みっつ鳴き
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
気持ちいい目覚め、君は最近味わっているかい?
朝、起きた時にすっきりと目覚められないのは、心身のいずれかに不調を負っているためだという。
単なる睡眠不足なのか、それともストレスが溜まっているのか。はたまた昨晩、寝る前に食べたものがガッツリ効きすぎていたのか?
きっちり眠ったときに消費するカロリーは200~300キロカロリーほどになり、ひとかどの運動を行ったほどになるという。ヘタに起きているよりも使うカロリーはでかいし、きちっと眠ることはダイエットのコツのひとつでもあると。
まあ、これらの働きのおかげで身体は整うわけなのだが、実は身体の外から異状を伝えられることもあるかもしれない。
私の地元に伝わる話なのだけど、聞いてみないか?
寝起きのフクロウ、みっつ鳴き。しばし止まれば、はじどまり。こぼれないよう、におうだち。
私が小さいころ、おそわった文句のひとつで寝起きの体調に関しての注意ごとだ。
フクロウの声といったら、実際のところはハトのそれであることが多いらしいんだが、あの「ホウ、ホウ……」と響かせるイメージは根強いと思う。ここでは便宜上、フクロウのものと仮定させてもらおう。
その起きたてのとき、「ホウ、ホウ、ホウ……」と三つだけ、フクロウの鳴く声がして、それきり止まることがあったなら注意しなくてはいけないのだ。
しばし止まれば、はじどまり。
はじ、とは「端っこ」のことを指し、そこには境目が横たわっている。いわば、がけっぷちにいるものと、思ってもらうといい。
そして、こぼれないよう、におうだち。
これはすぐさま立ち上がり、直立不動を保てという意味合いらしい。そうしなくては境目を維持することができなくなって、まじりあってしまうのだとか。
――あまりに抽象的すぎて、よく分からない?
まあ、そうだよな。
私もはじめて聞いたときは、境目だのなんだのとよく分からなかった。
寝ているならば、そこに自分と布団が横たわるのみ。その境目があいまいになるというのだろうか?
そう話を聞いた父に尋ねたところ、かつてこの地で起きた例について話してくれたのだそうだ。
むかしむかし。
この土地に弥二郎という男が暮らしていたらしい。
彼はその年のはじめから、しばしば「みっつ鳴き」を耳にしていたのだとか。
朝方にぱっと目が開くと、フクロウの「ホウ、ホウ、ホウ……」と三つだけ耳に届いて、しばし止むということが続いたのだそうだ。
このみっつ鳴きは、聞こえない人には聞こえない。たとえすぐ横で別の人が眠っていたとしても、その人にはまったく届かない。もっとも弥二郎は一人暮らしだったのだが。
弥二郎は主に力仕事で食い扶持を稼いでいたのだが、休みどきに仲間たちへ、みっつ鳴きにやたらと出会うことを伝えていたらしい。
だから、いつも朝一番に来るはずの弥二郎が昼を回ってもやってこないことを怪しんだ仲間が、彼の住まう長屋の一室をたずねたらしいのさ。
ぱっと見たところ、その六畳間にはちゃぶ台と敷かれた布団があり、あとは押入れがあるくらいのように思えた。弥二郎の姿はどこにもない。
しかし、訪れた仲間が布団をめくろうとすると、弥二郎の痛がる声が響くとともに、布団はほんのわずかにしかめくれなかったのだという。
手をかけた人も、布団をめくる程度でさほど力を入れなかったというのもあるが、それでも布団側の抵抗が強かったのだという。
皆が口々に弥二郎を呼んだところ、返答はあったものの、それは布団の真下からのものとしか思えなかったのだとか。
けれども、布団の下に彼が隠れていそうなふくらみなどはない。そしてめくろうとすると、彼は痛いからやめてほしいと告げる。
なにが起こっているのか、と皆が尋ねたところ、弥二郎自身もよくは分からないというが、おそらく「みっつ鳴き」に反応しなかったためだろうと返ってきた。
朝方、弥二郎は目覚めたときにひどい筋肉痛に襲われたのだそうだ。少しでも力を入れるとたちまち顔をしかめてうずくまり、声を漏らすのを我慢せざるを得ないような、強烈なものに。
そこへ折あしく、みっつ鳴きが届いてきてしまう。
立たなければならない。けれども、立とうと足を踏ん張ることができない。
フクロウが鳴きやんでも、その状態は変わらず。なおも立とうとして、それがかなわずにいると、突然に目の前が真っ暗になってこの状態なのだという。
仲間たちは、おそらくだがと前置いて弥二郎の状態を伝える。
いまお前は布団、もしくはその下の畳に、あるいはその両方とひとつになってしまっているのだろう、と。
にわかに信じられないのは、両者同じ。しかし布団や畳をいじろうとすると弥二郎は痛がる声をあげるのは変わらず、どのように手を施していいのか分からない状態だったという。
結論からいうと、弥二郎は助からなかった。
皆に状態を聞いたことで、自覚が生まれてしまったゆえか、ほどなく彼は息苦しさを覚えるようになってしまい、助けを乞うた。
医者、大工、その他もろもろ、彼を助け出すのに力になれるのではないか、という者たちを仲間たちが募るも、集まるまでに弥二郎の息が持つことはなく、彼の反応は途絶えてしまった。
布団はウソのように捲れたが、その畳の裏側に張り付くようにして、弥二郎の死体があったのだという。