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クーデター計画

 翌朝、食堂に向かおうとしていた時、廊下から聞こえてきたのは――セバスティアン様の怒声だった。

 相手はヘルマンさんだ。その怒声はどちらかというと切羽詰まったような声に聞こえた。

 

「新教派の集会を全面的に禁じるって!?」


「なにを朝からうるさい。いずれやらねばならぬこと。先送りにしてはならぬ」


「正気ですか!? このケインを帝国分裂の火種としたいのですか!?」


 しばし沈黙の時が流れる。しかしヘルマンさんが続ける。

 

「新教派は動かんよ。そのことは昨日確認できた。大司教領へは流石に手が出せんとな」


「酒の席での会話でしょう? それにそこまで弾圧すると言ったわけでもありませんよね?」


「うるさい。飲みすぎて頭が痛いんだ。あとにして……」


「あとになど! いいですか父上……」


 と大きな声で言い争っていた。新教の弾圧? そんなことしたら……。


「ほら見なさい。客人に聞こえているではないか。すみません朝から。言って聞かせますから……」


 と話を切り上げて言ってしまった。セバスティアン様は弱々しくその場に座り込む。絶望している様子だ。

 何があったのか聞いてみる。セバスティアン様は絶望したような顔をこちらに向けてきた。


「聞いてのとおりです。今日布告される予定の法ですが、新教派が集まって集会を開くのを禁止するというものです。こんなのが知れ渡ったら新教派は絶対に蜂起する。それが呼び水となって帝国全体が……おしまいだ」


 そんな! なんてことを!?


「しかも今日は大規模な集会が行われるはずの日なんです……ここケインの街でね? それを退散させなければいけない……」


 そんな事したら衝突しちゃう! どうにもならないの? と聞くが


「父は軍を動員する構えだ。そのために各地から領主を集めて枢密院を開くと言っている。もうどうしようもない……。すまない。今日の予定はキャンセルして、君と父上はすぐこの領地を出たほうが良い」


 と退去を勧められてしまった。

 そこまで深刻なの? いまからどうにかできないのかしら?


「一つだけ方法があるが……僕には選べない。恩師でもある父上に逆らう気が起きないんだ」


「それでこの街をみすてるのですか? あんなに目を輝かせていたこの街を?」


「正しいのかわからないんだ……何が正しいのか……」


「そんなの決まってる! 喧嘩しないことでしょう! 信仰は喧嘩のための道具じゃない! わかってるでしょう!」


 そう、彼は信仰心が厚い。でも凝り固まってるわけじゃない。だからこそ敵であるはずの新教の教えも学んでいた。


「私の生まれ……いまのじゃないわ。そこでは信仰の自由が認められていたの」


 そう伝えていた。怪しまれても良い。それでも今ここにいる人を放っておいてはいけないと思った。

 

「生まれ……? 何を……」


「信仰の自由。信仰によって差別されない世界! それは確かに存在したわ! あなたの目指す世界はなに?」


 セバスティアンは目を伏せたまま、一瞬だけ息を止める。

 顔絵を上げると息を吐いて、私に言った。

 

「うん。ありがとう。決心がついたよ。信仰の自由、か。いい言葉だね。君が考えたのかい?」


「違うけど……当たり前にあったから気が付かなかったけど大切なものなのかもしれないわ」


「当たり前だけど気づかない大切なもの……それもまた宗教のようなものかもしれないね?」


 そう言ったセバスティアン様の顔はなんだかとても清々しくて、思わず照れてしまうほどかっこよかった。



 

「すまない。ついてきてもらって。君の父上とも話をするのでね」


 それは構わないけどそばにいても良いのかしら? と思っていると


「これから大変になる。そばにいてくれないと君を守ることができないからね」


 と言われてしまった。そういうことなら好意に甘えよう。

 とある部屋につく。中にいたのは老年の人で、でも豪華な衣装を着ている人だった。

 

「さて、お久しぶりですアンハルト様」


「せがれどのか。今回の件の説明に来たのか?」


 彼はアンハルト。このケインの宰相だという。たしかに偉い人って感じの堀の深そうな顔をしている。

 

「宰相閣下なら仔細聞き及んでのご到着でしょう」


「ふん。まあな。それで? お前がここに来る要件はわからないのだがな……」


「クーデターを、します。ご支持をいただけますか?」


 そう単刀直入にセバスティアン様は切り出した。

 空気が冷える。ピリピリとした雰囲気が伝わってくる。

 

「ケツに火がついたか。良いだろう。そこな娘はヴァルトシュタイン家の令嬢か。後ろ盾はそいつの家ということか」


 ……え? 聞いてないんですけど!

 しかし私の思いなど知らないかのように話はどんどん先に進んでいってしまう。

 

「はい。新教への寛容政策。それを条件に後ろ盾になってもらおうかと」


「なら良い。実行部隊には誰を使う?」


「かねてより用意していた新教のものと旧教のものの混成部隊があります。もともとは新旧融和のモデルケースにしようとしていたもので、頼りないですが……。実行は布告のために領内各所へ人が出払うときにと。それなら勝算があります」


「ヴァルトシュタインの後ろ盾と俺の公認。それと動乱の責任を中央に突きつけるわけか。成功確率は高そうだな。乗るぞ」


「ありがとう。アンハルト様」


「いや。こちらこそだ。……目覚められましたな」


「目覚めさせてもらったのです。アンハルト様」


「そうか。惜しいな。新教派の娘が……とはな?」


「諦めています」


「今は良い。だがその諦め癖は直しておけよ? それにあとあと聞かせてもらおうか」


 最後はよくわからなかったが、ともかくこうしてクーデターの第一歩が始まったのでした。



 

 次に来たのは私の父親が泊まっている部屋。さっき言っていた後ろ盾の件だろう。ノックして部屋に入る。お父様は機嫌が悪そうだった。


「やってくれるなぁ? 大司教家は。このために私を呼び出し介入の意思なしの言質を取ったのか!」


「それは父の言葉、僕は違います」


 とちょっと前までとは打って変わって堂々としている。


「僕は父を追い落とします。そして教会に後任として任じてもらう。その前に他家に介入されたくないのです」


「後ろ盾になれと? 新教派のわたしたちが、旧教派の大司教領の?」


「悪い話ではないと思いますが? 当家は選審官家。選挙工作するなら手をつけておく価値は十分あるかと」


「信用できるとでも? 父親のようにならない保証は?」


 お父様、そんな事言わずに……と思うが、これは家同士の話。軽々しく口を出すわけには行かない。

 

「父親のようにはなりませんよ。担保としてなら縁組の話などどうです? いずれ生まれる僕の子どもとあなたの家のエリザ様の子ども。こちらが格下の縁組というのは」


「悪くないな。話がわかるやつはいい。それを第3者に証明してもらうとしよう。新教側からはヴィトゲンシュタイン家、旧教からはヴォルフスブルク家に頼むとしよう」


「では成立、ということで」


「ああ。寛容な政策を頼むよ?」


「もちろん。神の教えはいつだって寛容をといてきたのだから」


 そう言って下準備は整ったようだった。

 セバスティアン様といっしょに中庭に出る。そこには武装した集団がいた。若い人たちで、わたしたちと同じかそれより小さい子もいる。


「いよいよ君たちに動いてもらう。目的は父上の追放。殺しはするな、誰もな? 良いかい?」


 はいっ!と揃った声。かなり訓練されているようだ。


「状況はわかっているか?」


「はい! ただいま布告のため、また集会の強制解散のための先遣隊が出発したと! 今を逃せば血が流れることに!」


「迷っている暇はない。全員突撃準備を!」


 こうしてクーデターが始まったのだった。

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