取り巻き令嬢スイートピーの賛美と幸せ
さぁ、いそがし、いそがしですわ。
今宵は、お城で開かれる仮面舞踏会にお呼ばれ。
とりまきの一人として参加――ではなく。
一人の令嬢として参加ですわ〜!
この仮面のおかげ。
仮面舞踏会では誰が誰かわかりませんの。
ですから皆さま、お相手が誰かなんて気にせずダンスや会話を楽しみます。
とりまきでは遠慮して近づくこもできない、殿方とお近づきになれるパーティー!
私もここは個性を出して。
とりまきの皆さまと被らないような格好でいきますわ。
私の名前スイートピーの薄い花びらのように、ひらめくドレープのあるピンクのドレスを着て――
可愛い金の花で目元を飾った仮面をつけて――
さぁ、どんな素敵な方と出会えるでしょうか〜!?
仮面舞踏会の会場は既に人でいっぱいですわ。
いつも一緒の、とりまきの皆さまは――
やっぱり、みんな一人の令嬢として楽しんでいらっしゃるのか。
ばらけていて、どこにいるかわかりませんわね……
ちょっと、心細いですわ……
いえいえ、ここは一人でも楽しむところ!
顔を上げて、お声をかけていただけるのを待ちつつ。
皆さまの個性的な仮面と衣装を見て楽しみましょう〜
私のように目元だけ隠す仮面と顔を全て隠す仮面、白に金銀に色とりどりの仮面、宝石や羽根で飾り立てた仮面……ドレスもスーツも個性的で豪華絢爛。
見ているだけで別世界に行けますわ〜!
あの方は公爵様、伯爵様などと気にしなくてもよくて、とりまきの令嬢などとも気にされなくて。
各々の個性に着目して、お相手を見つけるだけ。
私も早く、ダンスの誘いをいただきたいですが――!
お相手の正体がわからくて少々不安ですわね……
いえ――お一人だけわかる方がいましたわ〜!
金の仮面で、お顔全体を隠していますが。
頭を片手で抱えていて、お悩みの様子で――
「私の美しさは仮面では隠せない……」
ナルシストな嘆き。
レグルス•オルランド侯爵様――貴族の中で一番美しいと評判の方ですが――とりまきの皆さまの間では、
「あんなにナルシストな方はちょっと……ですわね〜」
という評価を受けている方ですわ。
私も……
オルランド様が自画自賛なさっていたのを引用するところの、神の生み出した傑作と呼ばれるものは数あれど神がようやく生み出した最高傑作である完璧に整った美しいお顔も、この顔でしか見られない宝石よりも美しく輝く青い瞳も、極力伸ばしたまま黄金の輪で結んでいる切り捨てるのがもったいないためドールの髪に再利用させている長い金髪も、美しい顔に相応しく完璧に均整の取れた長身の体も、それを包む金の刺繍がされた白銀に輝くスーツも靴も、美しいと思いますけれど……
お近づきになるのは……
私までナルシストに思われてしまいそうですし。
私にはナルシストになれるほどの美しさはないですし。
いけませんわ、自信を失くしてうつ向いては……
顔を上げて! 見ているだけにしましょう〜!
あぁ、オルランド様と目があってしまいましたわ。
美しい瞳が細められて、私の姿を上から下までチェックしていますわ……これは、オルランド様の批評を受けることになりますわね。
「私の美しさの足元にも及ばないな」
とかならまだいいですが、
「私の前に立つ美しさは持ち合わせていない、去れ」
とか酷評された日には泣きますわ。
そんな冷酷で辛辣な言葉はまだ、ご令息に言い放つのみで、ご令嬢が被害を受けたと聞いたことも見たこともありませんが。
もしや――私が最初の被害者になるかも!
酷評の被害を受けた令息は「ナルシストめ!」と、ご立腹して決闘を挑んでいましたが――オルランド様は美しい私は剣技まで美しいと言って簡単に勝ったそうですが――私は決闘を挑むことなんてできないし、泣き寝入りですわ……
嫌ですわ〜! 逃げたいのに足が動かないっ――
こ、こ、こちらに来ますわ……
私の、私のドレスを見たまま?
目の前に立った!
「ふむ、美しいドレスだ」
ドレスを褒めていただけた!?
「あ、ありがとうございます〜」
わ、私、助かったのでしょうか?
あぁ、仮面のおかげですわね! 顔が見えないから!
ほ〜、安心して、お顔を見れますわ。
オルランド様も私の顔を瞳を見て――
「誰の考案したドレスだ?」
「わ、私ですわ」
「ほう、君が。美しいセンスの持ち主だな」
「あっ、ありがとうございます〜!」
私自身を褒めていただけるなんて!
なんですの?
胸がドキーンって……
オルランド様はドレスに興味津々なだけなのに。
「このドレスはどこから発想が浮かんだのだ? 美しい空想の産物かな?」
「スイートピーという、お花をモチーフにしましたの」
「スイートピー……」
どんな花か思い浮かべていらっしゃいますわね。
説明したいけど――なにかしらこれ?
オルランド様の美しい声にスイートピーと呼ばれてから……その響きが体を痺れさせて口が聞けない……
「実物は後で楽しむとして、今はもっとドレスを楽しむとしよう」
オルランド様が片手を差し出された、これは……
「踊っていただけるかな?」
「はっ、はい!」
これは! 痺れも超える驚き!
手をのせずにはいられませんわ!
「喜んで〜〜!」
「フフ――」
私もですが、オルランド様も嬉しそうに笑いましたわ……!
「私の美しいダンスでしか味わえない極上の世界に連れて行ってあげよう」
そこまで自信満々に断言されると……
体験したいですわ〜〜!
さっそく、身を任せると。
手を優しく引かれて逞しい胸に近づくと香水の良い匂いに包まれて。
フラフラになりそうな体が巧みなリードで美しくダンスできてる〜〜
私、おかしいですわ。美しい美しいと言うオルランド様の言葉の暗示にかかってしまったのかしら?
この上なく美しい世界にいる気がしていますわ〜
「――フフ、うっとりしているな。その瞳を見れば聞かなくともわかるが、どうだったかな? 私とのダンスは?」
あぁ、いつの間にか音楽が終わってる……
「美しくて、素敵でしたわ〜〜……」
暗示から抜け出せない。
オルランド様の求める称賛を口にしてしまっていますわ。
ご満足な様子でうなずいていらっしゃる。
「そうだろう――君も素敵だった」
「えっ」
「やはり、思った通り。その花びらのようなドレスがダンスでひらめく様は美しかった」
あ、ドレスが――
これを着てきてよかったですわ〜!
「ありがとう、楽しかった」
「私もですわ、ありがとうございました〜……」
ダンスの輪から出て、もう終わりですのね……
「気分が高揚して汗をかいてしまった、失礼するよ」
「は、はい〜……」
仮面を外すために、オルランド様は行ってしまいましたわ――
私も体が火照って……もうこのまま、帰りましょう。
オルランド様以外の方とダンスしたくない気分ですもの。
美しい余韻に浸ったまま、今宵は過ごしたいですわぁ〜〜
ふぅ、いそがし、いそがしですわ。
今日は、レイナード•セリス公爵様のお茶会。
とりまきの一人に戻って、お呼ばれ。
皆さまと同じようなドレスを着て。まだ仮面舞踏会の刺激が残っている身には物足りないですわ〜。
ですが、とりまきの輪に戻るのは楽しみ。
仮面舞踏会の話で盛り上がるでしょうから――
「楽しい舞踏会でしたわね〜!」
「ですわね〜!」
やっぱり〜ですわ!
「皆さま、どんな仮面をつけていましたの〜?」
「全然気づきませんでしたわ〜」
仮面とドレスの話で盛り上がった後――
皆さまの視線は、美しい庭園にいる公爵様とご友人方のほうに向いて、
「皆さま、どなたとダンスなさいましたの〜?」
今度は、お相手の話題で盛り上がるのですわね!
わ、私も、オルランド様とダンスしたことを話しましょうかしら?
どんな反応をされるか、ドキドキドキドキ……ドキーン!
こちらに近づいてくる方――オルランド様!
皆さまも気づいて話し声がやみ、とりまきの間には緊張が走りましたわ。
オルランド様から容姿やドレスを批評されるから。
身構えてしまいますの。
私もですが、あのダンスの後では――緊張だけでなく、またお会いできた喜びがあり笑みがこぼれてしまいますわ。
「ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう〜、オルランド様〜」
皆さまの緊張した声のトーンと、あまり緊張ない私の声、少しずれてしまいましわね。
オルランド様も気づいてしまったようで。
目があいましたわ……
やっぱり、笑顔がこぼれてしまいますわ。
「ふむ――君は」
まさか、気づいてくださった?
「なかなか美しい。とりまきの中では」
なかなか? ガクッですわ――
とりまきの中ではも……気づいてくださらなかったのですね……
「顔はなかなかだが、ドレスは」
批評が続いていますわ。
オルランド様の顔つきが厳しくなっていく!
「ドレスは言葉もないほど、ガッカリなものだな」
が、が、がっかり……酷評ですわね。
オルランド様は冷たい視線を皆さまのドレスにも走らせて、
「今日は失礼する」
不満そうに、行ってしまいましわ……
姿が見えなくなるまで見送って。
とりまきの皆さまとしばし、無言でショックを分かち合ってから。
「相変わらずヒドイですわね〜、オルランド様」
「ですわね〜」
ひそひそと、オルランド様を批評。
「スイートピー様をなかなかとか。ドレスはガッカリとか。失礼ですわね〜!」
「ですわね〜!」
「スイートピー様、とっても綺麗ですわ〜!」
「そうですわ〜! 気になさらないで〜」
お優しい慰めと励ましに涙しそうですわ〜!
「ありがとうございます〜っ、皆さまだって綺麗ですし、ドレスだって素敵ですわ〜!」
みんな似ていて無個性ですが、ガッカリされるほどではないですわ!
「ですわよね〜。きっと、とりまきだからと軽視していらっしゃるんですわ」
やはり、とりまきにしか見えなかったから……
「私も、まぁまぁ美しいと評されたことがありますわ〜。とりまきだからって曖昧な評価ですわよね〜」
あ、私だけじゃなかった……
――他のご令嬢も褒めていたとしても。とりまきの一人としてしか見られていなくても。私もう、オルランド様を軽視できませんわ――
去っていく美しい後ろ姿が目に焼き付いていて。
追いかけたいくらい、好きになってしまいましたわ〜
どうしましょう……綺麗と褒めていただいたのに悪いことですが。
もう、とりまきの輪にいるのが辛い。
なかなかという評価でもいいから、オルランド様といたい。
なんとか、お茶会を最後まで過ごし。
帰ってきたら、オルランド様のことで頭がいっぱいですわ〜
この気持ちを、お伝えしたいですがどうすれば。
とりまきの私では――――
そうですわっ、仮面舞踏会の私なら!
舞踏会でドレスを褒めていただいた、お礼を伝えに行きましょう〜!
それなら、オルランド様の態度も違うはず。
き、きっと……
仮面の下の顔が私だと知ったら、ガッカリだとか評されたりしない?
「や、やっぱり、行かないでおこうかしら〜」
このまま……
仮面舞踏会のことは美しい思い出のまま。
私は、とりまきの一人のまま。
「〜〜やっぱり、会いに行きますわ〜!」
歩み出すと止まらないまま、お父様の元へ向かって行き。
お母様も前にして、事情を話しますわよ。
「私、ぜひ、レグルス•オルランド侯爵様にお会いしたいのです」
お二人とも驚きに目を見開きましたわ。
「オルランド侯爵様に? なぜかね? まさか……」
「なにか言われたの!?」
お二人が同時に絶望の顔になりましたわ。
酷評されたと思っていらっしゃるのね……
「かわいそうな、スイートピー! こんなに可愛いのに!」
「辛いだろうが耐えなさい、可愛いスイートピー」
やっぱりですわぁ〜……
「オルランド侯爵は、ご自分の美しさを鼻にかけすぎるところがあるが……そうできるだけの家柄と実力がおありなのだよ」
「わかっていますわ……」
美しさに相応しい家柄と実力が。
素敵ですわぁ〜
「ならば、どうしたんだ? 悲しんでいるようには見えないが」
「はい。私は悲しんでいませんわ。だって、オルランド様にお褒めいただいたのですもの」
「褒められた!?」
「ほんとなの!?」
そんなに驚きますの〜!?
ですが、オルランド様に褒められることがこんなに重大に思われているのですね。
喜びが倍増しますわ〜!
「仮面舞踏会の時に、ドレスを美しいと褒めていただきましたの」
「ドレスをか。あれは確かに美しかったよ」
「あっ、考案した私のセンスも美しいと言われましたわ〜!」
「スイートピーには美的センスがあると思っていましたのよ〜!」
お父様もお母様も納得の称賛でしたのね。
私の美的センスをオルランド様に見いだしていただけて、ますます感謝の気持ちを伝えたくなりましわ。
「しかし、ドレスとセンスだけかね?」
「そうね、肝心のスイートピー自身のことは?」
「それは……なかなかと褒めていただけましたわ」
「なかなかだと?」
「なんですの? それは?」
お二人とも不服そうですわ〜。ですが、
「私は、なかなかでも嬉しかったですわ! どうかお願いです! お礼に行かせてください〜!!」
懇願が伝わり、お二人ともうなずかれた。
「わかった。お伺いしていいか聞くために手紙を書こう」
「お伺いできるとなれば、大絶賛していただけるように美しくしていきましょうね〜!」
「ありがとうございます〜!」
オルランド様は歓迎するとのお返事をくださり。
できる限り美しくして、向かうことになった屋敷。
美しいオルランド様が居そうな、美しい大きな門と庭を馬車で抜けて玄関の前に降りたつと――
オルランド様が出迎えてくださいましたわ。
私の姿を見た瞳が見開かれて、よく確認されて。
いきなり、批評〜!?
かと思いきや、目力が弱められて微笑が――
「よく来てくれた、お待ちしていたよ」
片手を差し出してくださった、オルランド様。
日差しを浴びて光り輝くように美しいですわ〜……
口に出して言わないと。そのほうが喜んでいただけるでしょうし。
勇気を出して、
「き、今日も光り輝くように美しいですわ〜! オルランド様〜」
「フフ、なかなかの賛美だな」
また、なかなかという評価をいただきました〜
ですが、言ってスッキリよかったですわ〜
「君も――」
オルランド様の視線がまた顔とドレスに――!
明るめのパウダーとリップを足したお化粧、オルランド様に負けじとサラサラに梳かした髪。
舞踏会ほど豪華にとはいかないから、袖と裾にフリルだけつけた青いドレス。
「この間の、お茶会よりは美しい」
「ありがとうございます〜!」
やはり、舞踏会の令嬢とは気づいてもらえなかったけれど。
それでも嬉しい賛美ですわ〜〜!
「美しく飾り立てて、わざわざ来てくれるとは。それほど私に美しさを褒められたことが嬉しかったのか」
「は、はい」
「フフ、気持ちはわかるぞ。私が他人の美しさを認め褒めることは稀だ。希少な体験ができて興奮し屋敷に礼を言いに来る気持ちが」
「は、はい〜」
不敵な笑みを浮かべていたオルランド様の表情が、ふと冷静なものになりましたわ……?
「しかし、そんなに喜ぶようなことを言ったかな? 君の父上の手紙には娘を大変褒めていただいてとあったが」
お父様ったら、プライドから大げさに書いたのですね……
「まぁいい。私に美しさを褒められたことこそが、君の家に永遠に語り継がれる名誉だろうからな」
「は、はい〜。語り継ぎたいですわ〜!」
オルランド様はまた美しい微笑をみせてくださり、
「せっかく来てくれたのだ、もてなそう」
「ありがとうございます〜!」
ナルシストで他人に厳しいけれど。
優美にエスコートしてくださるのね〜!
招き入れてくださった屋敷内の廊下を行き、客間のソファーに座ると。
お茶とケーキとをいただくことに。
こうして、目の前で眺めることができるオルランド様は……全てが美しいですわ。生まれ持ったものだけでなく、ご自身で身に着けた美しさもおありなのですね。
私はオルランド様の評価をナルシストで終わらせたくないですわ。私もナルシストと言われようと美しさを見習いたいですし――
「動く芸術作品である私の美しい所作から目が離せないようだな」
「あっ、はい〜」
「当然のことだな。それと、お茶とケーキも気に入っていただけたかな?」
「はい〜とっても〜」
「それはよかった。それから――今日来てくれた礼に、これをあげよう」
オルランド様が差し出されたのは本?
「私が書いた辞典だ」
「辞典ですか?」
小さめで分厚い。
革表紙には――美辞麗句辞典。
「美しさを表現するための、あらゆる語句が書いてある美のための書だ。これで語彙力を身につけるといい」
「は、はい〜。ありがとうございます〜」
これで私も、オルランド様のようになれる?
「それから――これもあげよう」
「あら、可愛らしいドール〜!」
差し出されたのは――
令嬢のドール。
美しい青い瞳のお顔に赤いドレスの。
「そのドールの金髪は、私の髪だ」
「えっ……」
オルランド様の髪?
これは……
レアドールですわ〜〜!
「ツヤツヤのサラサラで美しいし触り心地も素晴らしいですわ〜」
「そうだろう。好きなだけ撫でてやるといい」
「はい〜!」
オルランド様と思って撫でようかしら――
「気に入ったかな?」
「はい、とっても〜! 大切にいたしますわ」
オルランド様の安心したような微笑、ドールへの優しさがあって。
胸が、ときめきますわ。
私に向けられる瞳も優しいような……
こんなに、思いやりのある方だったなんて。
私より……そうですわ、私よりお礼が凄いですわ〜!
「ありがとうございます、オルランド様〜。私のほうがお礼に参りましたのに、こんなにプレゼントをいただいて」
「屋敷まで来た令嬢は君が初めてだからね――」
皆さま、ナルシストだからと敬遠して批評を恐れて来ないのですね……
「歓迎に熱が入ってしまったよ――そうだ、最近庭も美しく作り変えたのだ。見てくれたまえ」
「喜んで〜!」
向かった先は中庭。
広い芝生の中央には大きな花壇――
スイートピーがいっぱい……!
色とりどりの花びらが風に揺れて、
「美しいですわ〜……」
「そうだろう、私に相応しい美しさの花だ」
「スイートピーが――!?」
あっ、オルランド様が唯一私に匹敵する美しさと評していた薔薇が――まるで、とりまきのような小さな花壇に――
「私は今、このスイートピーに夢中なんだ」
「スイートピーに?」
「いや――」
オルランド様?
美しい笑みが消えて――
「スイートピーのようなドレスを着ていた令嬢に夢中なんだ」
それは――!
オルランド様の横顔が切なげに……
「仮面舞踏会で出逢った彼女はダンスの後、少しそばを離れた間にいなくなってしまっていた」
帰ってしまいましたわ〜〜!
「私は彼女を忘れられない……このまま想い続け探し続ける。ゆえに、君とはここまでだ。帰ってくれたまえ」
冷酷な眼差しが私に――だけど、
「帰りませんわ〜っ!」
「なに? 私の美に執着する気持ちはわかるが」
「それだけではありませんわ」
「他に何がある?」
言わずにはいられませんわ! ここは、力いっぱい言いますわよ〜!
「私が! スイートピーのドレスの令嬢だからですわ〜!!」
「なんだと!!?」
そんなに驚きます〜!?
後ろにフラつかれて、驚愕も極まれりのご様子。
「君が?」
顔面を片手でおさえて、フラフラしながら。
私を見直していますわ……
「バカな! 信じられない、こんなこと……」
現実を受け入れられないようですわ。
そんなにショック?
仮面の下の私が、なかなかの美しさしかないから?
とりまきの一人でしかなかったから?
ですわね……帰りましょうかしらぁ……
「私が、二度も美しさを褒めた人間がいるとは」
「え?」
「ドレスと顔、一人の令嬢を二度も美しいと言ったのは初めてだよ……スイートピー」
私を呼ぶ声音が今までより――
スイート、の辺りが特に甘美ですわぁ〜
私を見つめる瞳も輝いて……
美しい笑みが嬉しそう?
「オルランド、様?」
「スイートピー、こうして近くで見る姿、瞳の色、微笑み、話す声、確かに仮面舞踏会の令嬢と重なる」
「ドレスも屋敷にありますわ〜!」
「そうだ! あのドレスを頼りに探していたんだが見つけられなかった……」
それで、お茶会でドレスの評価が厳しかったのかしら。
「私、とりまきの中では自分の美的センスより皆さまと同じ流行を優先したドレスを着ていますの〜」
「美しさを封印しているのには、そんな事情があったのか。こうして気づけてよかった」
勇気を出して、ここに来て……
「こうして、お会いできてよかったですわ〜!」
「あぁ、よかったよ――」
オルランド様も立ち直って、美しい眼差しと微笑を向けてくだって……距離が先ほどより近いですわ〜
「会ってすぐ気付けなかったのは許してほしい。スイートピー、その名を手紙で見た時もしやと思ってはいたのだ。しかし、現れたのが、お茶会の君だったから。さっきも言ったように、私が二度褒める人間はいないと思いこんで仮面舞踏会の令嬢とは別人と判断してしまった」
馬車から降りた私を見た時、目力が弱まったのは。
あ、とりまきの令嬢か……みたいに思われたからなのですね――
「同一人物ですわ〜〜!」
「こんな形で美に驚かされるとは。感動したよ」
オルランド様の手が、仮面舞踏会の時のように。
「スイートピー、君こそ私に相応しい美しき令嬢だ。婚約してほしい」
いきなり婚約〜!?
「婚約と言わず、今すぐ結婚してほしいくらいだよ」
「け、結婚〜……」
オルランド様以外なにも見えなくて考えられなくなってきましたわ……これも、仮面舞踏会の時と同じ……
「私とスイートピーだけの美しい世界で暮らそう」
二人だけの世界にまた行けるのですね〜!!
「オルランド様……」
「レグルスと呼んでくれ」
「レ、レグルス様ぁ〜」
目を閉じて耳に意識を集中させていますわ。
「私の美しい名前が、さらに極上の響きで耳に甘い痺れをくれる」
「あ、ありがとうございます〜!」
これ、絶賛されましたわ〜!?
声にまで美しさを見いだしてくださるなんて。
レグルス様はやはり、私の特別な方ですわぁ――
「君の名も呼んであげよう。スイートピー」
わぁっ、私も目を閉じて集中しましょう〜
「甘美な響きですわ〜、お耳がとろけそうですわ」
「フフ、そうだろう」
自慢げな声まで気持ちよく響いてきますわ。
「レグルス様の声が体中に響いて、体の中から美しくなれそうですわ〜」
「フフフ、ますます美しくなるか。スイートピー、君のような人がいたとは……あの、ほどほどの美しさが集まった、とりまきの中にね――」
また、頭を抱えて絶句していますわ。
「ふふっ、とりまきのご令嬢を再評価なさってくださいませ〜」
「その必要があるな」
そうなれば、とりまきの皆さまからのレグルス様への評価も良いものになるかも?
「あっ、ですが、他の方を賛美なさるのはほどほどにしてくださいませね〜!」
いくら、ナルシストなところはそのままでも。
レグルス様に褒めていただいたら好きになってしまうかもしれないし、レグルス様も……
「不安に揺れる瞳も壊れそうな美しさがあるな。しかし、不安にさせるつもりはない。二度どころか何度も美しいと言わせる君に執着しているからな」
レグルス様の両腕に抱きしめられて!
美しいお顔で視界がいっぱいですわ。
胸もいっぱいになってきましたわ〜……
「レグルス様にお褒めいただけて私、自分の美しさと美的センスに気づけましたわ……レグルス様にもこんな風に……とっても幸せですわ〜」
「私も幸せだ。君というかけがえのない美しさに気づけた……美しさを称えるキスをさせてくれ」
大好きなスイートピーの花壇の前で。
絵に描いたような美しいキス。
史上最高に美しいハッピーエンドですわ〜!