1話 もう良いや
「はぁー」
俺の名前は黒河哲也。自分でも言うのもなんだが普通の男子高校生だ。
顔は普通で黒髪の少し癖っ毛で、身長も173㎝くらいだ。そんな至って普通な俺にも1つだけ特別なことがある。
「やぁ、哲也。待った?」
凛とした声。振り向くと俺と同じかほんの少し低いくらいの身長に金髪のショートヘア。幼さの抜けた綺麗な顔立ちの女の子がやって来た。
「いーや。別にそんなだな」
2人一緒に歩き出す。俺の特別なこと、それはこの学園の王子と呼ばれている不知火桃華と付き合っていることだ。俺は少し前に彼女に告白して付き合えることになった。
本当にOKしてもらえるとは思わず最初は嬉しかった。だが、彼女には問題があった。
「あ、桃華さん! 今日私と一緒にお昼ご飯食べませんか!」
「良いよ。じゃあ、それまでいい子にしててね」
そして近づいて来た女子生徒に頬にキスをして頭を撫でる。仮にも俺は彼氏なので良い気分はしない。
「なぁ桃華。それ、俺の前でやめてくれって前にも言っただろ」
「ごめんね。でも彼女はとても嬉しそうだったし、第一に君が僕に告白してきた時にある程度は我慢してもらうって言っただろ?」
「それでも限度があるだろう」
桃華が言ったように俺が彼女と付き合う条件が他の女の人とのやり取りに口を出さないことだった。
初めは手を繋いでいたり、ハグをしたりだったのが次第に頻度は増えていき、このような事も普通に増えた。
「学校についたね。それじゃ、また下校時間に」
「あぁ、またな」
俺たちはクラスが違うので下駄箱の所で自分たちのクラスへと向かう。
「ウィース」
「おー、哲也。おはよう」
「はよぅ」
俺に挨拶をしてきたのは太田慶太。茶色の髪に爽やかな顔立ちが印象的な男である。
「朝から見せつけられてな。気分がナーバスだよ」
「だから、俺たちは言ってるだろ? 早く別れた方が良いって」
「お? なんだ? やっと俺たちの言葉を聞く気になったのか?」
「俺たちはずっと言ってきただろ? あーゆうのは浮気とか平然とするから絶対に別れた方が良いって」
俺と慶太が話していると、中性的な顔立ちに160ちょいくらいの小柄な男の日比谷瑞波と彫りの深い顔立ちに体格の良い180センチほどある男の森谷裕司がきた。
「うーん。俺も最近すげ〜苦しいしな。別れることを考えてきてんだよな」
「そりゃ苦しいだろ。自分の彼女が目の前で堂々と浮気してるようなもんなんだから」
「俺だって自分の彼女があんなことしてたら、発狂するわ」
慶太と裕司がうんうんと頷いてる。言われてみれば確かにな。感覚が麻痺していたのかもしれない。
「でも、お前ら彼女いないじゃん」
「「それは言うな」」
瑞波の淡々としたツッコミに2人が声を重ねた。こいつらは彼女はいない。俺たち男子だけで良く遊んでることが多い。こいつら顔はいいなのにな。
「………良し、決めた。今日の放課後にあいつと話し合ってどうするかを決める」
「おー! もし別れることになったら俺たちの奢りでカラオケでも連れてってやるよ」
「おう! 俺たち3人でお前の分くらい出してやるよ」
「おい! なんで俺まで入れてんだよ」
「別に良いじゃん。瑞波んち超金持ちなんだから、友達の慰安会くらい俺たちで出してやろうぜ」
裕司が言ったように瑞波の家は超金持ちである。家に入ったことはないが俺たちでも知ってるほど日比谷家は凄い。
しばらくすると瑞波はため息をついて言った。
「ったく! しょうがねーな」
そんなくだらない話をして笑いながら盛り上がっている4人。もし、別れることになったとしてもこいつらがいるから俺は大丈夫だと思う。
>>>>>>>
放課後になって、俺は校門前で桃華を待っている。しばらくすると桃華がやって来た。
「お待たせ。じゃあ帰ろうか」
「あぁ。帰るか」
俺は今日、こいつの自分の考えをこいつに伝えてどうするかを決める。少しだけドキドキするがそれは俺が進むために必要なことだ。
「なぁ、桃華。やっぱり朝にやってたことはやめてくれないか」
「はぁ、またその話かい? だからそれは僕と付き合う為に我慢してくれって最初にも言ったじゃないか」
桃華はうんざりしたような表情で言ってのける。だけどここで引き下がったらいつものままなんだ。
「あぁ、俺もその条件を呑んだ。けどここまでとは思わなかったんだ」
「それは、しょうがないと思ってほしいな」
「だから、頼む。せめて俺の目の届く範囲ではやめてくれ」
俺は最後に自分が提示出来る限界を示して頼んだ。けれどその思いは届かなかった。
「君もしつこいな。そんなに嫌なら僕と別れるかい? 僕はどっちでも良いよ」
「……」
俺は最後の言葉を聞いて、思った。”どっちでも良い”。多分こいつの中では俺は居ても居なくても本当にどっちでも良いんだろう。
「もういいや」
「それが嫌ならーー」
「別れよう」
「……え?」
桃華は驚いくような顔をした。初めて見る顔だな。まさか俺から別れようなんて言うなんて思わなかったのか? それは違う。俺だって言う時は言うんだ。
「このまま付き合っても俺はしんどいだけだ。だから、別れよう」
「え? 冗談かい?」
「いーや、本気だ」
もう俺は決めた。多分このままだと俺の高校生活は何も楽しくない。ただ辛いだけだ。だから別れることにする。
「ふーん。言っとくけど後で復縁とかも無理だよ」
「別に良いよ」
「……あっそ。じゃあね」
そして桃華は背を向けて去っていく。俺は特に悲しくも辛くもなかった。それどころか晴れ晴れとした気分だ。
「ん〜! 良し、俺の青春はまだこれからだ!」
体を伸ばし、携帯を取り出して、4人グループの中にメッセージを入れた。
『別れを告げてやったぜ!』