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第5話:手を繋いでくれる幽霊


 大学の構内に、ちょっとした噂が流れている。


 ――「手を繋いでくれる幽霊」が出るらしい。


 それは、夜の図書館で一人きりでいると、ふと誰かが手を握ってくる、という話。

 でもその手は、驚くほど温かくて、優しい。


 悲鳴を上げる人もいなければ、怪我をした人もいない。

 むしろ、幽霊に手を繋がれた人たちは、少し元気になって帰っていくという。


 ――これは、怪異なのか。

 それとも、ただの都市伝説なのか。


「……ええ話やん。俺もちょっと繋がれてみたいっすね」


 部室のソファで缶コーヒー片手にそう言うと、千景先輩が無言でこちらを見た。


 その目は、氷より冷たかった。


「……やっぱ怖いっす。優しさに油断すると死ぬやつっす」


「判断が早いのはいいことね」


 とはいえ、今回の怪異――いや、“存在”には、どうも不気味さがない。

 いままで出てきた怪異は、必ず“何かしらの害”を持っていた。

 でも今回は、それがない。逆に、優しすぎる。


「俺、思うんすけど……優しさが過ぎるのって、それはそれで怖くないっすか?」


「優しさは時に“執着”になるから」


 千景先輩が本を閉じて言う。その声には、少しだけ重みがあった。


「そっち方面の怪異も、いないわけじゃないわ。

 例えば、亡くなった人が大切な誰かを手放せずに、そばにいようとするタイプ」


「……それ、切ないっすね」


「切ないのは、“残される側”の話よ。怪異にとっては、それが生きる理由になるの」


 そのとき、部室の扉がノックされた。


「失礼しまーす! 一年の谷川です!」


 元気な声が飛び込んでくる。扉から現れたのは、サークルに新しく来た後輩――谷川日葵ひまり


 茶髪のショートボブに、きらきらした目。明るくておせっかいで、なんか見てるだけで体力削られるタイプ。


「よろしくお願いしますっ! オカルトめっちゃ好きなんで、いろいろ教えてくださいね!」


「……霊感は?」


 唐突に尋ねる千景先輩に、日葵が一瞬だけたじろいだ。


「えっと……たぶんないと思います。でも、ときどき変な気配とか、風がないのに髪が揺れたりとかは……」


 千景は黙って彼女を見つめ、数秒ののちに小さく頷いた。


「仮入部として、一週間様子を見させてもらうわ」


「えっ、いいんですか!? ありがとうございます!」


 日葵がぱっと笑う。そのテンションに、少しだけ部室が明るくなる。


「春野くん。あなた担当で」


「え、俺っすか!? いやいや、俺より先輩のほうが……」


「同じ“視えない組”だから、教えやすいでしょう?」


 そう言って千景先輩がすっと視線を外す。


 ちょっとだけ、楽しんでるようにも見えた――気のせいか。


 こうして、“手を繋いでくれる幽霊”の調査と、

 新たな後輩・谷川日葵の“仮”加入により、サークルの空気が少しだけ変わり始める。



 その夜、俺は図書館の夜間開放エリアにいた。


 学生証をかざして入る、22時まで使える自習スペース。

 ここは静かで、時折ぽつんと一人だけ残っている人もいる。

 でも今夜は、たまたま俺一人だった。


 もちろん、勉強のためじゃない。

 “その幽霊”に、会ってみたいと思ったからだ。


「一人でいると、手を繋がれる……か」


 文学書の棚の近くにあるデスクに腰かけて、スマホを伏せる。

 照明はほんのり暗め。静寂が、時間をぬるく伸ばしていく。


 画面を何度も点けては消して。

 少しだけ、指が震えているのに気づく。


(怖いっていうより……なんか、さみしいな)


 そう思ったとき――


 “それ”は、突然来た。


 ふいに、誰かの手が、俺の手のひらを包み込んだ。


 ひやりと、けれど優しく。

 ぎゅっと握られるのではなく、そっと添えるような手。


(……これが、“幽霊”?)


 怖くない。むしろ、温かい。


 不思議と、涙が出そうになる。


 だけど――


「……誰の、、、手ですか」


 そう呟いた瞬間。


 耳元で、女の声がした。


『あなたは……わたしに似てる』


 風が、揺れた。

 その瞬間、手がふっと消えた。


 気づけば、文学書の棚が一冊、床に落ちている。


 拾い上げて表紙を見ると――

 そこには、旧字体で書かれた一言があった。


『離縁』


 その言葉の意味がわからないまま、俺はそっと本を抱えて、図書館を後にした。



 翌日、部室。


「勝手に動いたでしょ、春野くん」


 千景先輩の声が冷たい。

 俺は反射的に姿勢を正した。


「……バレてたっすか」


「私の結界に反応があった。図書館で、あなたの“存在が揺れた”の」


「なんか……変な言い方っすね」


「変なのは、あなたが“触れられた”ことよ」


 千景先輩の目が、わずかに険しくなる。


「視えないはずのあなたが、“怪異と物理的に接触した”ってこと。

 それがどういう意味かわかる?」


「……俺の結界が弱まってるってことっすか?」


「あるいは、相手の“執着”が強すぎたか」


 千景先輩が机の上に、古びた一冊の本を置いた。

 それは、昨日俺が拾った――“離縁”と書かれた本だった。


「図書館の結界を調べていたら、落ちてたの」


「やっぱ、何かあるっすか?」


「これは“縁切り”の呪物かもしれないわ。

 誰かが“誰かを忘れさせたくない”という想いを、この中に残したのかも」


 千景先輩がその本に手を当てて、静かに目を閉じる。


「春野くん。あなたの手に、今朝まで“霊痕”が残ってた」


「……それって、ヤバい?」


「未練が、あなたの中に“移ろう”前に、祓っておく必要がある」


 そう言った千景の手が、ふいに俺の手に触れた。


 その指先は冷たいけれど、芯のある温度があった。

 昨日、あの幽霊が触れた手よりも――少しだけ、強かった。


 千景先輩は目を閉じ、俺の手のひらに指先を添えたまま、小さく息を吐いた。


「大丈夫。もう、離れたわ」


「……ありがとっす」


 俺が笑うと、千景先輩はちょっとだけ目を伏せて、顔を背けた。


「変な顔しないで」


「そんなこと言ったら見たくなるっすよ」


「……馬鹿」



 そのやり取りを、扉の隙間からそっと覗いていた人間がひとり。


「え、なにこの空気。何この青春。尊っ」


 新入仮部員・谷川日葵は、思わず口元を押さえていた。


 だけど、彼女はまだ気づいていない。


 彼女自身にも、いつの間にか“気配”がまとわりついていることを――


今回は怪異としては珍しい“優しさを持った存在”との遭遇でした。

けれどその優しさは、執着や未練と紙一重。

触れてくる怪異、残していく痕――それは人間らしいけれど、だからこそ危うい。


次回、第6話『顔のない目』では、後輩・日葵の隠された一面が浮かび上がります。

“視えない”はずの彼女に、ある変化が起こりはじめて――?


お楽しみに!


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