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第1話:霊感ゼロの入部届け


 ――春なのに、寒気がする。


 大学のクラブ棟、四月の午後。

 木造の廊下を歩いているだけなのに、どこか肌寒いのは気のせいじゃない気がした。

 新歓の時期で、外のキャンパスは浮かれた雰囲気だというのに、この建物だけは時間が止まっているみたいだ。


 掲示板には色あせたポスター。扉の窓には中が見えないように布がかけられ、廊下には誰もいない。

 自販機だけが異様に新しくて、それすらも場違いに思える。


(……いや、逆にいい。こういう雰囲気、嫌いじゃない)


 俺はポケットに手を突っ込みながら、奥の部屋の前で立ち止まる。


『オカルト研究サークル』


 文字がすでにかすれて読みにくい。けど、ちゃんと存在してる。

 大学に入ってから、ずっと気になっていたサークル。

 怖いもの見たさ、というより、純粋に“知りたかった”。


 ……一年のときに来なかった理由?

 簡単だ。面倒だったから。


 活動時間が夜ってのもあるし、“ガチ勢”が多そうだなって勝手に想像して敬遠したってのもある。

 オカルトは好きだけど、楽しむ分にはいい。でも、“視える人”の本気の話とか出てきたら正直ちょっと引く。

 そういうのに巻き込まれるの、正直だるいなって思ってた。


 でも――二年になった今、ふと思ったのだ。


「ま、なんとかなるだろ。行ってみりゃわかる」


 俺の人生はだいたいその精神でやってきた。

 失敗しても、それはそれ。やらないよりマシ。


 そう思って、俺はノックもせずにその扉を開けた。


 ガチャリと鳴るドアの音と同時に、むわっとした空気が押し寄せてきた。

 湿気と、何か古い木の匂い。それから、埃と、なにか……表現しづらい“重さ”。


「こんにちはー……って、あれ? 誰もいない?」


 古びた机に、座布団、棚にはファイルが乱雑に並んでいる。

 黒い布をかけられた鏡のようなものや、見たことのないお札の束もある。


 妙に静かだ。まるで、この部屋だけ空間が閉じてるみたいに。


「……うわ、これ絶対、出るやつだ……!」


 思わずつぶやいて、ひとりで笑った。


 俺の名は春野拓海。大学二年。

 オカルトは大好きだけど、霊感はゼロ――いや、たぶんマイナスだ。


 鏡を見れば、やっぱり普通。

 どこにでもいる黒髪の男子大学生。背も高くないし、特別イケメンでもない。

 目元もぼんやりしてて、目つきが悪いわけでも良いわけでもない、そういう顔。


 でも、よく「なんでそんなに平気なの?」って言われる。

 たぶん俺は、怖がり方がズレてるんだと思う。

 怖い話は好き。でも本気で怖がるときは、誰かが傷つくときだけだ。


 それに――お酒も好きだ。

 呑んでれば大抵のことは「まぁいいか」で流せるし、誰とでも仲良くなれる気がする。

 要するに、楽観的な馬鹿だ。でも、そのおかげで、けっこう人生うまくやってきた。


 手に取ったファイルを開きかけた、そのとき。


 「カチャン」と、背後でドアが開く音がした。


「――誰?」


 その声は、氷のように冷たかった。


 振り返ると、そこに立っていたのは、一人の女性だった。


 長めの黒髪を無造作に垂らし、細身の身体をすっと立たせている。

 華やかさとは少し違う――けれど、強烈な印象を与える横顔。

 涼しげな一重まぶたと、意志の強そうな瞳が印象的で、顔立ちは整っているのにどこか近寄りがたい。


 そのくせ、言葉には無駄がなく、目線は一切ブレない。

 第一印象は、“絶対に人に媚びないタイプ”。

 言うなれば、芸能人でいうと吉高由里子。けれど、あの人よりも愛想を極力ゼロにして、孤独な雰囲気をまとっているような感じだ。


「えっと、新入部員……候補?、です!」


「ふうん。で、霊感は?」


「ないです。100%、ないです!たぶん、マイナスです!」


「帰って」


 秒で切られた。


「え、ちょ、話だけでも……!」


「うちは“視える人”しかいらないの」


「いやいや、そんな排他的な。オカルトに興味あるだけでも――」


「視えないなら、関わらない方がいいの。危ないから」


 その言葉には、冗談のトーンはなかった。

 目は真剣で、むしろ「警告」とすら受け取れるほどだった。


「……あの、危ないって、なにが??」


 俺がそう言ったときだった。


 部屋の奥から、スッと冷たい風が吹いた。


 窓は閉まっている。エアコンも動いてない。

 でも、確かに。

 何かが通り抜けた。


 鳥肌が立つほどの冷気。でも、怖くはなかった。


「……今、なんか通った?」


 ポロリと漏れた俺の一言に、彼女の瞳がわずかに細くなった。


「――名前は?」


「え? 春野拓海、ですけど……」


「……入部、認める」


 あれ? さっきまで帰れって言ってなかった?


「ちょ、なんで急に……?」


「あなた、視えてないんじゃなくて、たぶん“護られてる”だけよ」


「……え、なにそれ、かっこいい」


「バカじゃないの」


 そう言って、彼女は奥の席に座った。

 俺は、追い出される覚悟で来たのに、なぜかそこに“居場所”を得ていた。


 ――こうして始まった、俺のオカルトサークルライフ。

 視えないはずの俺が、怪異に関わっていく“最初の一歩”だった。


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