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屋敷

 白い岩を切り出して作られた屋敷は、迷路の様に入り組んでいる。先日、レジナルドが訪れた時には、玄関を入ってすぐの応接室に通されただけだったので、庭園側から入ると中がこのようになっているのだと驚いた。

 なるほど。

 これは、案内人がいなければ絶対にたどり着くこともできないだろう。

 明かりは所々に設置されているのだが、採光の窓がないため、薄暗く、一瞬洞窟の中を歩いているのかもしれないという気にもさせられる。

 ふっと、踊るような白い人影が現れ、

「セシリオ?」

 すぐにその人だとわかり、上ばかりを見て歩くふらふらとした人影を抱きとめた。

 セシリオは、レジナルドを見上げると、気まずそうに笑った。

「使用人の方が、お屋敷のどこに行っても大丈夫だと言ってくれたので、好奇心で外に出てみたんだけど、どこがどこだかわからなくなってしまって」

「通りがかってよかった」

 レジナルドはほっと肩を撫でおろし、なぜセシリオは上ばかりを見ていたのだろうと、視線をやると、天井には極彩色の絵が描かれている。しかも、その場その場所で単体の絵が描かれているというよりも、いくつかの絵を組み合わせてストーリー仕立てになっているようで、セシリオはこれにつられてふらふらとしていたのだと理解した。

 先頭を歩いていた使用人が振り返り、深々とお詫びを示すかの如く、礼をする。

「申し訳ございません。もちろん屋敷の中を行き来するのは全く問題ないのですが、かなり入り組んでいますのでね、付き添いの者をつけるべきでした。ですが、ご安心ください。屋敷の中は誰か彼かが行き来しておりますので、迷ってしまってもどうにか対応できたでしょうから」

 そう話す使用人の弁明の通り、ちょうどその時、庭に追加の食事を運ぶために両手にお皿を抱えた、別の使用人が通りがかり、セシリオとレジナルドを見ると一礼し立ち止まる。

「よろしければいかがでしょうか」

 そう言って、皿を前に差し出した。お皿の上には、切り揃えられた果物が色とりどりに並んでいる。中には見たこともないものもあった。

「ありがとうございます。お言葉に甘えて、いただきます」

 セシリオは、バナナを口にした。

 レジナルドの方にも視線を向けるので、セシリオと同じものをつまんだ。使用人同士はアイコンタクトを取って、お皿を持った使用人はそのまま足早に庭の方に行ってしまった。

 セシリオを部屋に戻すか迷ったが、先ほどカラムから息子のユーニスのことを聞いて、このまま連れ添って行こうと思った。それにセシリオの体調と機嫌が良さそうなので、そんな時に部屋に戻るようにとは言いにくかった。

 セシリオと番になって、ようやく婚姻まで辿りつき、侯爵家へ迎え入れたのはいいのだが、やはり貴族というのは一枚岩ではなかったらしい。侯爵家を名乗れば彼の安全を図ることができる。そう思っていたのだが、


――あの方が侯爵家の?

――相応しい方なのかしら?


 他者からの心無い言葉に、セシリオは心を痛め、最近では仕事に行くのも大変そうだった。そんな中で、この旅行が彼の助けになればいいと思った。そして、”ディアス侯爵”の名前だけではなく、セシリオを守れるような何かを見つけられればいいのだがとも思っていた。

「では、我々も向かいましょうか」

 使用人は、前を向きなおり歩みを再開する。

 「この国の技術はすごいね。どうやってこの家をつくったのか不思議で」

 セシリオはレジナルドの腕から抜け出し、辺りをきょろきょろと見回している。

 話に聞く限り気難しい印象のユーニスは、レジナルドよりもセシリオの言葉の方が、彼の耳には届きやすいのではないかと、だんだん思えてきた。

 前を歩く使用人は、時折こちらを振り返り、

「カイロス国の商家の家は商品という財産を守るために、屋敷の中は入り組んだ、少々わかりにくい作りをしている家がほとんどでして、昔はこの屋敷もここまで広くはなかったそうです。代々のザハラーン家の当主が少しずつ増改築を繰り返し、今の大きさになったと聞いております。」

 丁寧にセシリオの疑問に答える。

「なるほど。流石に数年でこの規模の屋敷にするのは、不可能に近いですものね」

 レジナルドは鷹揚に言葉を返した。

「ザハラーン家に勤めて長いのですか?」

 使用人の後ろ姿に向かってセシリオが疑問を投げかける。

「いえ、まだ数年ほどです」

 振り返った使用人は年相応のはにかんだ笑顔を見せた。

「詳しいですね。先ほどの屋敷についての説明も手慣れていらっしゃるようですし」

 セシリオの言葉の通りだと思って、レジナルドも頷いた。

「ありがとうございます。様々なお客様がいらっしゃることが多いのと。私よりもベテランの者もかなりいるので、その辺りは色々と教えてもらいながらと言ったところでしょうか」

 使用人の表情は生き生きとしているため、見ているとこちらまで良い気分になるのだから不思議だ。

「言いにくいことでしたら、無理に答えなくとも大丈夫ですが、君から見て当主カラム卿や、息子のユーニスさんについてはどう思う?」

 レジナルドの問いかけに顔色は変えないのだが、僅かに表情がこわばったのがわかる。

「カラム様は……私から見てですが、非常に商人気質の強い方だと思われますね。私が言うのもおこがましいことですが、商人が天職だと言わんばかりのお人柄かと。そのため、お仕事の関係で、一年のほとんどを外出されております。もちろん不在にされている間は、私共使用人がこちらの屋敷の管理などを怠らない様にと心がけ仕事をしております。ご子息のユーニス様も、お父君の良いところを受け継いでいられるので、商人として恐らく大成されるのだろうなと思います。ユーニス様はカラム様以上にすぐれた直感力をお持ちでいらっしゃいまして、そう言った所も商売には向いているのでしょう。ただ、……」

 使用人は言葉を濁した。

「ただ、なんです?」

 セシリオは何の気もなしに、そう聞くのだが、使用人は困った表情を見せて、

「ともかく向かいましょう」

 と、言って足早に歩くのを再開するので、セシリオはそれ以上言葉をかけるタイミングを失くしてしまい、今度はレジナルドの方を見る。

「一体なにがあるの?」

 耳元に小声で聞いて来た。

 セシリオにはまだ詳しいことは話していない。ザハラーン家から、ちょっとした依頼をされたとしか言っていなかった。

「行けばわかる」

 レジナルドはそう返したのだが、セシリオはあまりその回答には満足していないのか、むすっとして、ただ頷き前を見て歩き出した。レジナルドは内心ため息をつく。もちろん、話したくない訳ではないのだが、ユーニスの状況をカラムから聞いた時、レジナルド自身も首を傾げる様な状況だった。だからこそ、それをどう説明していいのかわからずにいる。それが本音だった。

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