第2の攻略対象
うちのクラスには問題児がいる。名前はマティアス・ヴォルフスブルク。攻略対象の一人だ。彼は今の議長である父親の息子だったはず。
赤い髪に青い目。まるで絵画の中から飛び出してきたような容姿だ。ヨハン様と同じか、それ以上にハンサムな顔をしていて、周りに女子がいない日は一日もないというのも納得がいく。
いつも、彼の周りには取り巻きが集まっている。
「何だぁ? 新教派のネズミがこっち見やがって……」
「マティアス様! あんなやつら議長になったらけちょんけちょんにしちゃってくださいよ!」
「もちろんだとも。エースズ会の名にかけて、異端共を許しはしないさ」
「キャー! さすが教皇の庇護者となるべきお方! オーラに満ち溢れていますわぁ!」
するとヨハンがこちらに顔を近づけてくる。かっこいい顔が近くに来ると、勘違いしちゃうからやめてほしい。
「こらこら。僕の婚約者が他の男を真剣に見ているとは……」
「そんなんじゃないです」
「でしょうね。さしずめ友人が多いとか羨ましいとかそんな感じでしょう?」
なぜわかった。エスパーか!?
「顔にかいてありますよそれくらい。……な人のことくらいわかります」
……? 小声で聞こえなかったが、下手に突っつくと機嫌を悪くされて婚約破棄の危機が来ても困るのだ。
「そのぽへーっとした顔はやはり気づいてないのですね。まあヘタレる私も悪いのですが……」
? 何の話だっけ。するとマリアがこっちに話しかけてくる。
「エリザ様。マティアス様の話です! 私あんなかっこいい人初めて見ました」
そう。マティアスは攻略対象だったはず。パッケージに堂々とかいてあったので。とはいえ攻略していないのでどういう人なのか全くわからない。
「旧教の豚め。ああ、すみませんマリアさんは違いますからね?」
そう、大きな変化はこれ。ヨハンとマリアちゃんが仲良くなったのです! でもこれ破滅ルートに近づいたのでは?
最初は怪訝そうだったヨハン様ですが、私という共通の知り合いがいたこともあってかすぐにマリアちゃんと仲良くなったのでした。
「それにしても連れないです……僕のアプローチが全く通用していない気がするのですが……」
「ヨハン様は顔がいい! ので! それを押し出して顔を近づける作戦だったのですが、全く効果が出ていませんね」
「わかりますか? あの顔。こっちの苦労も知らず他の男にうつつを抜かす始末……」
「あわわわわ! 諦めないでください! 応援してますから!」
「ありがとうマリアさん。君は僕の救いだ……」
これルート入ってるくらい仲良くなってる気がする! 会話の内容は聞こえないけど!
「で、マティアスですか? なんなら教えますよ。今夜僕の部屋に……」
「いえっ! 先約があるので! 失礼します!」
「「先約……?」」
「で、今度はマティアスさんについて教えてほしいと」
「はい先生! ヨハン様には聞けないので!」
「……なんで? まあいいか。じゃあ講義に入るね?」
そう、私は図書館であの先生に聞いていた。攻略対象の事をしっかり知らなくては! そしてそれはヨハンにも内緒でやる、私だけのことなのだから。
「マティアスさんの父親は今の帝国議長。議長について講義は覚えてるかな? 結構前にしたけど……」
「忘れました!」
「そ、そう……」
実際前世を思い出したときにかなりのことをわすれてしまっていた。記憶にも容量はあるのだろうか。
「帝国に皇帝はいない。これは知ってるね? 実質その代わりを努めているのが帝国議長で、7人の選審官が選ぶ。①プファルを治めるヴィトゲンシュタイン家、②サンシースを治めるヴァルトシュタイン家、③ブートニアを治めるヴォルフスブルク家、④ザクソニアを治めるグリューンバッハ家、⑤エッセンを治めるアルテンブルク家、これに⑥ケインの大司教と、⑦マインツの大司教。以上7人が選挙権を持っている。大丈夫かな? ついてこれてるかい?」
「はい! それにメモを取ってあるので!」
「それは偉い。じゃあなんで議長になりたいかといえば色々理由はあるんだが、議長大権というものがあるからなのが大きいね。議会をいつも開きっぱなしにするのはお金がかかる。だから非常事態でもない場合議長がいろいろな雑事を決めることになる。そうすることで融通を聞かせようとする人から色々もらって裕福になれるってわけだ」
「賄賂ってことですか?」
「そういうもののお陰で回っている世界もあるんだよ」
「う~ん、なんだかなぁ」
「君は理想論者なのかもしれないね? 続けるよ。今の議長はヴォルフスブルク家のフェルディナントで、なぜこの家が代々継いできたのかというのは色々あるんだが……まあ、君はその事情は覚えなくてもいいかな? マティアスくんは将来の議長ということがわかっていればとりあえず問題はない」
「選挙なのに代々? なんでですか?」
「最大の領主で、帝国の外にも親戚がいっぱいいるからね。それに彼らは無能なんだ」
「無能?」
「ああ。君にはわからないかもしれないがね。当時から今まで無能だからこそ人々に議長として祭り上げられてきた」
う~んなんでだろう。有能な人を選ばないといけないのでは?
「ありがとうございます。またなにかあれば聞きに来てもいいですか?」
「熱心な生徒の質問は歓迎するのが教職というものだ。いつでもきたまえよ」
「はいっ! ありがとうございます! 失礼します!」
「しかし新教の選審官の令嬢が旧教の庇護者の最有力候補に興味を持つか……なにか嫌なことがないと良いんだけどね」
ある日、私は親戚の集まりに出ていた。とはいっても前世のような朗らかなものではなく、物々しいパーティである。帝国の名だたる諸侯と親戚である我が家では、集まり1つとってもスケールが違う。
「おや。お前はクラスメイトの……」
「あなたはマティアス様! あれ? 私達親戚なんですか?」
そう、そこにはあのマティアス様がいた。旧教のトップが新教のうちと親戚だったのか?
という疑問が顔に出ていたのか、マティアス様はばかにするようにしながらも丁寧に教えてくれた。
「お前と俺はバイエル公ウィレムという旧教連合のトップと親戚同士なのさ。このパーティにはこないような吝嗇家だがね? かの御仁は」
「では親戚同士仲良くしましょう」
と、手を差し出すが、マティアス様はぽかんとしていた。あれ? 握手って文化なかったっけ?この国。
「馬鹿なのか? 俺とお前は将来的同士になるんだぞ?」
違ったらしい。ちゃんと握手の文化はあったようだ。
「でも、今は敵じゃないでしょう? それに見てください。この場に同年代がいなくて少し心細かったんです」
「いよいよ持っておかしな話だ。前は群がる男たちを見て呵々大笑していた女がこれか。何やら悪いものにあたったとかいう市井の噂はほんとうだったようだな」
まあ生まれ変わったと言って信用されないことはわかっていた。しかし……。
「市井の方の噂もちゃんと集めておいでなのですね? それに親戚関係をしっかり把握していて。私なんていまだに覚えられていないのに……」
「嫌でも覚えるさ。覚える価値のある諸侯ならな」
「それでもすごいです! 私よりよっぽど……」
「うわあああ! なんでそんなにお前距離近いんだ?」
「親戚なんですしそんなに避けないで……」
「血がつながってるわけじゃないんだぞ? 嫁入り前の淑女がそんな軽くてどうする!」
「すみません。いやでしたか?」
嫌がってるようなのでぱっと離れる。
だが嫌がっているというよりは照れているようで
「馬鹿なのか?」と冷たく言い放ちながらも、彼の声にはどこか困惑の色が滲んでいた。その青い瞳は鋭く私を見据えていたが、どことなく揺らぎも感じられる。拒絶の言葉の裏に隠された本心を探ろうとすると、彼は視線を逸らしながら早口で付け足した。
「と、ともかく! 俺とお前はいずれ敵! 馴れ合いはこの帝国で致命傷となるぞ!」
そう言って去っていった。やっぱりいい人なんじゃないかな。そう私は思いながら見送ったのだった。




