孤独
ミツヴァの消失を目の当たりにして、おれは絶句した。喉の奥が詰まり、声が出せない。姉であるカレハが唖然とし、やがて顔色を一変させ、残された服を抱きしめる。
彼女は「ミツヴァ!?」と叫んだ。混乱と悲しみが入り混じった声。だが、周囲は何の反応もない。依然として戦勝に浮かれた空気も漂い、家族を失った住民はうつろな目だ。
おれの家臣たちもメイドが消えたことなど眼中になく、食料の配給を始め、カレハは取り残されていた。
「何なんだ、これは……」とようやく声が出た。
頭の引き出しを片っ端から開け、答えを捜す。あらゆる角度から光をあてると、正解が見えてきた。これは自然現象ではない。『再定義』の力と同じく、魔法的な現象だろう。
しかしこの場に魔術師はおらず、また力を使った者もいない。
だとすれば、もしかすると、おれが『再定義』を使用したことの代償ではないだろうか……?
最初に力を使ったとき、空から鳥のフンが落ちてきた。しかし、今回は曹操軍そのものを消し去った。それほど大きな影響を及ぼせば、何らかの犠牲があるのも道理だ。
そして犠牲は、明らかにおれに対して向けられている。ミツヴァに優しくしていたから、彼女は消えたのか。
「そういうのは先にいえ!」と怒鳴った。『再定義』の力を与えた童に怒ったのだ。
ミツヴァは幼い頃に事故死して、残した家族のことを後悔していた。それを解消し、成仏できないことを困ったような顔で語っていた。しかしそんな天獄にも死はある。『ラグナロク』で絶命すると無に還るのだ。彼女の後悔は、一体どこへいってしまうのだろう。
悔やんでもミツヴァは戻らない。ふと顔を上げると、カレハが泣き崩れていた。
「どうしました、総統?」
声をかけてきたのはハイドリヒだった。おれの動揺を察し、不安げな表情を浮かべている。
「メイドが一人死んだ。補充しておけ」心ない言葉であることを承知で、ハイドリヒに命じた。しかしやつは、「総統付きのメイドは優秀でしたから、代わりはすぐに見つかりませんよ」と淡白に答える。メイドの死には何の興味もないといわんばかりの態度だ。
ハイドリヒの態度は腹立たしいが、ここでキレたら情緒不安定だろう。
「それより総統、敵の斥候を捕らえた索敵部隊が戻りました。曹操軍の侵攻を知らせた者たちです。彼らは親衛隊の生き残りで」
ハイドリヒの話を聞き、現実に立ち返った。住民の悲しみも、自分の痛みも後回し。おれはドイツの領主であり、黒軍の将。彼らを導く責務がある。
「わかった。宮殿で出迎える」
それだけいい残し、避難場所を後にする。振り返ると、カレハがまだ地面に座り込んでいた。彼女は立ち直れるだろうか。少なくともおれは、いつもの自分を取り戻していた。
切り替えの早い人間は、いつだって孤独になる。受けとめてくれる相手は存在しない。