覚醒
半ば意識を手放し、今自分がどういった状況でどれほどの危機が迫っているのかダナンは理解できずにいた。
視界に映るものは土煙と粉塵、破壊されたコンクリートの瓦礫群。血を吐き出し、ぼんやりと……瓦礫の隙間から覗く鉄鋼版の空を見上げた青年は、己にレーザー兵器を向ける始末屋へ視線を移す。
生きているのか、死んでいるのか分からない。いや、何故あれだけの致命傷を貰い、木っ端微塵に吹き飛ばされても意識を保ち続けているのかさえ理解できない。普通なら死んでいた。チェーンガンとガトリングガンで肉体を滅茶苦茶に撃ち抜かれ、パイルバンカーで胴体を貫かれても生きている人間など存在するはずが無い。
だが、ダナンはこうして生きている。半死半生の状態であろうとも、己が受けた傷の一つ一つを記憶し、冷静に分析していた。
「―――」
喉の奥に溜まった血を吐き出し、胸の奥で暴れ狂う心臓へ意識を向ける。
「―――ぁ」
脈動するごとに熱い血潮が全身を駆け巡り、細胞へエネルギーを供給する。
細胞の内に蠢くは線虫にも似た正体不明の異物。否、細胞だけでは無い。心臓を中心にして身体中に存在する異物はテロメアの構成を組み換え、人を人たらしめる遺伝子そのものを書き換えていたのだ。
ルミナの蟲……イブが語った言葉を思い出し、彼女がダナンへ移植した異物の名が脳裏に過ぎる。
「ル――ミ、ナ」
白い線虫、ルミナ、イブ、カァス……。遺跡で戦った男の傷から湧き出し、塞ぎ、修復した線虫が己の内で蠢いているのだとしたら、この不死性はルミナの蟲による力なのか? ならば己もまたカァスのように……獣へ成り果てるのか?
死にたくない。生きていたい。老人から……爺さんに拾って貰った命を無意味に散らしたくない。無駄死には嫌だ。生きる意味さえ見つけられず、何故この世に産まれてきたのか分からずに死ぬのは……許されない。他の誰でもない―――ダナン自身が許せない。
『細胞融合型万能ナノマシン・ルミナ。ユーザーとの完全融合段階を完了。管理者より一部権限の譲渡を確認。適合段階を引き上げますか?』
脳に直接響いた機械音声。
『戦闘状態或いは計画任務遂行中であれば、適合段階の引き上げは最良の選択とは言えません』
心臓が燃えるように熱い。血が溶鉄のように煮え滾る。細胞全てが熱を放出し、目の奥が真紅に染まる。
どうしたらいい? 何をしたらこの窮地を脱する事が出来る? 脳に響く声がダナンに選択を求め、感情の一片も見当たらない機械音声に目を回す。
『認証を願います』
「……」
『生きたいですか? 死にたいですか?』
答えは決まっている。その二択を迫られれば、選ぶ答えは一つ。
「生きたいに―――決まってるッ‼」
『承知致しました。戦闘プログラム起動、全ルミナの六割を生体融合金属へ変化。機械義肢と生体部位の同調開始……クリア。認証プロセスは管理者によりクリア。機械腕―――正式名称・黒鋼零式、ルミナとの接続完了。ユーザーネームを問います』
「ダナンだッ‼」
『了解、本人によるユーザーネームの変更を確認しました。戦闘支援AIネフティス起動。ルミナの使用、生体融合金属の形状変化はネフティスが担当致します。ご武運を、ダナン』
機械腕が唸り、細胞内に溜まった熱が動力部に移行する。
『熱エネルギーの充填開始。黒鋼二式、装甲解放。超振動ブレード保護シールド展開。波動砲銃身展開。敵強化外骨格、レーザー照射準備完了。此方の波動砲準備完了。ダナン、指示を』
ダナンの機械腕の手掌装甲が開き、鈍色の銃身を伸ばすと強大なエネルギーが銃口に集中する。熱エネルギーをルミナが波動エネルギーへ相転移し、有り余ったエネルギーが反物質を形成すると重力場を掻き乱す。
「撃てッ‼」
『了解、波動砲発射します』
圧倒的―――その言葉が相応しいだろう。レーザー砲から発射された熱線を飲み込み、始末屋の右腕装甲を焼き払いながら鉄鋼板に直撃する。発射の余波はダナンを埋める瓦礫を粉砕し、小型格納式波動砲は周囲に青白い紫電を舞い散らせた。
「―――」
『ダナン、行動を推奨します』
「何故―――だ?」
『敵強化外骨格、未だ健在。戦闘行動を開始』
一瞬の判断だった。強烈な殺気を感じ取り、横に飛び転がったダナンは地面に突き刺さったパイルバンカーに息を飲む。
「悪なる蛇め……貴様は脅威に他ならん。認識を改めよう」
外骨格の右腕が使い物にならなくなろうとも、波動砲の爆風によって回路と配線が焼かれようとも、真紅の単眼を煌めかせた始末屋はダナンを排除するべく戦闘行動を再開する。
「化け物め……‼」
「それは此方のセリフだ‼」
『敵強化外骨格破損率二十%、武装破損率四十%、波動砲オーバーヒート。生体融合金属起動。体内ルミナ活動率低下。再生、修復、復元機能を停止します』
次々と振るわれる鉄杭を避け、視線を周囲に巡らせたダナンは瓦礫の傍に転がるヘレスを視界に移す。
武器となりうる銃器類は始末屋の重火器によって破壊され、鉄屑となり果てた。尋常ではない熱を放出し、思うように動かない機械腕で敵の攻撃を捌き切るのは至難の業。瓦礫の山に身を隠し、チェーンガンとガトリングガンの銃撃を躱したダナンは荒い息を吐く。
『交戦を推奨します』
「無理を言うな‼」
『無理ではありません。その判断は合理的ではありません』
「少し黙ってろ‼」
考えろ。敵の攻撃をいなし、ヘレスを手にするにはどうしたらいい。武器が無い時、どう動けばいい。考えろ……。
「……ネフティス、持ちうる武器は何だ」
『生体融合金属を推奨します』
「……」
使える武器は何でも使え。それが例え死体が持っていたものであっても、使える奴は生者だけだ。老人の言葉を無意識に繰り返し、奥歯を噛み締めたダナンは「生体融合金属を起動しろ」ネフティスへ指示を下す。
『了解しました。生体融合金属表出。制御、形成はお任せ下さい』
生身の左腕が金属性を帯び、骨肉や血管さえも鋼で覆われる。
『通常の弾丸、榴弾、ミサイル弾頭はお気になさらず。ただし、核バイオ弾頭、劣化ウラン弾頭、ガリウム合金弾にはご注意下さい』
「……あぁ」
嵐のように飛び交う弾丸の前に身を晒し、被弾寸前で生体融合金属の起動と形成を繰り返す。鋼と弾丸がかち合い、火花を舞い散らせたダナンは一目散でヘレスの下へ駆け、柄を握ると背後に迫っていた始末屋へ刃を向け。
「たたっ斬る‼」
強化外骨格の厚い装甲を紙切れ同然に斬り裂いた。
「黒蛇が‼ 遺跡の遺産かッ‼」
「上層の始末屋でも驚くんだな‼ 殺してやる‼」
「黙れ‼ この世から塵一片も残さず消え失せろ‼」
『ダナン』
「何だ!?」
『撤退を要求します。全身機械体が接近しています』
「な―――」
轟音と共に周囲を紅蓮の炎に染めたのは液状爆炎ナパームの複合ミサイル弾頭。鼓膜が破れ、酸素を燃やし尽くす炎の向こうからダナンと始末屋の殺し合いに乱入する者は全身を機械義肢に換装した黒鉄の巨躯。
「ダナァン‼ 今度こそ、今こそ殺してやる‼ そして俺を殺せェえ‼」
無頼漢首領ダモクレスは両腕の超電磁クロ―を振り乱し、ビルを切り裂き倒壊させながら吼え狂い。
『撤退を推奨―――訂正。交戦は不可。退却或いは管理者の到着まで耐えて下さい』
「……厳しいな、それは」
ダナンは爛々と機械眼を輝かせるダモクレス……狂人を見据えた。