表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/11

『再定義』の力

 話を転生後に戻そう。


 空を見上げると、浮遊する島が目に入った。得体の知れない、異形の生物がゆったりと空を飛んでいる。


 視線を下に移すと、道幅十メートルくらいの街路を馬車が走っている。道を行き交う人々は、着物を着た男女と西洋風の服を身にまとう者が半々だ。彼らの間をキツネのような幻獣が駆け抜けていく。目が大きく、神秘的な生物だ。


「ここはどこだ?」とおれは隣を歩くメイドに聞く。世界観の違いに圧倒され、禁句が口をついた。


「え、ドイツですが」

 メイドが怪訝そうな顔をして答える。「最終拠点である日本租界を占領して領主になられた。お忘れになったのですか?」


 彼女の目が探るようにおれを見てくる。この世界の住人が世界観に謎を抱くのは不自然だ。しかしおれは、『ラグナロク』の世界を小説でしか読んだことがない。小説に書かれておらず、挿絵もない部分の知識は皆無だ。


「いや、確認だ。お前の理解をテストしている」


「なるほどですね」と頷くメイド。物分かりがいい。異世界の住人でないことが悟られず、胸を撫で下ろす。


 街は木造住宅が立ち並び、石造りの建物が点在する。和洋折衷というか、写真で見たことのある光景だが、道をうろつくモンスターが目につく点が決定的に違う。


「あのモンスターは何だ?」

 おれは背丈の低い鬼のような生き物を指差す。


「餓鬼ですね。死後の世界に転生したけど、人間の姿を失った者たちです」


「ああ、あいつらが」


 細かい設定だったせいで見落としていたが、『ラグナロク』にそんな記述があった気がする。転生してモンスターになるなんて堪ったものじゃない。よほどの罪を犯したのだろう。


「ここは天獄なんだよな? お前も成仏できなかったのか?」


 だいぶ踏み込んだ質問をしたが、メイドは一瞬考え込んだあと、地面を俯いていう。


「幼い頃に事故死しまして。双子の姉とともにここへ。残した家族に未練があるのだと思います」


「ふむ。どうすれば成仏できる?」


「後悔を解消したときです。ただきっかけが掴めず、この歳になってしまいました」


 メイドの言葉から、彼女の苦労を読みとった。過酷な運命をたどり、いまだに苦しみを抱えているのか。天獄には、そんなやつらが山ほどいるのだろう。


「掴めるといいな、そのきっかけが」


「え? ありがとうございます! 恐れ多いお言葉です、ヒトラー閣下」


 突然恐縮し始め、メイドはぺこぺこ頭を下げた。身分の差を考えると迂闊な言葉だったか。


「ところでお前の名前は?」


「ミツヴァですが」とメイドは答えた。さりげなく聞いたが、不審がられないかひやひやした。


 その後もおれは、メイドの案内で街を一周した。一見すると現実でも見た光景だが、違う部分が多々あった。井戸を汲み上げるのは魔法で動く道具だし、同じ仕組みで水車の効率が上がっていた。


 インフラである電気、ガスはない。けれど露店ではアイスやたい焼きが売られている。それらはマナと呼ばれるエネルギーで代替されているようだ。この世界では魔術師が「技師」の役割を果たしているらしい。


 そいつらが戦争に参加するのか聞くと、メイドは「ええ。むしろそちらが専業です」と答えた。物語で読んだ設定と一致し、おれは天獄に関する情報をだいぶアップデートできた。唯一の疑問は、街の連中がおれに無関心を装い、中には敵意のようなもの感じた点だ。


 小一時間ほどして、元の場所に戻る。メイドによるとそこは宮殿らしいが、規模は小さく、城の中心地と呼ぶにはあまりに貧弱。


 彼女によると、おれは赤の軍勢に領土を奪われ続け、敗走を重ねた結果、この日本租界なる僻地に閉じこもったらしい。


 死後に会った怪しい童は、「もうじき悪が滅ぼされる」などとぬかしていた。それが本当なら、『ラグナロク』の最新刊でおれは敗軍の将となるのだろう。その状況を打開しないといけない。だがこの時点で、おれができることは限られる。


 かなり腹の減っていたおれは、宮殿の中に戻ろうとする。だがその足がとまった。メイドとよく似た格好の女性が、複数人の男に囲まれているのが目に入ったからだ。大量のバゲットを抱えているが、そのメイドは怯えていた。


「てめえ、赤軍のスパイだな!?」


 ただ事ではない様子に、おれは足を向けた。トラブルがあれば解決したくなるのは、体に染みついた職業病だ。


「姉様!」


 声をあげたメイド——つまりミツヴァが駆け出す。「姉妹?」と思ったが、揉め事の場にたどり着いたのはおれのほうが早かった。


「何事だ?」


 詰め寄る男を引き剥がしながら問いかける。相手の体は軽く、戦闘力は人並みだとわかる。


「うるせえな!」


 男はおれに殴りかかったが、その手を瞬時にはたき落とす。


「げっ、ヒトラーさん!?」と男は怯んだ。相手が領主だとわかり、二、三歩後退った。


「“さん”じゃねえ、ヒトラー様と呼べ」


 おれは異世界のヒトラーになりきり、相手に威圧感を与えた。実力差があり過ぎ、戦う気にもならない。どうやら転生時に、おれのスペックは引き継がれているようだ。


「こいつがおれたちの運ぶマナをじろじろ見てやがったんですよ。マナの流通量は軍事機密だ。租界の戦力も推し量れる。敵のスパイですよ、この女は」


 男たちは近くにとめた馬車を指差す。荷台には銀色に輝く鉱石が積まれていた。それは生活の基盤だけでなく、戦争にも利用される設定だったことをうっすら思い出す。


「まあ待て。この女はうちの関係者だ。そうだろう、ミツヴァ」


 ようやく追いついたミツヴァに問いかけ、彼女の発言を促す。


「カレハ姉様はわたしと同じく、ヒトラー閣下のお屋敷で働くメイドです。スパイ行為を働く道理がありません!」


「そういっても聞く耳を持たないのよ、この男たちは」


 カレハと呼ばれたメイドは不満げ顔をして斜め上を見ている。鼻をツンと空に向け、ふてぶてしい態度だ。どうやらミツヴァの姉らしいが、随分と性格が異なる。


「スパイかどうかは、こちらで尋問する。仕事の邪魔をした件については謝れ」


 おれは態度の悪いカレハの頭をふん掴み、無理矢理頭を下げさせた。相手に舐められれば、領主としての威厳も崩れるからだ。


「もういいだろう。まったく、あんたが逃げてきたせいで、この街は……」


 男たちは吐き捨てるようにいい、馬車に乗り込む。おれの顔に泥を塗る態度だが、周囲を取り巻く領民の目線が気になった。彼らは胡散臭そうにこちらを眺め、愛想のかけらもなく、敬意なんてゼロだ。


「街で無視されたのは嫌われていたんだな。ここが戦場になるかもしれないと思えば当然か……」


 自分の置かれた立場が相当悪いことを知り、気分を害した? いや、おれはそんなにやわじゃない。


「お前たちの心を『再定義』する……!」


 発車する馬車の前に立ち、御者の男に向けて手をかざした。すると不思議なことが起こったよ。御者と荷台の男たちの目が赤くなった。一瞬硬直したあと、彼らは地面に飛び降り、頭を地面に擦りつけた。


「ご命令とあらば、何でもいたします、ヒトラー様!」


「おお」と声が出た。正直びっくりした。躾の悪い野良犬が、突然忠犬になったような変貌だ。


 使える、使えるじゃねえか、この能力。自分の顔は見れないが、おれはきっと満面の笑みを浮かべていたと思う。


「カレハに謝れ。そして消えろ」


「申し訳ありませんでしたぁ!」


 男たちは土下座を続け、二人のメイドに謝罪する。そんな彼らを、カレハは軽蔑の目で見下ろしていた。


 トラブルを片づけたおれは、宮殿へ戻ろうとした。すると急に鳥のフンが落ちてきて、おれは烏を睨んだ。まさか『再定義』の力を使ったことで運をひとつ失ったのか——


 そう思ったときだった。遠くから轟音が響き渡り、空を見上げると驚きしかないものが目に飛び込んできた。


 蒸気機関車が空をはしっている。


 轟音が大きくなり、汽笛が鳴り、機関車が街の空間を埋め尽くす。住民たちは慣れた様子で退避し、道を開けた。その間に空中の機関車は減速し、地面から現れた線路に滑り込む。


「いいものが見れた」


 満足げにつぶやくと、メイドの姉妹は「ええ、まあ」と煮え切らない返事。


「さあ、帰ろうか」と二人に促した。しかし歩き出すおれを呼びとめる声が——。


「総統閣下! 戻りました」


 蒸気機関車から降り立った軍服姿の男が、勢いよく駆け寄ってきた。メイドの素性をある程度把握したが、軍人のことはよく知らない。


 しかしそいつは、どこか見覚えがある。制帽から覗くブロンドの髪。「だれだっけ?」と心の中で思う。そんなおれをよそに、二人のメイドは慌てて頭を下げた。


「お帰りなさいませ、ハイドリヒ様」


 金髪の野獣——。そんな通り名が脳裏に浮かび上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ