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第4話:あやかしは、人の顔をして笑う


 春、大学の掲示板に貼られた「履修相談」案内の紙に、いつの間にか落書きが増えていた。


 最初は、名前もないキャラクターのイラストだった。

 次は、なぜかそのキャラに吹き出しがついていた。


 そしてある日、掲示板の前で談笑していた学生のひとりが、突然言った。


「今、誰か笑ったよな?」


 誰も笑っていなかった。

 その学生は青ざめて、その場から逃げ出したらしい。


 ――というのが、今回の“怪異ネタ”の始まりだった。



「で、また変な噂拾ってきたのが小山先輩、ってわけっすね」


「違ぇよ、俺が広めたんじゃなくて、もう大学全体にじわじわ来てんの。ツイッターでもちょっと出回ってる」


 部室で、カップラーメンを啜りながら悪友・小山直樹先輩が言う。

 相変わらず話し方は軽いけど、目つきはちょっとだけ真面目だった。


「落書きの吹き出し、どんなこと書かれてたんすか?」


「それがな、週ごとに変わるんだよ。“こんにちは”とか“また会ったね”とか。んで、今週は――」


 直樹先輩がスマホを見せる。


『君、気づいてるよね?』


「こっわ……」


「マジなやつだろ?」


「それ、掲示板のどの紙に書いてあったの?」


 千景先輩が口を挟む。

 背筋が伸びたその姿勢は、すでに“警戒モード”だった。


「履修相談のやつ。法学部棟の掲示板」


「その建物、前に“合わせ鏡”の件があった場所ね」


「え、それって前にも何かあった場所なんすか?」


「ええ。あそこ、怪異の“交差点”みたいなもの。痕跡が残ってる」


「ってことは、今回のこれも……」


「可能性はあるわ。怪異って、残滓や痕跡を辿って根を張るから」


 俺にはまだよくわからない言葉が出てくるけど、千景先輩の顔は本気だ。

 “何か”が学内に確実にいる――そう感じている表情だった。


「よし、夜に見に行ってみようぜ」


 直樹先輩がそう言うと、千景先輩は即答した。


「ダメ。夜は出やすい。特に、視えない春野くんには危険」


「え、でも俺、視えなくても感じちゃってるっすよ最近」


「それが一番危ないの」


 言葉は冷たい。でも、それはたぶん心配の裏返しだ。

 千景先輩の目が、俺の目をじっと見つめる。


「今回は……私と小山で確認に行く。春野くんは、部室で待ってて」


「え、俺だけお留守番っすか?」


「――あなたが視えないから、いい“囮”になるって思ってるでしょ? だったらお断りよ」


「いや、そんなこと微塵も思ってないっすけど!」


 正直、ちょっとだけ思ってた。でも口には出してない。セーフ。


「……わかりました。なら、情報整理だけでも手伝うっす」


 言いながら俺は、壁に貼ってある過去の怪異ファイルに目を向けた。


 ――そこには、見覚えのない“笑う女”のイラストがあった。



 夜。部室。


 千景先輩と小山先輩が出ていってから、まだ十五分も経っていない。


 俺は一人、ソファにもたれて、過去の記録ファイルをめくっていた。


 怪異に関する報告書、学生の証言、写真のコピー。

 どれもどこか現実感が薄くて、それでいて変に生々しい。


「“笑う女”って、前にも……出てたっけ?」


 数年前のファイルに、あのイラストとよく似た顔の女の落書き写真が載っていた。

 髪が長く、口元がにやけていて、目は黒く塗りつぶされている。


 その写真の下に、手書きのメモが添えられていた。


“目を合わせてはいけない。合わせたとき、鏡の中に入ってくる。”


 ……鏡?


 その瞬間、ふと、部室の片隅に置かれた姿見が視界の端に入った。


 黒布がかけられていたはずなのに、風もないのに、布がずれていた。


「……おいおい、やめろよ」


 俺は立ち上がって、そっと布を直そうと近づいた。

 でも、なんか、おかしい。


 鏡の前に立った俺が――笑っていた。


 いや、鏡の中の“俺”が笑っていた。


 口元が、ゆっくりと歪む。


「……っ!」


 俺は反射的に後ろに飛びのいた。

 鏡の中の“俺”も、同時に動いた。動きはまったく同じ……じゃない。

 ワンテンポ遅れて、笑ったままこちらを向いている。


 心臓がどくどくと音を立てる。

 足がすくむ。でも、目を逸らしたら――ダメな気がした。


「おい……誰だよ……」


 すると、“俺”が喋った。


『君、気づいてるよね?』


 ――聞こえた。声が。鏡の中から。


 でもその“俺”は、口を動かしていなかった。


 声だけが、頭の奥で響いた。


 ゾクリと背中を冷たいものが這う。

 その瞬間、スマホがブルッと震えた。


 通知。千景先輩からのLINEだった。


『そこ、鏡に何か出てない?目を合わせないで。布をかけ直して。すぐ戻る。』


 思考が止まってた頭が、一気に現実に引き戻された。


「合わせない、合わせない……!」


 目を逸らしながら、手探りで布を持つ。

 指が鏡に触れた気がして、心臓が飛び跳ねた。


「くそ……!」


 勢いよく布をかぶせる。

 視界から鏡が消えると同時に、部屋の空気がスッと軽くなった気がした。


 けれどその直後――耳元で、女の笑い声がした。


 ヒィッと情けない声が出そうになるのを必死でこらえる。

 足が震えて、壁にもたれて崩れ込む。


「……視えてないのに……なんで……」


 たぶん、視えなくても“触れた”。

 あれは俺の姿を借りた、何か“別のもの”だった。


 そしてそれは、俺が“気づいた”とわかった瞬間に、向こうから手を伸ばしてきた。


(俺、ヤバいやつに目ぇつけられたんじゃ……)


 そう思ってると、バタンと扉が開いた。


「春野くん!」


 千景先輩の声だ。息を切らせて駆け込んでくる。


 俺は座ったまま顔を上げる。


「……やっぱり来たっす。鏡の中の俺が、笑ってたっすよ」


 千景先輩は無言で鏡に目をやり、布の上から手を翳した。

 なにやら呟いて、小さく符を貼りつける。


 その間、小山先輩がスポーツドリンクを渡してくれる。


「マジで無事でよかったな。……千景、あれ完全に“写り込み型”のやつか?」


「ええ。自分の顔と記憶をコピーして侵食するタイプ。

 もう少し対応が遅れてたら……彼、戻れなかったかも」


「戻れない……っすか?」


 俺の声が少しだけ震えた。

 でも千景先輩は目を逸らさず、しっかりと言った。


「“鏡”の中に連れて行かれて、意識が抜けたままになるの。

 最悪、二度と戻れない。……でも、春野くんは戻ってこれた」


「……さすが俺。なんとか、なるもんっすね」


 冗談混じりにそう言うと、千景先輩の肩が、少しだけ緩んだ気がした。


「たぶん、まだ“護られてる”のよ。あなた」


「それの正体、いつかわかるっすかね?」


「わからなければ、知りに行けばいい。そういうサークルでしょ、ここは」


 俺は、ゆっくりと頷いた。


 あやかしは、人の顔をして笑う。

 それは不気味で、どこか悲しくて――でも、確かに“そこにいる”。


 今日もまた、“怪異録”に一行が刻まれた。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

今回は拓海の“視えないけど感じる”力がよりはっきり描かれた回でした。

鏡という題材はホラーと相性抜群なので、書いてるこっちもゾクゾクしながらでした。


次回は一旦ホラーの緊張をゆるめて、オカ研メンバーの日常寄り回へ。

でも、何気ない日常の中にも、怪異の影は潜んでいて――?


第5話『手を繋いでくれる幽霊』もぜひお楽しみに!

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