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第62話 再会

 職場の電話が鳴った。

 机に向かって調べ物をし、原稿を書いている特派員たちはぎくりと顔を上げた。

 ラインハルト・ハイドリヒSS大将が襲撃されて死んだとの当局の発表があったばかりだ。

 我々日本の小規模な通信社も、外国の同業他社と内密に情報交換し調べ上げ、大将暗殺の一報を日本に知らせたばかりだ。

 当然その情報は逐一監視されている。早すぎる電話は局員たちの不審を招く。

 自分達の報道に、親衛隊当局の気に食わぬ表現があったのだろうか。

 とはいえもう送ってしまったことにかわりはない。在ベルリン日本大使館や軍の駐在武官から、厳しい叱責を受けるのだろうか。


「はい。こちら……」


 一番下っ端の僕が受話器を取った。


「シンノ・ゼンジロウ氏につないでいただきたい」


 聞き覚えのある不愛想な声が流れる。確かハインツ・ハイドリヒの秘書官だ。


「信野善次郎は自分です」


 僕の返事を受けた後も、少しの変化もなく秘書官の声は続く。


「よろしい。ハインツ・ハイドリヒ大尉があなたとの話を望んでいます。このまま繋ぎます」


 こちらの都合を一切聞かない辺りが実に親衛隊らしい。


「誰だい?」


 上司が興味ありげな目線を送ってくる。さすが新聞屋だけあって、こういう時の嗅覚は鋭い。


「PKのハインツ・ハイドリヒ氏の秘書官です。先日亡くなったラインハルト・ハイドリヒ大将の弟です」


PKとはハインツが所属している親衛隊(国防軍にもある)の宣伝中隊「Propagandakompanie」の略だ。

 なんだ、君たちはまだ繋がりがあったのか。

 上司はつまらなそうに呟き、自分の仕事に戻った。でも僕の後ろを通る時、耳元に囁くのは忘れなかった。


「価値がありそうな情報を得られたら、真っ先に俺に伝えるように」


 僕は黒いスーツに身を包んでハインツ・ハイドリヒ邸に向かった。

 兄がプラハで暗殺され、ベルリンで国を上げての葬儀が行なわれたばかりだ。

 ヒトラー総統やゲーリング元帥、親衛隊長官ヒムラーその他要人が多数出席したナチス式の盛大な葬儀の後、大きな鍵十字をかけた棺が親衛隊員に担われ、長大な隊員・幹部たちの行進で送られ、軍人墓地に葬られたはずだ。

 我が通信社からも何人か取材に赴いた。当然のことながら取材には厳しい制限と有形無形の妨害があり、完成した記事も無事日本に送られたかどうかわからない。

 青ざめたハインツ・ハイドリヒは親衛隊の大幹部たちに交じって、行進の中にいた。

 彼は兄と大分離れた部署にいたし、口ぶりからは頻繁に会っても、親しく交わってもいなかったようなので、新しい情報が得られるとは思っていなかった。ただ彼は、音楽人として僕に会いたいのではないだろうか、とおぼろげに感じた。

 所長は帰り際


「あまり深入りするなよ。自分の身を案じろ」


 と言った。

 ナチへの抵抗勢力と、親衛隊大幹部の弟の軍の宣伝中隊士官。二つの勢力と接点があるなどとは知らないだろうが、僕は内心冷や汗をかいた。



 ハインツの部屋は薄暗く陰鬱な空気がこもっていた。

 ドアは厳重に閉じられ、召使が僕の到来を告げると、中からかすれた声で本人確認の短い質問が飛んできた。僕についてのプライベートな質問だ。

 不審に思いながら僕は答えた。兄がゲリラに暗殺されたばかりだし、何事にも過敏になっているのだろうか。何問かの問いに答え終えた所で、やっと細くドアが開いた。


「この度のお兄様のラインハルト・ハイドリヒ大将の件、心からお悔やみ申し上げます」


 ドアを完全に閉めると、僕は深く一礼しこう告げた。

 日焼けした顔の目の下にどす黒いくまを作り、普段着をいい加減に着たハインツが足早に近寄り、僕の背後でドアの鍵を閉めた。


「来てくれてありがたい」


 これがあの宣伝中隊大尉のハインツ氏だろうか。陽気で自信に満ちた宣伝中隊幹部、「パンツァーファウスト」誌の記者。探るような鋭い目の光と張りのある大きな声の持ち主だったはずなのに、その面影は全くない。

 何より万物全てに興味津々で『人民に伝えたい事』でいっぱいだった気概が全く感じられない。


「お疲れが溜まっているようですが、無理しませんよう」

「ああ。疲れたさ……」


 昼なのに全ての窓という窓のカーテンが閉められ、ドアも厳重に閉じられ、召使が僕の到来を告げ本人確認の短い質問を終えた上で、やっと細く開いた次第だ。


「それだけお兄様の存在が大きかったという事でしょうね」

「ああ。僕が知っている『ラインハルト』も、知らされていた『仕事』のことも、全てを越えて、大きすぎた」


 彼は部屋の中心に戻るとテーブルや椅子の下、キャビネットの裏を探るような仕草をとった。

 なんだろう。スパイの用心でもあるのだろうか。僕と違い、彼がゲシュタポやSS保安部から監視されるような事態は無いはずだ。


「どうかしたのですか、ハインツ大尉」

「ネズミが聞き耳を立てていないか、用心したくてね。これから話をするにあたって」

「貴方の態度……聞いてしまったら引き返せないような気がします」

「図星だ。そしてぜひ君に聞いてほしいんだ。君にしか理解してもらえそうにないからな」


 正直すべてをなげうって帰りたい。でももう間に合わないのだ。


「軍や党や、あなたたちの思想のことなら……僕には半分も理解できませんよ」

「僕は全てわかっていると思っていた。総統の言う事も兄やゲッベルス氏やヒムラー大将が進めていることも。戦いも東方や西への戦線拡大も支配も」


 一気にまくしたてるハインツの顔は紅潮し、激して手を振り頭を抱えた。

 ニュース映画で観た彼らの『総統』そっくりの仕草だった。


「僕は何も理解してはいなかったんだ。兄が……本当の悪魔の一員だってことを」


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