私が信じるあなたを信じて
事件のあった村での夜、私とエーベルハルト様はふたりきりで話をしていた。
「ヨハン殿なら迷わないだろう。マティアス殿なら狡猾にやり遂げるだろう。セバス殿は父親と戦ったと聞く。アウグスト殿ほど有能ならば空だって飛べるはずだ。同年代に比べて俺はなんて惨めな……」
そう言って悩んでいる。同じ世代の人は多く見てきたけどここまで決断できない人は初めてだった。
今日見た村民の顔が目に浮かぶ。今日見た死体、あれがもっと増えるかもしれない。私にはそのほうが怖いのに……。
「やらなきゃいけないことはわかってるんだ。でもその勇気が出ない。俺の決断で更に多くの人が死んだら? 誰も責任を取ってはくれないのに」
それは現代から来た私にはわからない感覚だった。責任。その言葉の重み。でもここに来てから色んな人にあった。だからこそ言える言葉もある。
「ヨハンは改革を邪魔されてきた。マティアスは無能と見られることに怯えていた。セバスは父親の影に負けそうだった。アウグストは眼の前の小さな、でもだからこそ大切な問題から目を背けていた」
? と言いたげだ。私は続ける。知ったこと。話してわかったこと。それを伝える。
「最初からあなたが言うようにすごいわけじゃなかったのよ? でもみんな前を向いて責任から逃げなかった。それだけは違かった」
そうだ。逃げなかった。だからこそみんな苦しんでいた。
ヨハンは改革と嫉妬の中で立ち往生していた。
マティアスは期待されないことに怯えていた。
セバスは自分の正しさを信じきれていなかった。
アウグストはちょっと似ているかも。目の前のことから逃げようとしていたこととか。でも帝国を信じるその心は本当だった。
「だから逃げないで。私の好きな人たちがこの地を荒らす様になるのを私に見せないでほしいの」
そう、時間がない。ヨハンたちが介入するまでの時間も、ヴァルデンベルク家が介入するまでの時間も。そしたら……。
「今日あった人たちが一番に巻き込まれる。あなたしかいないの。あなただけが……」
そう。私じゃダメだ。よそ者の私では。
「自分を信じて。あなたには力がある。責任もある。あなたならできるわ。私が信じるあなたを信じて」
乙女ゲームの告白セリフ。それを伝えたのだった。
「そうか。まだ私のことを信じていただけるのですか」
覚えているのは乙女ゲームでのパラメータだけど。でも攻略対象で1番ステータスが高かったはず。重宝してたから覚えている。
「信じている、か。ありがとう。その言葉だけでどれだけ救われたか」
といってもゲームの引き写しなんだけど。
「とはいえその表情、どこかの物語のセリフなのかな?」
そんなのまでわかっちゃうの!? そう驚いていると
「顔色を伺うのは得意なのです、昔から。とはいえ救われたのは言葉だけではありませんよ」
そうだったのか。良かった良かった。
「危険を犯してこの地に来たのもこの事態を多少は予測していたのでしょう? それでもなおこの地に来てくれたこと。危険な地域に来てくださったこと。これらに救われたのです。ありがとう」
そう言って夜の会談は終了したのだった。
翌日、エーベルハルト様は民衆の前に姿を表した。付近の村からも人がやってきていてかなりの数がいる。事件の哀悼の意を表するためというのが表向きの理由だ。
壇上に上がったエーベルハルト様はいつものようなオドオドした態度ではなく背筋をシャンとして立派な姿だった。声は震えているが、いつもより大きな声で話そうとしているのが伝わってくる。
頑張って! 私はそう心のなかで応援する。
「今回の1件、私の実力不足において起こってしまったこと、誠に申し訳ないと思っています」
そう言って頭を下げた。現代とは違うのだ。頭を下げるというのがどれほどのものなのか。その証拠に聞いている皆もびっくりしていた。
驚きが静まってからゆっくりと頭を上げる。計算なのか天然なのか。注目を集めるのには十分な仕草だった。
「今回の件の責任は私にある。よって暴動の犯人たちへの罰則は注意と武器の取り上げのみとする。新教旧教問わずにだ。暴動の責任は私にあるが、その激化を促したものは見つけ出して罰則を加える。帝国から派遣されるものと協力しての捜査を約束しよう。新教だから不利ということがないようにする」
どよめきが走る。新教旧教問わずの姿勢は今までにないものだったからだろう。
エーベルハルト様は続ける。
「また、今回の件を煽ったものには家臣の中にもいるだろう。これも厳罰に処すようにする。そしてこの地域に向かっているヴァルデンベルク家の兵はいっさいこの地に入れはしない! なぜならこの地は私の土地、私の臣民だからだ!」
オオー! と歓声が上がる。
エーベルハルト様は更に続ける。
「もし対決しなければならなければ私自らが前線に立とう! だから汝臣民よ! 私のために立ち上がってくれ! 侵略しようとしてる者たちを許さないでくれ!」
更に歓声が上がる。その歓声は収まりそうもない。
「私のために! そしてこの地のために! 立ち上がれ臣民よ!」
歓声はとどまることがない。人を動かす演説の才能。これこそがゲームで発揮されたエーベルハルト様の能力だった。
歓声はやまず、エーベルハルト様はその中を肩で風を切るように堂々とした態度で壇上から降りていったのだった。
「……どうしよう……」
舞台裏でさっそく弱気になっているエーベルハルト様だった。
「言い過ぎた! これが伝わったら一斉蜂起とか起きるんじゃないか? ヴァルデンベルク側にも悪影響なんじゃないかな!?」
大丈夫ですよかっこよかったですというが、心配はやまないらしい。
「叔母はあのマンスフェルトに依頼を出したらしい。戦闘も辞さないということだろう。本気だ。どうしよう戦争になる!」
「まだ戦争は起こっていないのです! 直接交渉におもむくんでしょう? その場で治めることができますよ」
「そうかな……そうかも……? うんわかった俺頑張るよ」
キャラが変わり過ぎでは? オドオド系の流されやすさは変わってないけど。
「しかし相手がマンスフェルトともなると対策を立てねば……そうだ。彼を呼ぼう。いい傭兵がいる。無名だがあまり有名な傭兵を起用すれば対立が強くなるだろう。それと領内に徴兵の知らせを出さなければ。戦争は避けたいが、起こるかもしれないことから目を背けるわけには行かない。僕は領主なんだから」
前を向いてくれるようだ。あとは直接交渉に全てがかかっている。
「先遣隊は明日到着する予定だ。速度としては強行軍だろう。早まることはないはずだ。ひとまず今日は領内の徴兵の連絡と、君の知り合いへの手紙のやり取りで終わりだろうね」
そうしてその日は解散となった。エーベルハルト様は夜遅くまで手紙を書いていたらしい。
そして翌日の昼頃、先遣隊が村に近づいてきた。
率いているのはマンスフェルト率いる傭兵とヴァルデンベルク家の兵士の混成部隊だ。目付けとしてヴァルデンベルク家の官房長が付き従っているらしい。この情報は前日のうちに調べ上げてしまっていたらしい。覚醒したエーベルハルト様すごくない?
「止まってくださいヴァルデンベルクの官房長殿。お久しぶりです。ですが今回はあまりいい再開ではないですね」
「これはアルテンブルクの御曹司殿。お出迎えですかな? 領内が不穏だとのことで派兵をしたものですが」
「領内は不穏です。何しろ内通者がいますからな」
なにを……とヴァルデンベルク家の官房長がたじろぐ。知らされていないような態度だった。
「あなたは生真面目なので関わってはいないでしょうね? ですがもうすでに内通者の逮捕を命令しました。後で首を送ろうかと叔母にはお伝え下さい」
「若様の言い分とは思えません。影武者かな?」
「だとしても変わりはしない。よそ者を領内にいれることはできない。今回は旅行だとでも思ってください。近場の温泉街を確保しておきましたからそこで休んでから戻られるがよろしい」
「手ぶらでもどれと?」
「ええ。必要がないのにご苦労さまです」
そうして話していると後ろから髭の男がやってきた。ケインで見たことがある。この軽薄そうな男はマンスフェルトだ。
「俺達への支払いはどうなる? ただでは仕事にならんよ」
「これはマンスフェルト殿。それは黒幕にでも頼むがよろしかろう」
「黒幕とは!?」
「官房長殿はわからないのですか? この程度の騒ぎにマンスフェルトほどの傭兵を使うとなれば黒幕もいようというもの」
うむぅ……と官房長は黙ってしまった。やっぱり覚醒したエーベルハルト様はすごい。すぐに黙らせてしまった。
「では引けと? いもしない黒幕にたのめと?」
とマンスフェルトは食い下がる。しつこいやつ!
「とはいえ今回のことは私の責任もある。半分は建て替えましょう。残りの半分はヴァルデンベルク家に出させます」
「できるのですか?」
「やります」
「ならば良し! お前ら帰るぞ! 温泉入ってな!」
と言ってマンスフェルトは温泉街の方へと去っていく。
マンスフェルトの兵士は残念がっていた。とはいえこれで衝突の危機は去って終わったのだった。
「新教に改宗するのを辞める?」
帰りの馬車の中、エーベルハルト様はそういった。新教に興味があったのではないのか?
「必要なのは信仰ではなく民を導く手段です。それがわからず流されていただけでは新教にも失礼に当たるでしょう」
これからはどうするのか聞いてみる。
エーベルハルト様は続けて
「まずは領内の膿を出し切ります。そしてこの地は信仰の自由を持つようになるべきだと」
なんと先進的な思想! どれだけ優秀なのかしら本当に。
「そうして平和になったらまた来てください。今度は観光しにね?」
もちろん! それと様付けなしにしていいかしら! 友達として! そう言うとエーベルハルトは笑って快諾してくれた。
「エリザ殿。今回の1件、帝国の中枢に入り込んだ何者かを感じます。まだ終わっていないかもしれない。気を付けてください」
と言ってきた。何者かとは一体?
「マンスフェルトを使えるほどの人物、それが暗躍している。ケインの件も含めればおそらく分裂と戦争を企むものがいる。しかも帝国の内部に。私の方でも調べておきますからしっかりと、聖女を守ってください。いいですね?」
聖女……マリアちゃんのこと!? なんで……?
「わが家に代々伝えられてきたもので、聖女の伝説には魔法があります。傷を癒やすという始祖の聖人と同じ力が。そしてもう一つ、選審官には裏がある。これも忘れずに。ではまた手紙を送ります」
そう言って馬車は目的地に到着した。私は言われたことを反芻していた。
空はまだ曇っていて、まだ太陽が出ていなかった。まだ続く。その言葉がずっと残っていた。




