転生
ある乙女ゲームをしていた記憶。
そのゲームに出てくるキャラが好きで、攻略を見ながら頑張ってプレイしてた記憶が蘇る。
『お前こそ全ての元凶! 消えろエリザベートォ!』
歓声の中、剣が振り下ろされ、紫のドレスを着た女性が目の前に倒れる。倒されたのはこのゲームの悪役令嬢─そしてその顔は私自身だった。
まるで脳内に雷が落ちたような感覚だった。過去の記憶が押し寄せ、足元がふらつく。16歳の誕生日のパーティの最中、私エリザベート・ウィトゲンシュタインは唐突に前世を思い出した。前世の私は同い年の高校生。乙女ゲームとか乙女向けのラノベが趣味な普通のオタクだった。唐突に事故にあって死んじゃった記憶がある。
そして思い出せば、この世界は乙女ゲーム『神聖アインス帝国恋物語』そのものだ。あの時、絵の綺麗さに釣られて手を出したけれど、設定が複雑すぎて攻略サイトなしでは無理だった、あの乙女ゲーム。キャラは好きだった。声優もあっていた。でもどのルートも設定を投げ出して唐突なハッピーエンドになっていた。
そして、私の名前も覚えがある─エリザベート。攻略対象たちに憎まれ、破滅する悪役令嬢だなんて!
「どうしよう、あのゲーム分かんなすぎて攻略見ながらやってた気がする……」
急に前世の記憶を思い出してしまったので、びっくりしてお水をこぼしてしまった。
「申し訳ありませんエリザ様! 私めになにかご不満でもありましたでしょうか?」
おつきの侍従を怖がらせてしまったらしい。気にしないでほしいが、今までさんざんいろんな人をいびってきた実績がある。怖がらせちゃってごめんね……と言うとびっくりされてしまった。
私はパーティが終わってすぐ、自分の書室に向かっていた。歩くたびに髪や胸が揺れる感覚が新鮮で落ち着かない。
鏡を見て息を飲む。紫の髪に大きな胸……これ、ゲームのキャラだから許されるけど、現実で見たら威圧感すごいよね。どうしてこの世界では『美』として成立してるんだろう? それにこの前世とは似てもつかない怖い私の顔。紫色の髪は艶やかで、瞳はまるで宝石のような輝きを放っている。誰が見ても美しい、そして完璧――だがその顔は冷酷で、どこか人を寄せ付けない。これが私? 前世の私とは何もかもが違う。この顔で人に憎まれる日々を送っていたのかと思うと、背筋が凍る思いがした。間違いない。あの憎たらしい悪役のエリザベートがそこにいた。
どうしよう。今までのやらかしが頭をよぎる。
取り巻きを作っては気に入らない格下の貴族に嫌がらせをして、贅沢三昧。いびってやめさせた使用人や家庭教師は数しれず。前世とは似ても似つかない性格になぜ生まれてしまったのか謎すぎる……。
私は自室の本を見ながら、前世の知識を可能な限り紙に書いていく。
ネットで見た考察記事とこの世界に来てからいやいや受けていた歴史の授業の知識とが頭の中で融合していた。
そのネット記事には『神聖でもアインス(1つという意味らしい)でも帝国でもない』と書かれていた。
神聖ローマ帝国? ってのがモチーフらしく皇帝の代わりに議長という役職があるとかいろいろ書いてあったけどちゃんと見ておけばよかった……。
私は自室の歴史の本を取り出して、それを読みふけりながら前世の拙い記憶を思い出そうとする。
攻略対象は5人。ゲームの内容はオーソドックスな学校で愛を育むストーリー。確かどのルートもヒロインと恋仲になって……悪のエリザベートが嫌がらせとかしてきて……最後にはエリザベートを断罪してハッピーエンドって流れだったはず。複雑な設定を放り投げてのルートの評判が悪かったのを覚えている。
断罪、その言葉が頭に突き刺さる。ゲームではザマァと思って眺めていたエリザベートの破滅が、今では私自身に降りかかる未来だなんて。歓声の中で振り下ろされる剣。その冷たさを想像しただけで、手の震えが止まらなかった。プレイヤーとしての安全な立場だった私が、今や断罪される側にいるなんて冗談じゃない!
でも、この世界の未来を知っているのは私だけだ。攻略サイトで散々調べた知識は、ヒロインの選択肢や攻略対象たちの性格、イベントの起こり方をある程度覚えている。あの時、分からないながらも必死にプレイしていたのが、まさかこんな形で役に立つなんて。
悪役令嬢エリザベートとしての立場を利用し、ゲームで知っている未来を変える糸口を探す、それが私の武器だ! ヒロインに嫌われるような振る舞いは避ける。攻略対象たちの信頼を少しでも得て、破滅ルートを回避する道を切り拓くのだ。彼らの性格や背景もゲームの記憶で知っている限り把握している。これを使わない手はない!
この世界はゲームではない。だけど、ゲームだった頃の記憶が私を救うはず。悪役令嬢の定められた結末なんかに縛られてたまるもんですか! 私は絶対に生き延びてみせる――この手で未来を書き換えてみせる!