さった。


大広間に集まる貴族たちの視線が、一斉に私へと向けられる。

冷笑、興味、侮蔑、哀れみ。そのどれにも、優しさはなかった。


「理由は明白だろう。お前は、王太子妃にふさわしくない。魔力は低く、社交も下手。美しさも、アリシアには到底及ばない」


私の婚約者である王太子・ジュリアン殿下は、私の心を抉るような言葉を淡々と紡いでいた。


隣に寄り添うのは、彼が新たに選んだ“才色兼備の貴族令嬢”アリシア・ヴェルデ。

金髪碧眼の彼女は、すべてを手に入れたかのように誇らしげに笑った。


「リリアーナ・ロシュフォール。貴族としての矜持もなく、陰気に本ばかり読んでいた君には、これが妥当だろう」


そう言われても、反論の言葉は浮かばなかった。


確かに私は、地味だった。

魔力の才能もなく、舞踏会では失敗ばかりし、宮廷では“存在感がない”と言われ続けていた。

けれど私は、少しでも役に立てるよう、魔道書を読み漁り、王太子の側に寄り添おうと努めてきたつもりだった。


それでも――届かなかったのだ。


「……婚約破棄、受け入れます」


声が震えそうになるのを堪えて、私は頭を下げた。


「ふん。潔いな」


ジュリアン殿下は鼻で笑う。

だが、私は最後にこう言った。


「……アリシア様の家系は、反王政派とつながりがあります。ご注意くださいませ」


「は?」


殿下の表情が一瞬だけ険しくなったが、アリシアが可愛らしく笑ってごまかした。


「まあまあ、殿下。嫉妬からくる中傷ですわ。無能な令嬢の、最後のあがきでしょう?」


その言葉に、皆が笑った。


私はゆっくりとドレスの裾をつまみ、優雅に一礼し、その場を去った。


……その夜、ロシュフォール家からも勘当され、私はすべてを失った。

第2部:再会、そして「おかえり」

王都を出てから数日、私は馬車の中で静かに時間を過ごしていた。

重たい心とともに、行くあてもなく流れ着いたのは、王国との国境近くにある小さな村――エリシエル。


かつて、幼き日に一度だけ文通を交わした青年が住んでいる村。

彼の名は――レオン・エインズワース。


ほんの短い間だった。けれど、彼の手紙は暖かかった。

本好きで人見知りな私にとって、彼の言葉は唯一の光だった。


「……来て、しまった……けれど」


まさか彼が、まだここにいるとは限らない。私のことなど忘れているかもしれない。

それでも、他に頼る者がいなかった。

私は村の小さな診療所の前に立ち、深呼吸して、扉を叩いた。


「――はーい、今行きます」


中から聞こえる優しい声。

扉が開いた瞬間、私は息を呑んだ。


そこにいたのは――少し背が伸び、凛々しくなったけれど、間違いなくあのときのレオンだった。


「……リリアーナ?」


彼の瞳が、驚きで見開かれる。


「お久しぶり、です。覚えて……いますか?」


私の問いに、彼は一瞬の沈黙のあと、ふっと優しく笑った。


「もちろん。手紙、今でも全部大切にしまってる」


その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。


私は泣きそうになりながら、ただ一言――


「……ただいま」


すると彼は、微笑みながら、そっと私を抱きしめてくれた。


「おかえり。リリアーナ」


ああ――

このぬくもりが、どれほど欲しかったことか。


レオンの診療所に、私はしばらく身を寄せることになった。


彼は元・宮廷薬師だったが、汚職に嫌気がさして村に戻ったという。

王家に仕える誇りを捨ててでも、誰かの命を救いたいと願った心の持ち主。


「君も、辛かっただろう」


彼は多くを聞かず、そっとハーブティーを淹れてくれた。


私は少しずつ、自分のことを話し始めた。

婚約破棄のこと、家族からの勘当、誰にも必要とされなかったこと。


すべて話し終えると、レオンは静かに言った。


「君が“無能”だなんて、誰が決めたの?」


「だって……魔力も低くて、何も取り柄がなくて……」


「そんなことはない。君は誰よりも努力家だし、正義感もある。僕は……そんな君を誇りに思うよ」


気づけば、私は涙を流していた。


「……ありがとう、レオン様」


「“様”はやめようよ。昔みたいに、レオンって呼んでほしい」


彼の笑顔が、どこまでも優しかった。


それからの生活は、穏やかだった。

診療所の手伝いをしながら、村の人々と交流し、笑顔を取り戻していく日々。


ある日、私は庭で倒れていた子猫を保護し、必死に看病していた。


「ごめんね……私、魔法は苦手だけど、君を助けたいの」


すると、ふわりと光が灯った。


手のひらから、やわらかな癒しの光が子猫を包んだのだ。


「リリアーナ! それは……“純魔”だ!」


「え……?」


「君は、常人には見えない魔素の流れを“純粋な心”で捉えることができる。すごいよ、これは――治癒魔術の極致だ!」


私は思わず、震える声で尋ねた。


「……私、無能じゃないの?」


「無能どころか、君は天才だよ。王都の誰も、それに気づけなかっただけだ」


その日、レオンは私の手を取って、真っ直ぐに見つめて言った。


「僕は、君のことが――好きだ。ずっと昔から、君の言葉も、心も、大切に思ってた」


「……私なんかを?」


「君“だから”だよ」


涙があふれて止まらなかった。

あの日、誰にも否定された価値が、いま、たったひとりに認められた。


そして私は、ようやく笑った。

第3部:さようなら、私を見下した世界

あの婚約破棄から一年が経とうとしていた頃。

エリシエルの村に、重々しい報せが届いた。


――王国で、反乱が起きた。


王太子ジュリアンとアリシアが中心となり、貴族の一部を巻き込んだ「選民思想」による暴動が勃発。

しかも、アリシアが持つ特殊な“扇動魔術”によって、民衆までが洗脳状態に陥っていた。


「このままでは、王国は――崩壊する」


村の診療所でニュースを聞いた私は、静かに目を閉じた。

あの日、忠告したのに誰も信じなかった。

あの日、誰も私の言葉に耳を貸さなかった。


でも、今は違う。


「……行ってきます」


私が立ち上がると、レオンは黙って医療鞄を手にした。


「君をひとりで行かせるわけないだろう?」


「でも……」


「僕は“君を守りたい”。それが、僕の全部だから」


その言葉に、私は涙がこぼれそうになるのを堪えた。


「じゃあ、一緒に世界を救いましょう。ふたりで」


王都に戻ったとき、かつて私を嘲笑った人々の目は、驚愕に染まっていた。


「ロシュフォール令嬢……いえ、もう今は――」


「セシリアで構いません。過去の私に価値などありませんから」


私は、王宮に足を踏み入れた。

扇動された兵士たちと激突する中で、私の“純魔”は輝いた。


戦闘魔術ではなく、心を癒し、澱んだ魔力を浄化する魔術。

それは暴走した者たちの“精神”を少しずつ正気に戻していく。


「……な、何だこの魔力は……!」


ついに、王座の間。

そこには、王冠を無理やり頭に乗せたジュリアンと、狂気の笑みを浮かべたアリシアの姿があった。


「リリアーナ! お前、まだ生きて……!」


「生きていました。そして、あの日より、強くなりました」


アリシアが詠唱を始める。だが、間に合わない。


「“心清き者よ、穢れを抱く者の闇を祓え”――《癒光の結界》!」


空間が光に包まれ、アリシアの魔術が中断された。


「なっ……!? 私の魔法が……解けないっ!」


「それが“あなたたちが無能と呼んだ魔力”の本質です」


膝をつくアリシアの背で、ジュリアンが必死に叫んだ。


「リリアーナ! 戻ってきてくれ! お前だけが頼りなんだ!」


私は一歩、彼に近づく。


「……あなたが私を“無能”と切り捨てた日。私の時間は止まりました。

でも、今は違う。もう、あなたのために生きていません」


私は静かに後ろを振り返る。

そこには、傷つきながらも私を見守るレオンがいた。


「私を見てくれた人がいた。私の言葉に耳を傾けてくれた人がいた。

だから私は、“許し”ではなく、“未来”を選びます」


その言葉を最後に、私は王国を出た。

アリシアとジュリアンは、反逆罪で幽閉され、王太子の座も剥奪された。

エピローグ:ふたりで選んだ未来

――数年後。


「セシリア、そろそろ起きないと子どもが泣くよ」


「あ……ごめんなさい、レオン」


私はベッドから起き上がると、小さな子供の泣き声が聞こえた。

可愛い、男の子。私たちの、愛の結晶。


エリシエルの村に小さな診療院と学校を設けてから、私たちは静かに暮らしている。


あの日、蔑まれ、捨てられた私が、今では“希望”として語られるようになった。

でもそれはすべて、この手を握ってくれた彼がいたから。


私は、庭で咲いた白い花を見つめながら、そっとつぶやく。


「ありがとう、レオン。あの日“おかえり”って言ってくれて……ありがとう」


彼は微笑んで、私の肩にそっと手を置いた。


「これからも、ずっと“おかえり”って言い続けるよ。セシリア、君は僕の“宝物”だから」


涙が、静かにこぼれた。


そして私は、もう一度笑った。


今度こそ、心の底から――。

ここまで読んでくださりありがとうございました。


「ざまぁ」だけでは終わらない、

「無価値」とされた人が自らの尊厳を取り戻し、

「純愛」で救われる――そんな物語を目指して書きました。


もし心に何かが残っていたら嬉しいです。

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