二周目
目を開けると、また四方は砂漠に囲まれていた。つないだ手の先にセシリオの感触があり、ほっとしたのも束の間。
向こう側にオアシスが見え、セシリオと二人。
目を合わせながらしばらく言葉を無していた。
「さっきまで、あのオアシスにある神殿、あそこに居たと……」
ようやく切り出したセシリオの言葉にレジナルドも頷く。
「やはりそうだよな? あれは夢でも何でもなかった」
「うん。確かに僕らはあそこに」
「つまり、またタイムループしたということか?」
「もしそうだとしたら、あのオアシスにはユーニスさんがいるはず」
二人は頷きあって、立ち上がるとまた乾ききった砂の上を歩きだす。
オアシスまで辿りつくと、ぽかんと口を開け、きょろきょろと辺りを見回しているユーニスの姿があった。
「よかった。無事ですか?」
セシリオは手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらもユーニスはその手を取る事はせずにゆっくりと、自分自身の力で立ち上がった。
「さっきまで、神殿の向こう側に居たことは覚えていますか?」
レジナルドの問いかけにも、こくりこくりと頷く。
草むらの方から足音が聞こえて、黒いローブをまとった二人も程なくして合流した。
「いきなりまた光に包まれて――ゲームの振出しに戻った気分だな」
先生は柔和な雰囲気を消して、刺々しい雰囲気をあらわにしていた。先生の隣にいる少年は、この状況がイマイチ飲み込めないのだろう。不可解な表情と落ち着かない様子で、先生はしきりに彼のことを気にしていた。
「そう言った考えもあるのか」
レジナルドはそんな先生の態度などまるっと無視して、ユーニスを見た。彼の態度から何かを知っている、もしくはつかんだのだろうと思われた。
「ここは恐らくですが、シエナと言う古い町だと思われます」
「シエナ?」
ユーニスの言葉にセシリオが聞き返す。レジナルドも手を顎にやり、その都市の名前を頭の中で反芻してみたが聞き覚えはない。
「それは?」
先生もユーニスの話を促す様に言葉をかける。
「カイロスの古い都市の名前です。歴史の授業の中で、かつての首都。カイロス国の中で一番繁栄していた都市だと教わります。しかし、神の意向に逆らってしまったため、現存しない幻の都市だとも」
「本当にここがシエナで間違いないのか? 滅びたはずの都市と神殿がここにあると?」
先生はそう言葉にしていたが、自身も神殿とその中に人がいたのを見たはずだ。それでも、自分の言葉に自信が持てないのか、手が少し震えていた。それはユーニスも一緒で、声が不安げに揺れる。
「正直、皆さんが僕に対して、そんな夢物語の様な話をして、不安をあおり、一体何がしたいんだと思われるのは重々承知しています。ですが……僕とてザハラーン家の一員です。幼いころから仕事上、カイロス国の様々な場所を訪れています。恐らく、国内で行ったことのない場所はないだろうと思うほど。ですが、こんな場所は僕の記憶の中では知りません……先ほど見た紋様からここがカイロス国で間違いないこと、そして、砂漠の中に突如として現れたオアシス、隠し紋のついた神殿……そう言った要因から合わせて考えると、ここはシエナではないかと。つまり、僕らは繁栄していた頃の、大昔のカイロス国に来てしまったのではないかと」
「どうして、一体?」
セシリオはいよいよ事態を飲み込めて来たようで、声が鬼気迫った様子だった。レジナルドは自然とセシリオの手を握る。
「すみません……どうして、一体こんなことになってしまったのか。皆さんまで巻き込んで」
声だけではなくユーニスの体もわなわなと震えていた。
いきなり、存在しない都市の名前を出して、こちらを混乱させようとしているのだろうか。
この異変はユーニスの部屋で起こったのだから、方法はわからないが、彼が何かを仕掛けたのではないかなどとも思ったが、どうもそうではないらしい。体の震えは演技ではない。
「はあ」
ため息を吐いて、頭に幾重も巻かれたターバンを取り払い、その場に座り込んだのは先生である。取り払ったターバンの中からは、白い肌に上品な顔をした着飾れば貴公子風の男が現れ、レジナルドは意外だと言わんばかりに目を見開いた。
「一度ここで皆さん。腹を割って話しませんか? このままただ闇雲に動いてもどうしようもないのだと思いますし」
先生は軽い口調で言葉を吐いた。
隣のセシリオはすでにぺたんと腰を下ろしていたので、セシリオもじっとこちらを見てくる。
「わかった」
と、言ってレジナルドもようやくその場に座る。
そのレジナルドの行動を筆頭に一斉に他の三人も腰を下ろした。
「私から言い出したことなので――私は、テリオス・ゴードン。隣国からとある事情があってこの国に来た」
先生――テリオス・ゴードンはそう語り始める。レジナルドは内心、盗賊ではなかったのだなと、口を滑らせそうになったが、唇を一文字に結んだまま頷く。テリオスは次に、隣にいた少年の方に視線を向ける。
「彼はカイ。国を出る直前に出会った。彼にも色々事情があって、まあ、利害が一致したからとでも言うべきか。今、一緒に行動している」
紹介されたカイも黒いターバンを取ると、顔を見せ一礼する。ふわりとした朗らかな笑みをたたえており、無邪気さだけが溢れていた。テリオスが貴族的な雰囲気を放っているのに対して、カイは庶民的な印象だ。そんな接点のなさそうな二人が、どうやって出会ったのかは疑問であったが、そこを聞いても今はテリオスにはぐらかされてしまうと思ったので、聞く事はなかった。
二人は恐らくベータだろうと思う。テリオスの方は断定はできないが、カイはそれで間違いないと思った。二人が隣り合って座る姿は家族でも兄弟でもない。そして、ただの知人でもない様子だというのは明らかだった。
「なぜ、この国に?」
レジナルドは軽い気持ちで聞いたのだが、思いのほか声が重くなってしまい、セシリオに肘でこずかれた。
セシリオは一瞬厳しい表情を見せるので、彼の中では恐らく目の前の二人のことを、身分の違いで添遂げるのを反対され、手と手を取りあって、国境を越えて来たのだと思ったらしい。二人の関係性についてはさておき、国境を越えて来た理由については疑問がある。
「この国に来たのは、ただ――色々と自国には居られない事情というか、生きにくさを感じて。それで――」
確か、絶対零度にさらされるカイロスの隣国は独裁的な国王のまつりごとのやり方に異を唱える、一部の貴族たちが立ち上がっていると噂を聞いていた。
目の前にいるテリオスがそれなのだろうかと思った時、
「先生は、皆さんが考えている様な悪い方ではありません」
カイが強い口調で言った。テリオスもまさかカイがそこまでの物言いをするとは思っていなかったのだろう。今までの余裕を見せた態度からは想像もつかないほど、惚けた表情を見せる。
白けた空気などはものともせず、レジナルドは口を開く。
「私はレジナルド・ディアス。侯爵家の家柄に連なる者。彼は、私のパートナーのセシリオ。旅行でこちらに来ていた所でした」
「侯爵様はアルファですか?」
カイはたどたどしくそう聞いた。
「そうだ」
「不快に思われたのならすみません。ただ、今までアルファの方に出会ったことがないので」
レジナルドは特に不快に思っていた訳ではない。アルファやオメガの割合は、総人口からすると十パーセントいるかいないかぐらいだ。だからカイの反応は至極全うなもので。恐らく貴族でもアルファでもない、必死に覚えたての共通言語を話しているカイに、まっすぐにかけられた言葉に対して、対等に会話を返したいとただ、そう思っただけだった。
ただ、本当に彼にとってみれば物珍しいようで、レジナルドだけではなくセシリオの方にも視線をやるのだから、それについては気分良くは思えなかった。しかしながらカイの澄み切った瞳と、気持ちを汲み取ってあげられないのも、得策ではないと思われ、つまり、どこかもわからないこの世界線で共通言語をペラペラと操るテリオスと衝突するのは避けるべきだと瞬時に判断する。セシリオも嫌がる様子はなかったので、そのままにした。