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殉職

 世田谷自衛官変死事件。のちにそう呼ばれる事件の捜査を、おれとオジマは担当していた。


 きっかけは不審な事故車だった。白いチェイサーが片輪を脱輪させ、深夜に路肩に放置されていた。その翌朝、すぐそばを流れる川の草むらから、持ち主である自衛官Yさんの遺体が発見された。


 おれは遺体をひと目見て殺人だと直感した。事故にしては傷が多すぎるし、防御創と思われる痕跡も見つかった。自殺の線はないだろうと思った。転落した橋の欄干と遺体発見現場まで、五メートル以上の距離があったからだ。被害者が自衛官だとしても、ここまで遠くに跳ぶことは現実的ではない。


 オジマと共に、近隣の聞き込みに動いた。目撃者情報は苦もなく集まった。事件当夜、頭に黒い頭巾を巻いたバイクの小集団がチェイサーを追いかけていたとの証言が得られた。鉄パイプで車を叩いていたともいう。


 この情報は、車体に残された傷とも一致した。犯人は暴走族だろう。彼らはYさんを追い詰め、事故を引き起こし、死亡したYさんを橋から川へと投げ捨てた。そんな殺人の経緯が浮上した。


 ところが、だ。思わぬかたちで捜査が行き詰まった。上層部がこういったのだ。


「これは自殺だよ、鬼木くん。鑑識も同意している。被害者の死因である胸の陥没骨折も、事故の際、エアバックが瞬時の圧力で服のボタンを押したものだろう」


 意味のわからない説明だったが、警察は上の者がシロといえばシロなのだ。その決定には逆らえない。


 この言い分にオジマは激昂した。怒りが人が死ぬなら、上層部は全滅しただろう。


 おれはオジマの正義感に感銘を受け、幹部に楯突くことはなかったが、「自殺の証拠を集める」という名目で捜査を継続した。そして、複数の証言をもとに該当する暴走族を特定し、凶器である鉄パイプを発見した。そこにはYさんの血液痕がついていた。


 あとは暴走族を逮捕するだけだ、と腹を固めた。上層部の意向に逆らい、犯人を拘束する覚悟を。


 世間はクリスマスムード一色で、底冷えのする夜だった。おれは官舎に戻ってテレビを見ていた。どんな番組だったかは覚えていない。

 家の電話が鳴った。受話器を取り上げると、同僚からだった。彼はいった。「オジマが殺された」と。


 あとになって考えると、こういうことだったと思う。


 犯人たちは、捜査の手が伸びていることを察知し、おれたちを消せば助かると思ったのだ。数年後に得た情報によると、暴走族の一人は警察幹部の親戚だったという。おれたちがいなくなれば捜査は止まり、警察は完全に手を引くと、やつらは計算を立てたのだ。


 上司に真相を問い詰めたが、返ってきたのは警告だった。「お前も死ぬぞ。物理的に、あるいは社会的に」

 そう、警察はこの件を闇に葬り去る気だったのだ。オジマの死を捨て駒として。


 結局、オジマを殺した犯人の足取りは掴めなかった。掴む気もなかったのだろう。おれは捜査班から外され、「しばらく休養をとれ」と自宅謹慎を命じられた。終えるはずの捜査を続けた罰だ。無人の部屋に閉じこもり、おれは気の抜けた炭酸飲料のように考えた。


 もしおれが止めていれば、オジマは殺されずに済んだ。そういうことができたのはおれだけだ。彼女の上役だからだ。


 おれが全部悪い。敵の正体を見きわめられず、軽率な判断を下し、漫然と捜査をした。その結果がこれだ。


 正義感があればいいと、どこかで警察をなめていた。一般市民の感覚だった。組織の論理も侮っていた。そういう普通の感覚が、オジマを死に追いやった。


 普通じゃいけない。その殻を破らなければ、先はない。何よりオジマが浮かばれない。

 彼女のぶんまで働く。そう思うのは簡単だ。

 だから、もっとも難しい問題プロブレムを自分に課すことにした。だれよりも優れた警察官になろうと。普通な自分を殺すことで、本物の正義に近づこうと。

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