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第3話:封じられた倉庫


 倉庫っぽい部屋の扉の前で、俺は改めて“鍵”を見つめた。


 古びた真鍮の鍵。触っただけで、ひやりとするような冷たさが指先に残る。

 なんか、金属ってこんな冷たさだったっけ……ってくらい、不自然な温度だった。


「ほんとに開けるのね」


 千景先輩が横でそう言った。口調はいつも通りクールだけど、たぶん少しだけ緊張してる。

 俺が見てもそれがわかるくらいには、目つきが鋭くなっていた。


「もちろん開けますよ。せっかく鍵、貸してもらったんすから」


「貸した覚えはないんだけど」


「でも渡したじゃないっすか。しかも一緒に来てくれたし」


「あなたを監視するためよ」


 やっぱり口は辛い。でもその“見張ってくれる感”がちょっとありがたい。いや、だいぶありがたいな。


 俺はゆっくりと鍵を差し込み、ガチャリと音を立ててロックを外した。


 中は、意外にも広かった。倉庫というより、小さな部屋。

 電気はつかない。窓もない。スマホのライトを点けて、ゆっくりと中へ踏み込む。


 棚には段ボールが積まれていて、奥には古い机と椅子。

 その中央に――見慣れない木箱が置かれていた。


「なんすか、これ……?」


 木箱は腰くらいの高さで、黒い布がかけられている。

 布には何やら文字のようなものが書かれているけど、読めない。漢字っぽくて漢字じゃない。

 なんとなく、見てはいけない気がする。


「……その箱、前の“事故”のときに現れたの」


「勝手に?」


「ええ。部屋に戻ったら、勝手に置かれていた」


「……ホラー映画の出だしっすよね、それ」


 俺が冗談っぽく言っても、千景先輩の顔は一切笑ってなかった。


「この布、外しちゃまずいっすかね」


「絶対に外さないで!」


 強い、はっきりとした言葉だった。

 でもそのとき、布の一部が少しだけズレて、木箱の表面が露出した。


 その瞬間だった。


 ――耳元で、誰かが囁いた。


『……ここは、だめ……』


 ゾクリと背筋が凍った。


 スマホを持つ手が震えそうになるのを必死で抑える。


「今、なんか……声、聞こえませんでした?」


「……聞こえたわ。あなたにも聞こえたのね」


 千景先輩が、こちらを凝視している。

 その目は驚きと、何か別の感情――怖れ、のようなものを含んでいた。


「あなた、本当に霊感ゼロ?」


「ゼロっす。マジで。でも……いまのは、聞こえたっす…」


 俺の声が少しだけ震えたのを、先輩はきっと気づいてた。

 でも彼女は、あえて何も言わず、俺の手を掴んでこう言った。


「出るわよ。今すぐ」


「え、でも――」


「いいから!」


 その瞬間、部屋の奥――棚の裏の闇の中から、“何か”が立ち上がった。


 人影。でも形は曖昧。髪のようなものが揺れ、顔が、ない。


 明確に“見えた”わけじゃない。

 けど、存在だけが、はっきりとそこにある。


「走って!」


 千景先輩に引かれるまま、俺は部屋を飛び出した。



 廊下に飛び出すと、空気の密度がまるで違った。


 冷たい。けど、さっきの倉庫の中よりずっと“生きてる”感じがした。


 千景先輩は俺の手を強く握ったまま、途中で止まって息を整えた。


「……大丈夫?」


「うん、…あっ、すんません大丈夫っす。ちょっと、背筋冷えただけっす」


 俺が強がって笑うと、千景先輩はじっと俺を見つめて、ゆっくり手を放した。


「見えないはずなのに、あなた……感じてたわね。あれ」


「……なんか、いましたよね?」


「いた。完全に“実体”を持ちかけてた」


「ってことは……あそこ、今も“繋がってる”ってことっすか?」


「そう。封印、弱まってる」


 千景の顔に、明確な焦りが浮かんでいた。

 俺はまだよくわかってないけど――たぶん、あれは“やばいやつ”だったんだろう。


「先輩。あの声、俺にはっきり聞こえたっすよ。『ここは、だめ』って……」


「警告よ。あなたを巻き込まないように、何かが引き留めたのかも」


「誰がっすか?」


「……わからない。でも、“護られてる”って言ったの、あながち冗談じゃなかったかもね」


 千景先輩は俺の顔をじっと見つめて言った。


「あなたの体質……普通じゃない。無自覚で結界を張ってる人間なんて、聞いたことない」


「……なんすかそれ」


 俺は冗談半分で笑ってみせたけど、千景先輩の目は本気だった。


「ねぇ春野くん、今まで変なことなかった?」


「変なこと……?」


 そういえば、小さいころから――事故に遭いかけても、なぜか助かってきたことが何度もあった。

 夜道で声をかけられても、振り返ったら誰もいないとか、そういうのも。


「……いや、まぁちょっとだけ、“運がいい”とは言われてたっす」


「それ、ただの運じゃないかもね」


 千景先輩は静かにそう言ったあと、息をつくように椅子に座った。


「あなたがこのサークルに来たの、偶然じゃないかもしれないわね」


「……え、運命っすか?」


「調子に乗らない」


「っすよね〜」


 いつも通り冷たい一言。でもどこか、少しだけやわらかい。


 たぶん、俺のことを“ただのバカ”とは思ってなくなったんだろうな。

 俺も、千景先輩がただの“視える人”じゃないこと、少しだけわかった気がした。


 なんにせよ――

 あの倉庫の中には、“何か”がいる。


 それが何なのか。

 なぜ俺に声をかけてきたのか。

 そして、千景先輩があんなに“強く拒んだ”理由はなんなのか。


 まだわからないことばかりだけど、ひとつだけ確かなのは――


 あの扉の向こうには、俺たちの知らない世界が、本当に“ある”ってことだ。


ここまで読んでくださってありがとうございました!

拓海にとっては、視えないままの初怪異。千景にとっては、封印の再確認。

二人の関係にも少しずつ“何か”が芽生え始めた……かもしれません。


次回は、学内に流れる奇妙な噂と、それをめぐる新たな怪異事件。

タイトルは『あやかしは、人の顔をして笑う』――どうぞお楽しみに!

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