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ヴォルフスブルクの巌

 俺、マティアス・ヴォルフスブルクはパーティの最中に、父親であるフェルディナント・ヴォルフスブルクに呼び出されていた。

 会場の別室の中でも1番豪華な部屋で、敵対する新教派のパーティですら、ここに通されることが、いかに議長として重要視されているかという象徴でもあった。

 部屋に入るとのんびりとした様子でくつろいでいる親父の姿が目に入る。仮にも敵地だと言うのに何をしているのか。苛立ちが募る。


「で? 何だよ親父。世間話がしたいなら枢機卿相手でも先生方相手でも好きにしとけよ」


「お前、ちゃんと愛想よくしてるか? さっきも同年代相手に怒鳴り散らしていたらしいじゃないか」


 ったく……ついさっきのことなのにどこで聞きつけてるんだか、食えないやつだぜ、と気分が悪くなる。


「相手は新教派の重鎮の娘だぜ? 何をおべっか使う道理があるんだよ」


 そう吐き捨てるように言う。

 

「そういうのが良くないと言ってるんだ。敵を作ってどうする。教えてきたろう。帝国は外に対して剛の精神で、家にあっては柔の精神でいなくてはならない。帝国そのものとなるお前にそれがわかってもらわなければ」


 知ったような口で聞きかじりのような理念を口にする。白々しい。本当は強硬派の旧教主義者のくせに。

 

「それで敵対派閥のパーティにノコノコ出るような間抜けを晒せって言ってるのかよ。俺は道化師じゃねぇ」


「道化であれば良いのだよ。求められるなら私は踊るさ」


 俺はゴメンだね。そういう顔をしていると、親父はわかっていないな、というふうな顔をする。

 こいつは無能だ。市井じゃ豚だかなにかのように書かれている。俺はそうはなりたくないのに。

 しかしこいつはさらにわかっていないという顔を崩さない。お前ごときが俺を高みから見下ろして採点するな。


「いいか? 我が一族は無能ゆえここまでの地位を築きあげてきた。有能なるものは嫉妬に足を引っ張られままならない。良いか? 御仁(ヤツ)剣呑(ヤバい)、と思われたら負けよ」


「それで俺もお前のように豚のように言われろと!? 俺には才能がある。努力だって!」


 俺はゴメンだ。そう言われたくないから頑張ってきた! なのに……。

 

「そのすべてが間違っているのだ。見よ選審官ヨハンのざまを! 味方である新教派にすら信用されない!」


 そう言われて思い出す。何もうまくいかず苦悩するクラスメイトの姿を。

 

「わかったか? お前など我がヴォルフスブルクの巌の前にはなんの意味もない。良いか? 次の議長はお前なのだ。無様をさらすなよ?」


 俺は……俺は……。

 そう言って会話は終わった。何も言い返せない自分が惨めで、情けなかった。



 

 一方その頃、私エリザはと言うと、そうしたやり取りがあったことを私は全く知らなかった。戻ってきたマティアスを見つけたときの私は「あ! マティアスが戻ってきた! でもなんだかしょんぼりしている。何かあったのだろうか?」などと思っていた。

 私はマティアスに声をかけようとしたが、睨まれてしまった。知らない間に私、なにか地雷を踏んだのだろうか?


「お前は……なんでそんなに自信満々でいられるんだ……俺には……何が……」


 自信満々? そう見えているのだろうか。毎日断罪の危機に戦々恐々としてはいるのだが。

 しかしマティアスはその態度が気に入らなかったらしい。やっぱりなんか地雷踏んじゃったかしら!?


「お前、最近変になったらしいなぁ? それでなぜかあのヨハンの野郎まで少し変わってやがる。どんな魔法を使った? あの高慢ちきな女がどうしてここまで一気に変わったんだ?」


「そ、それは生まれ変わったような……?」


「ふざけるな! 俺は……俺にはどうして……」


 そう言って泣きそうな顔を見せてきた。

 なんだか周りから注目されているし、少しかわいそうになってしまった。

 学校のクラスメイト、今はもう会えない人たちを思い出して、眼の前のこの人も助けてあげたいと思ってしまった。


「変われますよ。大切なもののためなら」


「それは……あいつがってことか……」


「マティアス様もです。無知な私に嫌味を言いながらでも教えてくださったじゃないですか。ほんとうは優しくて優秀だって私、わかりますよ?」


「お前……」


「市井の人の声を気にするのだって、それだけそういった人のことを重視してるからでしょう? 大丈夫です。わかってくれる人はいますよ」


「それは……お前が……」


「変われます。そして変われば必ず答えてくれます」


 そう、私みたいな悪役令嬢でもマリアみたいな友だちができた。遅すぎることなんて無いのだ。

 

「お前も俺に……変われっていうのか!?」


 しかし、私の答えは気に入らなかったみたいで、髪を振り乱しながら怒鳴ってくる。周りの注目も気にならないようだ。


「俺はもっとできる! 努力だってしてきた! なのになんで誰も彼も俺を否定するんだ! なんで……僕を……見て……」


 そう言うと少し冷静になったようで、周りの視線に気がついたようだった。

 遠くからマティアス様のお父さんと思われる人が近寄ってくる。


「いや~すみませんな皆様。歓談の邪魔を愚息めがしでかしてしまったようで。さあ、行こうか。皆様には後ほど私の方から謝罪をさせていただきます」


「親父……お前……」


「バカになれと入ったがそこまでやれとは言っておらん。仕置は今度しっかりと受けてもらうぞ」


「す、すみませんでした」


 そう言って二人は会場をあとにしたのだった。

 しかし、私はあのすがるようなマティアス様の目が忘れられず、結局このパーティ中まったく楽しむことができなかったのだった。



 

「申し訳ない。昨日は取り乱し、無様な姿を見せた」


 翌日、私は朝、マティアス様に頭を下げられていた。


「そ、そこまでしなくても……」


「いや。君の父上のパーティをめちゃくちゃにしたのは私だ。済まなかった」


 そういうマティアス様は、昨日とは違って礼儀正しくて。でも昨日見たような人間らしさがまったくないことに怖さを感じてしまった。


「そこまでにしておいてもらえますか? 僕の婚約者をこれ以上見世物にするつもりですか?」


 と、ヨハンが会話に入ってきた。

 そんな言い方ないでしょうに。と思っているのがわかったのか、ヨハンは嘆息して


「まあエリザが気にならないというのなら許しましょう。ですが……」


「ああ。ヨハン殿に迷惑はかけないよ」


 そう言ってマティアス様は去っていってしまった。

 昨日とは何もかも違う様子で、昨日とは違ってもう仲良くなれないのかな、と思ってしまった。


  それから暫くの間、私はマティアス様のことがなんだか気になっていた。

 あの日、取り乱していたことを知っているのは私だけなのだ。

 さらには、マティアス様の様子が更におかしくなっていることに気がついた。

 遊び方が派手になっていたのだ。取り巻きですら最近はついていけないようで、新しい取り巻きを連れている。

 私は気になって、マティアス様の元取り巻きの一人と話しをしていた。


「マティアス様? なんだかあの日からおかしいのよ。俺は無能だ遊び呆けるんだって言って、今は遊びですんでるけど、私怖くなっちゃって……」


 元取り巻きの女子は話したくてたまらなかったらしい。私が聞くとすぐに答えてくれた。

 

「マティアス様ってそんな変わったの?」


「前は俺はもっとやれるすごいんだぞって言ってて、実際成績も良かったのよ? それが最近では講義にも出ないでって……昔から知ってるマティアス様らしくないのよ」


「マティアス様ってそんな感じだったんだ?」


「ええ。このままだと悪い付き合いをしちゃいそうで……でもうちなんて地方の領主だから……」


「任せなさい! うちは親戚だからまた合う機会もあるわ! その時ちゃんと言っておいてあげる!」


「良いんですか? ご迷惑じゃ……」


「その代わりに友だちになってくれる? えっと……」


「エリナ。エリナ・フリューゲルです」


「エリナさん! 私がちゃんともとに戻してあげますからね!」


「はいっ! ありがとうございます!」


 そう言ってまた一人友だちが増えたのだった。そして私は友達のためにもマティアス様と合わなければ。そして元に戻さなくては!



 チャンスはすぐに訪れた。今度はマティアス様のお家で開かれるパーティに参加することになったのだった。

 前回のパーティのお詫びということらしく、前回と同じ家のメンツが呼ばれていた。これはまたとないチャンスだ。

 パーティの開会の音頭を取るのはマティアス様の父親、フェルディナント様だ。

 フェルディナント様はマティアス様とは似ても似つかない有り体に言えば太っちょのおっさんだった。髪の色はマティアス様と同じ赤い髪で、その赤々しさが不釣り合いに見える。

 乾杯の音頭を取るため壇上に上がる。そして。


「前回は私めの愚息が粗相をしでかしてしまい誠に申し訳ありませんでした。此度は愚息めも改心しましたので、先の補填をこの場にてさせていただきたいと思いお呼びいたしました。さあ。帝国各地の名産を使った料理でご歓談いただきたい!」


 そう言ってパーティは始まった。が、私はモヤモヤしてしまう。

 父親とはいえ息子のマティアス様のことをそこまで言う必要はないのではないか。私はなんだか可哀想だと思ってしまった。こうして不当な扱いを一体どれだけ受けてきたのだろう。


「おおこれはこれは。ヴァルトシュタイン家のご淑女。此度はお越しいただきありがとうございます」


 マティアス様が近くに来た。が、喋り方がおかしい。芝居がかっていて決して同級生に向けるものではない。

 怪訝そうな顔を向けると、一瞬だけ寂しそうな顔をしてからまた芝居がかった話し方をしてくる。


 「先日は私めのせいで機嫌を損ねてしまい誠に申し訳ない。さあ。なにか料理を取ってこさせよう。そしてワインでもいかがかな?」


「いえ。結構です。それよりエリナさんから聞きました。最近おかしいって」


「エリナ。フリューゲル辺境伯家の息女ですか。元気にしていますか?」


 辺境伯? また知らない単語が出てきた。でも今は大事なのはそこじゃない。

 

「最近変だって言ってました。元のマティアス様に戻って欲しいって」


「私は変わりませんよ。エリナは最近久しくあっていないので、それで……」


「最近知り合った私でもわかります。無理してますよね?」


 そう言われたマティアス様の笑顔は一瞬だけこわばったのを見逃さなかった。

 

「いえいえそんな。自分のぶをわきまえるようになったというわけですよ。さして言えばね? 遊び歩くのも元からですし」


 そんなはずはない。最初にあったときから自身に満ち溢れていたのだ。無理をしている。

 しかし、そうしているうちにマティアス様は……


「では、次のテーブルに。すみませんね」


 そう言って去ってしまった。私はテーブルの距離よりもマティアス様のことを遠くに感じてしまっていた。

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