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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ファンタジーもの

死にたがりどものロンド ~ 戦闘中なにもしない荷物持ちの少年を部屋に呼び出したら、チームのリーダーと決闘する羽目になった件

・イース : 男 : 前衛戦士 : 剣、盾、鎖帷子(かたびら)、胸当て、手甲、脚甲。


・ミランダ : 女 : 前衛槍士 : 槍、胸当て、手甲、『魔法盾』の指輪


・エヴァ(エヴァンジェリン) : 女 : 後衛術士 : 魔法仗、魔法のローブ、革のコルセット、革の手甲


・カーム : 男?後衛荷物持ち : 布の服、背嚢




※このお話は、「家紋武範」さん主催「約束企画」参加作品です。



「カーム、あとで、俺の部屋に来て欲しい。今後のことで男同士話し合おう」



 ダンジョン街にある冒険者ギルド。

 その隣に併設されている宿屋兼食堂の《野良犬亭》での打ち上げ中、俺ことイースは、荷物持ちとしてチームに随行する線の細い少年に声をかける。



 夜の(とばり)が降りた頃。《野良犬亭》の一階は食堂になっており、そこでは、ダンジョンから帰還した冒険者たちで埋め尽くされていた。


 安くて量が多いのが特徴の《野良犬亭》は、食事だけではなく酒やデザートなどのメニューもたくさんの種類を揃えている。


 冒険者ギルドの隣で営業している《野良犬亭》は、その立地上冒険者御用達となっていて、長期の滞在も可能。

 元々ソロでダンジョンに挑んでいた俺も、常駐宿として長く利用させてもらっている。


 3人組の冒険者に勧誘されて4人チームになったあとも、チーム4人で数日おきに朝早くダンジョンに挑み、夕方には帰還して、こうして打ち上げを兼ねた食事をとるのが恒例になっていた。



「………………わかりました」



 返事にだいぶ間があったが、口に詰めた食べ物をもぐもぐごくんしていただけで、特になにもない、と思う。


 表情の乏しい少年が頷く様子を見ているのも、なんだか気まずいというか変な感じになってくるから不思議なものだ。



「明日は休日にしているのだけれど、長話はほどほどにして、早く休むのよ?」



 チームリーダーのミランダはリーダーらしい気遣いをするが、



「…………はぁ、おいし」



 術士のエヴァは、マイペースにデザートのフルーツタルトをつついていた。



「…………食べなさいよ」



 タルトをホールで頼んで4人でシェアするのは、最初は驚いた。

 だが、同じテーブルを囲んで同じデザートを分けあって食べるというのは、チームの連帯感を強める効果があるような気もする。


 だからといって、元々ソロでダンジョンに挑んでいた俺が、チームに勧誘されてまだ1ヶ月ほど。


 輝くような金髪美女のミランダと、マイペースな銀髪美少女のエヴァと、線の細い中性的なカームの3人に対して、チームに参加したばかりの俺では、どうしても気後れしてしまう。


 いまだに慣れないものの、普段食べないちょっと値の張るデザートをありがたくいただく。……まあ、食事代はチーム共通の財布から出るので、気にする必要はないかもしれないけれどな。慣れるにはもう少しかかると思うが。


「じゃあ、俺は先に部屋に戻ってる。支払いは、任せていいんだな? リーダー?」


「ええ。任されましたわ。パーティー共有の財布は、あなたの取り分からも天引きされているので、遠慮は必要ありません」


「分かった。じゃあ、あとでな」


 鷹揚に頷くミランダに頷き返し、カームに呼び掛けると、自分の食事をゆっくりもそもそと食べながらちょこんと頭を下げていた。




 宿の部屋に戻り、装備の点検をしながらカームを待つ。


 剣、盾、鉄の胸当て、鎖帷子(くさりかたびら)、革製の上着、鉄の手甲に脚甲。


 汚れを落としたり、さび止めの油を塗ったり、留め具が緩んだり壊れたりしてないかなど、一人でできるところはやっていく。


 装備の点検と整備が終わった頃、ドアがノックされたので、開いてるぞ、と声をかける。


 失礼します。と一声かけてから、静かにドアを開けて部屋に入ってくるカーム。


 普段から無表情な線の細い少年は、妙に動きが固いようにも思えるが、今は気にしないことにした。


「来てくれてありがとう。ちょうど今、装備の点検が終わったところだ」


「いえ、礼には及びません。呼ばれたから来ただけですので」


 固っ苦しい返事にため息つきたくなるが、まずはイスに座るよう促してから、そんな素振りを見せないように語り出す。


「カーム、いいづらいことなんだが……」


「チーム、やめますか?」


 カームは、普段は誰かが話しているときに口を挟むことはまずない。

 やはり、少し緊張しているのかもしれない。

 そして、なにか勘違いしているようだ。


「いや、そうじゃない。まずは俺の話を聞いてくれるか?」


 無言だがしっかり頷くのを確認してから、続きを言う。


「いいづらいことなんだが、カームは、戦闘中はどうしてなにもしないんだ? 腰に差しているナイフは解体専用みたいだし、ダンジョンに挑むのに防具も身に付けていないのが、どうしても気になってな」


 3人の小規模なチームでありながら、《三ツ首》のチーム名はこのダンジョン街で知らないものはいないといえるほど有名な新進気鋭で勢いのあるチームだ。


 当然、俺も知っていた。


 スピード重視の軽装槍士、複数の属性を使い分ける術士、荷物持ちの3人組。


 3人とも、それぞれの役割を存分に生かし、ダンジョンを攻略し続けている。


 それでいて、決して(おご)らず実力を見誤ることもなく、堅実に進んでいく様子は、チームとしてのバランスは悪そうでありながら、誰の眼から見ても安定しており、引き抜きの勧誘やチームに加えて欲しいとの売り込みがひっきりなしで大変そうだと思っていた。


 そして、俺には関係ないことだとも。


 だから、チームリーダーのミランダから勧誘されたときは驚いたし、勢いのあるチームの足を引っ張らないように、俺も前衛として精一杯やってきたつもりだ。


 もちろん、3人にも目を配り、戦闘中でも余裕さえあれば3人の動きを見て学べるところは学ぼうとしていた。


 だから、気づいた。


 いや、遅かれ早かれ、いずれは気づいたと思う。



 ミランダとエヴァの様子をつぶさに観察し、甲斐甲斐しく世話をし、魔物が落としたドロップアイテムをせっせと拾い、移動中の警戒や罠の発見・解除もするのに。


 戦闘中は、なにすることなくただ突っ立っているカームのことは、戦闘の様子を見たものなら、誰でも気づくと思う。


 待機しているのとも違う。役割分担とも違う。

 そもそも、身を守ろうとしていない。


 数に押し負けてカームに魔物が迫ったときも、弓矢や魔法などの遠距離攻撃で狙われたときも、カームは、自身の危険にまるで無頓着だった。


 それでは困ると、改善の糸口を見つけるべくカームと話し合おうとして呼び出した。



 そういうことを、一つ一つ説明して、カームがなぜ()()なのかを問いただせば。



「…………あはっ」



 なぜか、(ワラ)った。



「姉様……ミランダ様と、約束しているんです。死が二人をを別つ時まで、ずっと一緒だって。どちらかが死んだら、必ずすぐさまあとを追うと。エヴァ様もそれに了承済みですよ」



 ……え? まてまて、情報量が多い。じゃなくて、濃い。というか重い。


 姉様? 約束? あとを追う? エヴァも?


 あまりの言葉に、理解が追い付かない。


 それじゃあ、まるで……。




 …………まるで、死ぬために無防備を決め込んでいるようじゃないか。




 しかし、その理屈はおかしいことにすぐ気づく。


 リーダーのミランダは、目の前の少年カームを大事に扱っているから。


 決して死なせまいと、縦横無尽に駆け回り、守り通してきたのは、俺は身をもって知っている。


 だというのに、すぐにあとを追う? 意味が分からない。


 いや、それよりはまず、


「カーム、きみは死にたいのか? そして、ミランダたちを死なせたいのか?」


 困惑した頭で問いただせば、


「いいえ? 姉様たちを死なせたくありません」


「なら、どうしてっ?」


 無表情できょとんと首をかしげる少年に、だんだん腹が立ってきた。


「どうしてって…………姉様に、『戦闘中はなにもしなくていい。私があなたを守るから』と言われましたので」




 片手で顔を覆ってため息を吐いた。


 いやそれは、戦力外通告というか、戦闘ではまるで役に立たないと言われたようなものだが?


 話をするほどに、余計に話が分からなくなってきた。



 ……仕方ない。疲れるからあまりやりたくないが……。



「…………《妖精の眼》、発動」



 あらゆるものを見通す魔眼、《妖精の眼》。


 視界に入った情報を、()()()()()()()ような形で解析する魔眼。


 ただそれだけの能力だが、少し使っただけでもかなり眼が疲れるので、ダンジョン内では使えない。


 あらゆるものを知れるが、制約も多い魔眼だ。


 その魔眼で知り得た情報のうち、今必要な一部だけを認識する。

 視界に入ったすべての情報を認識しようとすると、眼と頭に凄まじいまでの痛みがはしるので、必要な情報だけにとどめておく必要があった。




 ・名前 : カーラ 性別 : 女性 職業 : 奴隷

 特記事項 : アーロンダイト侯爵家次女。




 カーラって誰だ!? いや、カームが偽名なんだろうがな。それに、ほんとは女だったのかよ。


 それよりもだ。職業と特記事項! 侯爵家の次女でありながら、奴隷ってなんだ!? 


 ミランダのことを姉様と口走ったことから、ミランダは侯爵家の長女なのかもしれんが、奴隷なのに大事に扱われているって、どういうこと……?


 いや、奴隷を粗末に扱う者は、それだけで程度が知れるというものだが、姉が妹を奴隷にするとか? 意味分からんのだが?



 大きく、ため息を吐く。


 それで少しは落ち着いたが、知ってしまった以上無視できないことばかり。

 少なくとも、ミランダとしっかり話し合う必要があるようだ。


 額に手を当てて、眼を休ませつつ考えをまとめていると、カーム……カーラ、が立ち上がり俺をベッドに押し倒して馬乗りになってきた。



「イース様、僕のことは好きにして構いませんから、姉様には干渉しないでくださいね?」


「…………はぁ、これは、きみのことでもある。そして、チーム全体のことでもある。ミランダと、話をしてみないことには」


「姉様には姉様の考えがあります。僕は、それに従うまでです。そして、姉様は私が守ります」



 なんというか、急に饒舌になってるな。

 ミランダとカームの関係を説明しなかったのはまだいいとして、戦闘中は棒立ちなのに守るとか、あれこれ矛盾してるな。

 一人称も、僕と私が混ざってるし。

 たぶん、それが素なんだろうけどな。



 まあ、とりあえず。



 すばやく体を入れ替えてカームをベッドをうつ伏せに押し付け、絞め落とした。


 気絶したのを確認したらすぐに離れて、ちょっと心配になったので息があることは確認したら、毛布をかけて部屋を出て鍵を掛ける。


 ドアを閉める音に紛れて、いくじなし、と言われたような気がしたが、気のせいだということにした。


 いや、くたっと脱力してたから、気絶したよね?




 その後、下の食堂に降りると、おかみさんは帳簿をつけているところだった。


 仲間が部屋のベッドで眠ってしまったから、別の部屋は借りれるかと相談してみる。

 金はあるし、毛布だけでも借りられたら倉庫でも構わないと言ってみれば、部屋の空きはあるから好きに使えと、3人の部屋から少し離れた部屋の鍵を渡されてなんだかホッとしてしまった。


 その様子を見られて少し問い詰められるが、ある程度信用はあるようで、いくつか質問に答えるだけで解放してくれた。


 ……ああ、金は今持ってきてないから、後払いになるな……。


 そんなことをつぶやけば、バシンと背中をはたかれて、後でいいからさっさと寝な! と追い払われてしまう。




 ……心配かけるくらいには、ひどい顔をしていたのかもしれない……。




 一夜だけ借りた部屋の鍵をしっかり掛けて、さっさと寝ることにした。




 翌日、いつもより早く目が覚めた俺は、朝食の仕込みをしている旦那さんに一声かけて一夜だけ借りた部屋の鍵を返してから、自室に戻る。


 部屋のドアをそっと開けて静かに入れば、カーム……本当の名前は、カーラか……は、俺のベッドですやすやと眠っているようだ。



 仰向けに眠っているカーラは、毛布が腹くらいまでめくれていて、ボタンが胸元まで外れていて、普段からきつく巻いていたのであろうサラシがほどけて、胸の膨らみが分かる状態だった。


 無防備な女が普段自分が使っているベッドで眠っている様子は、どこか扇情的にも思えたが……。


 毛布を首もとまで引き上げて、なんとなく、……本当になんとなく、頭をそっと撫でてから、静かに部屋を出ようとした。



「…………いくじなし」



 今度は聞き間違いじゃない。


 実は起きていたのか。そう思うと、なんだか自分だけ空回りしているようで、大きなため息を吐く。



「男のくせに、なにもしないんですか?」



 視線を向けてみれば、毛布で口元まで隠しながらも、挑発的な目で見つめてくるカーラ。


 まあ、まだその誘いには乗らないけれどな。



「男だからって、誰もが変なことするとは限らんよ。パーティーの仲間のことは、大切にするものだ」



「僕は……私は、やっぱり、魅力ないですか? 手を出すほどの価値はないですか?」



 毛布で目元までしか見えないが、それでも、目に見えてしょぼんとしているカーラのことをかわいいと思いながらも、そんなんじゃないと頭を撫でてやる。


 それだけで、犬みたいに嬉しそうにするのだから、本当にこの娘はよく分からんと内心でため息をつく。



「まだ早い時間だ。寝てなさい」


「…………あはっ」



 何がおかしいのか、よく分からんタイミングで笑う少女を置いて、部屋を出て鍵を閉める。




 頭の中は、少年に偽装していた少女が、どうすれば奴隷から解放されるかでいっぱいだった。




「ミランダ、大事な話がある。今日予定があったらキャンセルしてくれ」


 全員集まっての朝食が終わったタイミングで、3人を見渡してからチームリーダーのミランダに強めの口調で語り掛ける。


「構いませんわ。元々お休みですもの。なんのお話?」


「ありがとう。詳しくは、1時間後、冒険者ギルドの地下訓練場で」


「分かりましたわ。久しぶりに訓練をするつもりなのね」


 俺の表情か、態度か、雰囲気か。彼女なりに、なにか察するところがあったらしい。


 ……まあ、俺がやりたいのは訓練じゃないけどな。




 冒険者ギルドに地下の訓練場を利用する許可をもらい、立ち入りも制限してもらって1時間後。


 ミランダ、エヴァ、カーラの3人が訓練場に現れる。


 この3人に俺が加わり、チーム名は《キマイラ》に変更された。


 4人となり、チームが格段に安定したと喜ぶ3人を見続けて、1ヶ月。

 加入した当時は、こんなことになるとは思っていなかったが。


 闘志燃えるミランダに向けて、白い手袋を投げつける。

 床に落ちる前にすばやく受け取るのが、なんともミランダらしいと思う。


「イース、これはどういうこと? ことと次第によっては、わたくしも考えがありますわよ?」


「どうって、白い手袋を相手に投げるのが、貴族流の決闘の申し込み方なんだろ? 俺、イースは、ミランダに決闘を申し込む。アーロンダイト侯爵家長女のミランダ・アーロンダイトに」


「ふむ…………。わたくし、あなたにそのような世迷い言を教えたかしら? ……それとも?」


 闘志をむき出しにした視線をカーラに向けるミランダ。

 それは違うと俺が即座に否定した。



「《妖精の眼》ってスキル、知ってるか?」


「……ええ。噂程度なら」


「それで、()()知った。本来なら、人知れず抹殺されてもおかしくない秘密だろうが」


「ですが、あなたは余人に言いふらしたりはしません」


 他人に漏らしたりしないって言おうとしたら、なぜかミランダの方から断言された。


「そんなことより、この決闘は、どういう意味が?」



 視線に、射貫かれる。



 ごまかしは許さない。くだらないことなら容赦しないと、ミランダの碧眼が語っているようだ。



 呼吸を、ひとつ。



「それは、俺が勝ったら、カーム、いや、カーラを奴隷から解放してくれ。君たち3人で、《三ツ首》だろう? それぞれのことを大切に思っているはずだ。俺はチームの新参者だから、チームの方針に口を出さないようにしてきたが、それでも、これからもダンジョンの最深部を目指すというのなら、装備も見直すべきだし、なにより、カーラだけでなく、3人とももっと安全策をとるべきだ」




「………………あはっ♪」




 ミランダが、なんかつい最近見たことある(ワラ)い方をする。


 さすが姉妹。楽しそうな嗤い方はそっくりだな。




「俺が負けたら、仕留めるなり追放するなり、好きにしてくれ」




「……あはっ、あははっ♪」




 実に楽しそうな嗤い方。

 決闘なんて方法をとって、早くも後悔していた。

 ミランダの速さと槍(さば)きは、俺の防御を易々とすり抜ける。

 模擬戦で勝ったことなど一度もない。

 だが、俺だって、負けたいとは思わない。

 勝ちたい。勝って、カーラを自由にしてあげたい。

 ただ言いなりになるだけでなく、自分で考えてより良い結果を引き寄せるように行動してもらいたい。


 なにより、死んでほしくない。


 ダンジョンという、危険な場所で戦う日々だ。傷はつきもの。


 だが、死んでしまったら、未来がない。


 チームの目標、夢を、掴み取ることができない。


 俺は、ミランダと、エヴァと、カーラとなら、誰も到達したことのない最深部まで行けると思っているから。




 だから、今ここで、負けるわけにはいかない。




「あははははははっ!! いいわ! イース、あなたを打ち負かして奴隷2号にしてあげる!!」




 今の俺が、出せる全力を。




「《妖精の眼》、発動!」




 まばたきする一瞬でミランダが迫り、槍を一閃。

 小手調べなんかじゃない。この一撃で倒すつもりの全力の一突き。


 普段なら、これで終わる。だが、《妖精の眼》を発動していれば、ほんの数瞬先ではあるが、未来視すら可能となる。


 盾で槍を打ち払い、剣の柄尻を叩き込む、つもりだったが、あと一歩のところで避けられた。


 普段より格段に反応が速い俺に警戒してか、ミランダは距離をとって様子見するようだ。


 だが、逃がさない。


 普段はチームの壁として一番前で動かないことを(よし)としているが、今は、積極的に距離を詰めて槍をいなし、剣を振るう。


 速度はミランダの方が数段上。

 だが、反応速度は、今の俺の方が上だ。


 盾で攻撃の起こりを潰し、避ける先に剣を振るい、追いすがる。



 もっと、もっとだ。もっと速く。



《妖精の眼》、俺のスキルよ、俺に、応えろ!



「あはっ! あははっ! わたくしの思った通り! やはりあなたは、イースは、最高ね!! わたくしより遅いのに、わたくしよりずっと速い!!」



 言葉と共に槍が突き出され、払われ、振り下ろされ、そのすべてを盾で、剣で、防ぎ、反らし、いなし、踊るように舞うように攻撃しながら逃げ続けるミランダに追いすがる。


 こっちはほとんど全力で走って距離を詰めているのに、槍で突きながらのミランダとの距離はなかなか縮まらない。



「あいにくと、()()は制限付きでな! だから」


 早く終わらせたい。そんな気持ちが出てしまっていたのか、ミランダは突くのをやめて全力で距離をとった。それに合わせて、俺も足を止める。



 槍を右手で持ち、這うような前傾姿勢。

 仮に突進されたところで盾で弾けばいいが、位置がちょっとまずい。

 俺の後ろには、エヴァもカーラもいる。



「わたくしの全力、受け止めてくださる?」



 女にそういわれたなら、応えなきゃ男じゃねぇだろ。




 ……なんか、間違ってる気がしないでもないが。




「こい。受け止めてやる」




「……あはっ♪」




 輝くような笑顔で、力をためてためて、射ち出された矢のように走って、飛び上がり、




「全身全霊、《ルー・バリスタ》」




 能面のような無表情になり、空中から、文字通り全身全霊の槍が投擲された。




 矢よりも速く迫るそれは、ミランダの髪の色のように(まばゆ)く輝き一条の光と化した。




 受ければ盾ごと貫かれる。風穴が開く程度で終わればいい方。




 チャンスは一瞬。こちらもまた、持てるすべてをこの一瞬に注ぎ込む!!




「全身全霊! 《シールドバッシュ》ッオラァッ!!」




 槍が直撃する一瞬に、盾で下からカチ上げた。



 槍は()れて壁かどこかへ突き刺さり、盛大な破砕音がする中で、壊れた左腕を無視して距離を詰め、着地したミランダの首に剣を突きつけた。




「俺の、勝ちだ」




「…………あはっ! あははっ! すごいっ! すごいっ! それがイースの全力!? この力があれば、わたくしたちは、もっと高みへいける! 誰も見たことのない、誰も到達したことのない、ダンジョンの最深部へ!!」



 大丈夫かミランダ? テンション上がり過ぎて、口調も怪しくなってるぞ?


 仲間内で全力全開の殺しあいとか、本当に馬鹿馬鹿しいんだが、ミランダは笑いが止まらなくなっているな。



 ……? 皮肉のひとつも言ってやろうと、言葉にしたつもりだったが……。



 なに一つ、言葉にできず。



 視界が、赤一色に染まり、暗転した。











※※※











※※





















 ……目を、開けようとしたら、上からそっと押さえつけられて、開けられなかった。




 …………んっがっ!? い、痛い痛い痛いいぃぃっ!?


 両目と、頭の中が、割れるように痛い!


 のたうち回って暴れたいくらい理不尽に痛い!!


「…………イース、起きたね? すごく痛いね?」


 その声は、エヴァか? なにが起きてる? 今どんな状況なんだ?


 ……ああああ……痛くて痛くて声が出ないぃぃぃ……。痛い、痛いぃぃ……。


「医者の見立てだと、両目が失明するか頭に異常が残って冒険者なんかできなくなるかもしれないって。最悪は、もう二度と目を覚まさないかもしれないと。それと、左腕。無茶しすぎ。腕も二度と動かなくなるとまで言われてた。だから、私とミラ姉とカーラの魔力を全部注ぎ込んで、それでも足りないから、私の生命力を少しずつ譲渡してたところ」


 ……痛い……が、今、なんて言った? 生命力、だと?


「あ、痛みに(もだ)えるのが止まったね。ちゃんと聞こえたかな?」


「…………エ……ヴァ…………。どう、して……?」


「どうして? それはこちらのセリフ。どうして、ミラ姉と決闘とかしたの? ちゃんと話し合えばよかったのに」


 エヴァに冷静に言われて、その手があったか、と脱力した。

 直後に、気づく。


「……せ、い……命……?」


「ん? 私の心配してくれてる? ありがとう。でも大丈夫。生命力を相手に譲渡して命を繋ぎ止めるっていう、ちょっと珍しい魔法を使ってただけだから」


「…………げほっ、ごほっ! バカかお前!? なんで、生命力とか、使う……うう痛てぇ…………」


「バカもこちらのセリフ。《妖精の眼》は珍しいスキルではあるけれど、だからこそ有名。術士系を除くと、学者みたいな知力高い職業じゃないと反動が危険なスキルだと有名なのに、知らないの?」


 呆れたような、エヴァの声が突き刺さる。


 知らなかったよそんなこと。この眼のことを教えてくれた人も、詳しくは知らなかったみたいだし。

 それに、冒険者ギルドにあった、スキルに関しての書物にも載ってなかったぞ。


「……まあ、血統スキルとか呼ばれる、親から子へ受け継がれていくスキルの中では有名で、有識者は知ってても一般の人は知らなくて当然だけど」


 なんなんだよ、もう。

 大きく息を吸って、吐いて、体の力を抜く。


「もう2~3日、目を開けないで。その間ベッドからも出ないで。世話はするから。主にカーラが」


 一方的に言うだけ言って、エヴァは部屋から出ていってしまった。


 なんか、俺が混乱しているうちに逃げた感じだけど、落ち着いた状態で礼を言いたかったな。

 下手すると、もう目を覚まさなかったかもしれないんだろ?

 それを、何日か目を開けられないほど弱っているとはいえ、ちゃんと目を覚ます程度には回復してくれたのだから。


 痛みが落ち着いたら、今度は腹が減っているのを自覚してしまう。


「……あー、腹減った……」


「お待たせしました」


 独り言を言った直後に、カーラが部屋に入ってきたようだ。

 どうかしたのかと声をかける前に、良い香りが漂ってくる。


「麦と野菜のおかゆを作ってきました。食べさせてあげますから、目を開けないように、腕を動かさないようにしてくださいね?」


 どことなく楽しそうなカーラに少しの違和感を覚えるが、空腹には抗えず。


「ちゃんとふーふーしてあげますからね」


 あはっ。赤ちゃんみたい。などと言われながら、麦がゆを食べさせてもらい、体を拭いてもらって、包帯を取り替えてから目の包帯を外さないように念押しされて、食器と共にカーラは去っていった。



 食事をすれば今度は眠くなってしまうが、



「わたくしが来てあげましたわ」



 なんというか、自信満々なミランダがノックもなしに部屋に入ってきた。

 来てあげたのだから、さあ喜べ。とでも言いたげだ。


 その様子に、決闘したこととか結局殺し合いになってしまったことに対するわだかまりとかは感じられない。


「少し、お話をしましょう。よろしくて?」


「途中で寝てしまうかもしれないが、それでいいなら」


 情けない話だが、眠気をこらえられるか自信がない。


 そんな俺の様子を気にした風もなく、語られた内容は、ミランダとカーラの実家と、エヴァのこと。



 アーロンダイト侯爵家は政治屋。

 幼い長女ミランダと腹違いの妹カーラに求められたのは、政治力。

 澄ました顔で煙に巻き、言と論で相手を屈服させよと。


 しかし、ミランダは体づくりとして槍術を習ったことで、論より武に興味がいってしまい、勉強そっちのけで槍ばかり振っていたそうだ。


 次女のカーラは、各地の特産品などには興味を示すものの、覚えも悪く、次女ということもあり、早々に嫁に出されることが決まっていた。

 しかも、相手は親子ほど年の差がある男性で、愛妾はいても正妻がいない貴族。

 そんな男と、家同士の繋がりを強化するために嫁に出されることに、姉であるミランダが反発。カーラを連れて出奔してしまったという。


 しばらくは、二人で冒険者として生計を立てていたものの、似たような理由で家を出たエヴァと出会い、チームを組んだのだという。


 エヴァの実家は、ガーラテイン伯爵家。

 代々、国の騎士を取りまとめる武の家柄。

 そのため、剣や槍はからっきしで魔法に適正があるエヴァは、親兄弟からきちんと愛され雑には扱われなかったものの、なんとも居心地が悪かったそうで。


 アーロンダイト侯爵家の娘二人が出奔したという噂を聞き、二人を実家に連れ戻す体で、エヴァも冒険者になったとか。


 すでに帰る場所はないと、死に場所を求めダンジョンに潜るミランダとカーラ。


 伯爵家で迎え入れることはできると説得しつつも、まだ誰も見たことのない場所、という風景に魅力を感じているエヴァ。


 性格は違えど、なんだかんだで馬の合う3人でなら、ダンジョンの最深部、まだ誰も見たことのない場所を見ることができるのではと、日々ダンジョンに挑んでいるという。


 見目麗しい3人に言い寄る者も多かったため、男がいれば煩わしい勧誘は減るのではとカーラが髪を切り胸にさらしを巻いて男装したことで、煩わしさは少しはましになった。


 しかし、今度は、カームと名を変えたカーラを捨ててチームに合流しろという勧誘が増え、煩わしいことが増えてしまった矢先のこと。


 一人で黙々とダンジョンに潜る、盾を扱う男性を見つけたという。


 こちらを認識しても色目を使うこともせず、チームにいれて欲しいとかもなく、ただひたすらに、一人でダンジョンに挑んでいる姿を見て、初めて『欲しい』と思ったそうな。


 前衛としても、チームの守りとしても、煩わしい勧誘避けとしても。



 イースが加入した当初はその程度の認識だった。


 だが、普段口数が少ないイースは、必要なときは声をかけてくるし、いつも前衛の守りとして懸命に体を張って守ってくれるし、なにより目線が優しい。そしてエロくない(重要)。


 普段の行いの積み重ねによって信頼できると判断した矢先に、とても重要なことが発覚した。


 自室に招いた相手が女と発覚したのに、まったくなにもせず、むしろ大事に扱われたと。


 当の本人であるカーラだけでなく、ミランダもエヴァも、強い衝撃を受けたのだという。

 そして、これまではただ煩わしかった男に対する認識が、揺さぶられることに。


 その直後の決闘騒ぎでやり過ぎてしまったものの、ミランダ自身の全力を受け止めてもらったことで、(こじ)れた想いが溢れてしまったと。


 この人となら、きっと一緒に目的を果たすことができる。

 この人になら、殺されてもいい。

 この人なら、死んだあとを追っても悔いはない。


 いろんな想いが溢れて、絡み合って、焦がれて拗れて、イースが意識を失っている間、会いたくて 会いたくてたまらなかったと。



 そこまで聞いて、はたと気づく。


 これはまるで、愛の告白ではないかと。


 そして、何気なく口走ってしまう。



「ええ。わたくしミランダ・アーロンダイトは、イースを愛しています。病めるときも健やかなるときも、共に歩むことを誓いますわ。死が二人を別つその時まで」



 突然の告白。あまりにも突然すぎて、頭がついていかない。


 目が見えず、左腕も動かない今の状況では、ただただ混乱するばかり。



「もちろん、イースが男色で女に興味がないとしても、尊重しますわ」



 たしなみなのでしょう? と挑発的に言うミランダ。


「異義あり。それは違うぞ。ミランダやエヴァやカーラに興味がないわけじゃない。むしろ、興味があっても立ち居振舞いから貴族とかだろうとは思ってたし、遊びで手なんか出せるか」


 大きく息を吸って、言い放つ。言わなくてもいいことを。


「なにより、同じチームの仲間だ。大切に思って当然だろ。俺だって……」


 勢い余って『愛している』と言いかけて、すんでのところで口をつぐんだ。


 自分の気持ちに整理がついていないのに、勢いで口走っていい言葉ではないと。


 だが、そんな、大事にしているチームのリーダーは、


「俺だって、……続きは、なんですの?」


 目が見えず、ほとんど身動きもできないイースに馬乗りになって、愛おしげに包帯の巻かれた目を撫でた。


「言わせてみようかしら? それとも、言えないようにしてあげようかしら?」


 蠱惑的なミランダの言葉に、唾を飲み込む。



「……あはっ♪ 愛していますわ、イース。わたくしも、カーラもエヴァも、生涯大切にしてくださいね?」



 それはそれは楽しそうに、ミランダが愛を(ささや)く。



「……その代わり、わたくしたちのすべてを差し上げますから♪」



 そうまで言われて、ノーを突きつけることができるヤツはいるだろうか?


 いや、そんなヤツはいないと断言できる。



「もう、逃がしませんわよ♪」


 この後めちゃくちゃ看病された。傷が治る数日に渡って。

 三人が、代わる代わる。





・イース : 男 : 中肉中背 : 髪/目の色 : 赤/赤。

 貧乏な農村の生まれ。

 食い扶持を求めて冒険者になった。

 体格には恵まれなかったが、真面目で誠実な性格で剣と盾の扱いが得意。

 チームとなった三人と、後に恋仲になった。




・ミランダ : 女 : 長身巨乳 : 髪/目の色 : 金/碧。

 アーロンダイト侯爵家の長女。

 政治力を求められるも、槍にばかり興味がいってしまい父親から呆れられることに。

 腹違いの妹であるカーラの嫁ぎ先がひどいものだと判断し実家を出奔。

 カーラと、死が二人を別つ時まで共に在ろうと約束をし、片方が死んだらすぐさまその後を追うとも約束していた。

 エヴァとは実家の付き合い。




・エヴァ(エヴァンジェリン) : 女 : 低身長 : 髪/目の色 : 銀/紫。

 ガーラテイン伯爵家の次女。

 家族には恵まれたものの、求められているのは武力であり、魔法が得意な自身は肩身が狭い思いをしていた。

 ミランダが出奔したという話を聞き、実家の伯爵家に連れ帰ることができないか画策し合流する。

 いずれ、イース共々みんなで実家の伯爵家に行く予定。




・カーム(カーラ) : 女 : 細身中背 : 髪/目の色 : 茶/碧。

 アーロンダイト侯爵家の次女。

 ミランダとは腹違いの妹。

 おとなしい性格で、姉には溺愛されていたが、政略結婚の材料にされそうになった際姉に連れられて実家を出奔。

 細かいことに気を配るのが得意なため、チームの斥候役に。

 なぜ奴隷になっていたかは不明だが、姉と共に在るために、自らの意思でなったと思われる。


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[良い点] 約束企画から来ました。 面白く読ませていただきました! 特に決闘を申し込んだシーン! びっくりしました。カーラさんを解放というイースさんの要求にすっごく誠実な男らしさを感じました。 しかし…
[良い点] 「約束企画」から拝読させていただきました。 四人とも魅力的なキャラですが、イースはいかにも誠実で仲間思い。 モテるのもさもありなんですね。
[一言] 「死にたがりどものロンド」の名の通りですね。 楽しく読ませて頂きました。 イースは誠実な男性ですね。 好かれるのもわかる……と思いつつ、あとがきの「3人と恋仲」を見てびっくり。 まぁ、モテる…
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