第3の攻略対象
新教と旧教。その対立。それはこの国だけでなくこの世界全体でとても根深い物である。
しかし私は信じたい。私とマティアスのように宗派を超えて友情が育まれれることを……。
「エリザ? マティアスからの誘いはそろそろ断りなさい?」
ある日、大学でヨハンにそう言われた。ヨハンは忙しくてなかなか遊べず、まだ友達の少ない私はマリアちゃんと一緒にマティアス主催の遊び会に度々参加していた。
「マリアは旧教の庇護下にあるので仕方な~く参加しているのでしょうが、なぜあなたが参加しているのですか?」
暇なので……と正直に言うとヨハンは天を仰ぐ。
「ならマリアとだけ遊びなさい! 彼女は下心も2心もないひとですから問題ないと思いましたが、マティアスは違う! 彼には下心と2心しか無いのですよ!」
人の友人に失礼なことを。それにマリアちゃんが良いならマティアスだって良いではないか。そう言おうとするが、なぜわからない、とお母様みたいな目をされた。
「良いですか? 婚約者が他の男と遊んでるってだけでも気分が良くないのにあのマティアスですよ? 遊び人で旧教派首魁の! それに彼のあの目……あそこまでのアプローチとは末恐ろしい……」
遊び人だからこそ街のいろんなことを知っていて楽しいのに。 ……! そうか! ヨハンもマティアスに遊びを教われば良いんだわ! ちょうど今度私に用事が入ってるし、そのときにセッティングをすれば!
「エリザ? なにか嫌な予感がするのですが……」
そうと決まったら早速! 私は走り去っていった。
「エリザ! 嫌な予感しかしないのですが! 戻ってきなさい!」
私にその声は届かなかった。
数日後、ヨハンとマティアスの二人は同じ馬車に乗っていた。
私が数日大学を離れる間、ヨハンに遊びを教えてほしいと頼み込んだのだ。
数日かかったが、ようやく二人が折れてくれた。
「……で? それが俺とお前が二人で街に出る理由か?」
「ええ。なんでこうなったのでしょうか……」
「俺だって聞きたい。あの目に言われると断れなくてな……」
「僕もそうです。はあ。目付けにマリアさんまでつけられて、これでは別行動もできませんね?」
「まあいい機会だ。遊びの腕も見てやるかね」
「ほう? 万能の天才たるこのヨハン・ヴィトゲンシュタインにできぬことなど無いが?」
「言ってろ。すぐ吠え面かかせてやるぜ」
そう言いながら二人と一人、目付けのマリアちゃんのことだが、は街へ向かった。
そろそろ私も出発だ。私は数日この大学を離れることになっている。行き先はケインという大きな街だ。
馬車で丸1日、そのケイン大司教領に到着した。ここに来た目的はというと、またも親戚付き合いということに表向きはなっている。裏は次の議長選挙を見据えた工作活動というやつらしい。貴族って大変だ。
ケイン大司教領。前もってあの教師から講義は受けておいた。
帝国にある司教領とは、教会が世俗に持つ領地のことらしい。
領地って持っても良いんだ、って私はびっくりしたが。
その中でもケインとマインツの司教は選審官としての地位も持っているすごい偉いそうだ。
なんで選審官なのかまでは聞けなかったが、とりあえずこれから行くのは旧教の領地、しかもガチガチの、ということだけはわかった。
そしてなによりそこには攻略対象がいる。ならば行かなくては。じゃないとどこで破滅のトリガーが引かれるかわからないのだ。
それにしても旧教派の領地に行くなんて、歓迎どころか襲撃されたらどうしようかしら。
そういった不安な気持ちを込めて馬車はケインに向かっていったのだった。
しかし、最初の街についてみると、意外や意外に歓迎の嵐だった。
表通りは人で一杯で、歓迎の花吹雪まで! 新教旧教関係ないのかしら、と思っていたが、進んでいくと様子がおかしい。歓迎する人たちと睨みつける人の両方がいたのに気がつく。つまりこれは……ここにも……。
「お父様、これは新教の人たちの歓迎で、旧教派はそれを苦く思ってるってことですよね?」
「ああ。ここはまだ国境沿いだから良いが、内部に入ればこうも表立って歓迎をする人は少なくなるだろうね? 何しろ大司教領なのだから。その鬱憤が溜まっているということだ」
そんな。感じの良さそうな人たちなのに。
「家の領内でも同じ対立が?」
まさか、と思ってしまう。
「うちはまだマシなほうさ。家の宗派は穏健派のフェス派だからね。強硬派の領地では地が流れることも珍しくない。これは新旧どっちもではある」
「信仰の自由は?」
そういったものはないのかしら?
「自由に決められるのは領主だけさ。それも古くからその土地で、どっちが強いかに左右される程度にすぎない。それにここは教会の土地。新教は存在すら許されていないはずだよ」
そんな……。
「まあまだマシだろうね、ここの跡取りは優秀だと聞いているから。お前にあわせようと思ってる人さ。同年代だから話が合うかもしれない」
そう言って馬車は去っていく。新教派の人たちの歓迎の声が遠く小さくなっていくと、なにか悲しい感じがした。
そして最大の都市ケインに到着した。早速私達は大聖堂に案内される。大聖堂はとても大きく、荘厳な雰囲気を持っている。古くからの、というべき石造りで装飾はあまりされていないところにこの土地の雰囲気が見えるようだった。
出迎えてくれたのは50歳ほどに見える祭服を着た人だった。銀色の髪には白髪がまじっていて、しわくちゃの顔と裏腹にしゃんとした背筋で、厳格そうな雰囲気を感じさせる人だった。そしてその脇には似たような服を着た同年代くらいの男の子の姿があった。
「ようこそいらっしゃいました。私はケイン大司教ヘルマン・グラウベンベルク。こちらは息子の……」
そう言うと脇から同い年くらいの男の子が出てきて自己紹介をした。
「セバスティアン・グラウベンベルクです。どうぞよろしく」
と礼儀正しい。その名前で思い出す。攻略対象だ。彼の髪は銀の糸を織り込んだように滑らかで、光の加減によっては青白く輝いて見える。それはあまりにも神秘的な印象を与えてくる。そしてその柔らかな物腰と裏腹の鋭い視線。この人の内面がそう出ているようだった。
「私はフリードリヒ・ヴァルトシュタイン。こっちは娘のエリザベートだ。よろしく頼みます」
とお父様に紹介される。ペコリ、と会釈をすると同じように会釈を返される。
「セバス、エリザベート様を案内して差し上げなさい。良いですか? フリードリヒ殿」
「もちろん。さあエリザ、羽目を外さないようにね?」
「若い人なら多少は向こう見ずのほうが良いでしょう。私の息子など……」
そう言って大人たちはその場を離れていってしまった。
気まずいがこちらから話しかける。と、「「あのっ」」とハモってしまった。恥ずかしい。
「ええとそれじゃあ……案内してもらえる? セバスティアン様」
「ええ。我がケインの名所をご案内いたします」
こうして私のケイン滞在は始まったのだった。




