天井のない家
「ユーニスさんはこの場所について他になにか情報を知っているのでしょうか? つまり、どうしてここに飛ばされたのか。そして、どうやったら帰ることができるのか」
直球の質問に、ユーニスは一瞬どう答えるべきかと目をまるくした。
「何かご存知のことがあればお話いただけませんでしょうか」
レジナルドがなるべく優しく切り出すと、ユーニスはようやくと言った様子で、口を開く。
「……ご存知かとは思いますが、私はザハラーン家のユーニスと申します。ザハラーン家は、代々美術品を取り扱う商家です。現代ではここに宝飾品を加えて、国内だけではなく世界中、様々な国で有難い事に商売をさせていただいております。ディアス侯爵家とは長い付き合いを……それから、ゴードンさん? ……えっと、ネファタ家の方でいらっしゃいますよね?」
レジナルドは目を見開いた。
ネファタ家と言えば、絶対零度と雪に閉ざされたカイロス国の隣国、そこの有力家ではなかっただろうか。残念なことに、レジナルドは北方諸国の担当になったことがないため、実際に会って、言葉を交わしたことはなかったが。
テリオスはまいったと言わんばかりに頭を掻いた。
「じゃあ、ザハラーン家に来たのも?」
「この国で、唯一親交があるのが、ザハラーン家でしたので。少々入り方を間違えてしまった感があるのは否めませんが……申し訳ない」
テリオスの謝罪の後にカイの謝罪が続く。
「どうしてゴードンと名乗ったのです?」
セシリオの問いに、テリオスは表情を固くした。
「その辺りについては……色々と事情がありまして………要するに、私は以前は確かにネファタの家の者だった。しかし、今はゴードンで間違いないので」
視線を逸らして、口を一文字に閉ざしてしまったので、テリオスが訳アリなのはわかった。しかし、これ以上は聞いても答えてくれないだろうと思い、レジナルドはテリオスから再び、ユーニスに視線を向ける。
「ユーニスさん続きを伺えませんか。そもそもこの地に飛ばされて来たのは、部屋に飾られていた、あの絵画と関係があるのでしょうか?」
「そして、タイムループしましたよね? あの神殿に行って、また最初の場所に戻りました」
レジナルドの後にテリオスが言葉を続ける。
ユーニスは俯く。
「タイムループしたのは間違いないと思います。あの時、タイムループした条件がわかりませんので、また話の最中にそうなってしまったら申し訳ないのですが……」
ユーニスがそう言った時に、後ろの方からかすかに足音が聞こえた様な気がした。それはテリオスも一緒だったようで、瞬時に緊張が走る。
「場所を移動した方がいいかもしれません」
レジナルドが、セシリオを引き寄せた。
「でもどこへ?」
引き寄せられたセシリオを見上げる。
「私が思っている通りであれば、恐らく神殿の向こう側には町が広がっているはずです。そちらに行ってみましょう」
「ここに町が?」
テリオスは不審がっていた。それもわからなくない。周囲は一面砂漠。神殿があるのは、わかるが都市がある様子はどこにも感じられない。
「歴史の知識が間違っていなければ、シエナの町は一番高い丘に神殿があり、そこから地下へ空間が続くのです」
「地底都市?」
「とも違うようですが、ともかく、神殿の向こう側の大地はすり鉢上になっていて、そこに都市が広がっているのですだから砂漠から見るとそんなところに町があるなんて思わないんです。ともかく、今はそこに向かうべきかと」
ユーニスの提案に異を唱えるものはいない。
「神殿に近寄ると、また振り出しに戻る可能性がある。神殿を迂回してその町の方に行く事は可能だろうか?」
テリオスはそう聞いた。
「やってみます」
ユーニスは頷き立ち上がると、足早に茂みの中を走り抜ける。
四人も遅れを取らず、足音を立てない様にそれに続いた。道は平たんではなく、だんだんと下って行く。地面を掘って切り出して造ったような町への道は、ところどころ傾斜が急激になっており、確かに砂漠からはよっぽど近づかない限り見えないようだ。
神殿を通り過ぎると、砂漠にいた時は快晴すぎるほどの天気だったのに、だんだんと雲が見えて霧がかる。まるで都市全体を隠している様に。
周囲の景色もオアシスにあった、木々ではなく、見渡す限り、大きな岩石群が広がる。その岩石の側面にはいくつもの小さな窓が見えた。
「これは?」
「青の住居です」
ユーニスは迷いなく答える。
「青の住居?」
聞いたことのないものだった。
「切り出された岩石の側面が青く光るから青の住居?」
レジナルドの不安をよそに、テリオスは観光気分の様な感じで聞いていた。
「私も聞いたことはあったのですが、見るのは初めてです。テリオスさんが仰った様に、光の加減でちらちらと青く光るから、青の住居なんでしょうね」
「見るのは初めてとは?」
ユーニスの言葉にレジナルドは問いを返した。
「先ほども言いました通り、歴史書とかそういった書物の中でしか見たことが無かったので」
「じゃあ、やはりさっきの神殿も含め、この場所は現代には存在していない。そう言うことだね?」
「……恐らく」
ユーニスの言葉を聞いても驚かなくなっていた。突拍子もない事態であるが、だんだんと自分の中で、事態を飲み込もうとしているのだろうとレジナルドは感じている。ユーニスが嘘をついている可能性も考えたが、確かに、昨日までセシリオと観光をしながら、カイロスの国を歩いていた時、石を切り出して作った建造物はよく見かけるも、このような場所は聞いたことがないし、昨日までの景色はここよりも、もっと近代的であった。
歩いていると、青の住居がそこら中に密集して一つの町を形成していることに気が付く。
「この町になにか手掛かりが?」
「多分、助けになってくれる人がいると思うので」
ユーニスの言葉を受けて、テリオスは、
「ともかく行ってみよう」
と言い、全員が市街地に向けて、足を踏み出した。
千年前の都市に置いて、なにを持って栄えているかどうかを判断するか、レジナルドはその物差しを持たないが、自分の今までの感覚と照らし合わせてみた時に、割合栄えてはいるが、貧富の差が大きい印象を強く受けた。時折、すれ違う住民たちの衣服が、恐らくはもともと白っぽいのだろうが、見た目には薄汚れ、黄ばみ黒ずみがみられること。そして、肌は焼けているのか薄汚れているのか遠目からでは判断するのは難しいが、目だけがぎょろぎょろと動き、レジナルド達を物珍しそうに鋭い視線を向けてくる者もいた。
そのことから、本来はあれ程の神殿があることからカイロスの国でもかなりの大都市であるにも関わらず、上からの弾圧が酷いため、庶民の生活がままならない状況なのかと想像をめぐらせる。
「なんだか僕ら、目立っている?」
セシリオがレジナルドに顔を近づいてそう言った。セシリオの言う通りだと返したかったが、どこで誰に何を聞かれているかわからない今は頷くだけに留め。強く手を握りしめた。
先頭を行くユーニスは、先ほど千年前の都市ではないかと言ったが、まるで来た事があるとでも言わんばかりに迷いのない足取りでどこかに向かっている。
奇岩が連なった、境目に小さなくぼみがあり、近寄るとそこに下に向かう階段が見え、ユーニスはそちらに曲がって階段をたったったと、下りていくので、レジナルド達もすぐにそれに続いた。
階段は暗かったが、降りた先には、景色がひらけ、レジナルドはその景色に思わず足を止めた。
廃虚。
いや、朽ちた岩と言うべきだろうか。
天井が吹き抜けになっており、真上には灰色がかった雲が見える。
雨漏りがあるのか、床には所々水溜りと、がらんどうの空間に水音が響く。
ユーニスが真直ぐにそのまま進んで行くと、大きな柱の近くに、浮浪者とも老人ともつかない一人の人物がうずくまっていた。