冒険者登録(3)
ルディランズ・マラハイト。
ブレアは、自分の一歩斜め前を歩く青年の後ろ姿を見て、その名前を思い出す。
一歩歩く度、ブレアの首元で小さく金属のこすれる音がする。
首輪の金具が立てる音だ。
奴隷、という身分になったのは、二ヶ月前。
住んでいた村が滅び、一切の財産を失ってしまったためだ。
その後、何とか冒険者として生計を立てようかともしたが、生まれた村から一歩も出たこともなかった世間知らずが災いして、だまされた。
多額の借金を背負うことになり、奴隷になったのだ。
それから、奴隷として、買われるための勉強をして、店に出て二日後に、ルディランズという男が、奴隷としてブレアを買った。
ルディランズは、冒険者で、魔術師だという。
白髪交じりの黒髪に、力の抜けた緑の垂れ目。
どことなく年齢不詳で、少し胡散臭くもある。
外見だけなら、緩い、とも言えるのだが、その目に見られると、よく分からない緊張を強いられる。
奴隷を買いに来たルディランズは、ブレアの入っていた檻の前で、ブレアを見た。
思わず目が合い、何故かよく分からない緊張を受けて、視線をそらした。
そうして、流れに身を任せるうちに、ブレアはルディランズの奴隷となっていた。
ついでに、よく分からない儀式も受けて、よく分からない役目も引き受けたが。
「さて・・・・・・」
ルディランズが、ブレアに振り返る。
「まず、服からだな」
「・・・・・・装備からでは?」
「いや、装備の下に着る服もあるし、そもそも普段使いできる服をきちんと用意できんと、俺がエリーナさんに怒られる」
「・・・・・・えっと・・・・・・」
はっはっは、と笑うルディランズに、ブレアはどうしようか、と困惑する。
奴隷、というのが、それほど不当な扱いを受けない、というのは知っている。
だが、それにしては、扱いがよすぎる気もする。
昨日など、いきなり現れ、冒険者としてのライセンスカードも持っていない状態だったというのに、クランメンバーの皆も、あっさりと受け入れてくれた。
「・・・・・・・・・・・・」
戸惑い、というのはある。
正直、冒険者になりたてだったころより、奴隷になった今の方が、いろいろと扱いがよく感じる。
そのことに関する、なんとも言えないもどかしさだ。
「ご主人様は、変わった方ですね」
「たまに言われるな」
「たまに、ですか?」
「おう。一日に一回くらい」
それはたまにとは言わない、というツッコミは飲み込んで、ブレアはルディランズの顔を見る。
「それに、私を買うときにした、あの・・・・・・」
言いよどむブレアに、ルディランズは首を傾げる。
通常、奴隷を買う場合にする契約と言えば、奴隷の首輪の所有権と操作権を主人に設定するものだ。
ただ、ルディランズはその時、ブレアに対して、別の契約魔術を発動させている。
「ああ、使い魔の?」
使い魔。
それこそ、ルディランズから与えられた、ブレアのもう一つの役割だ。
奴隷商館で、妙な儀式をして、本来持っていた名前を取られて、ブレア・フェスという新しい名前をもらった。
そうして、ブレアはルディランズの使い魔兼奴隷として、ここにいる。
使い魔、としての役割の方が、ルディランズにとっては大事らしく、あまり奴隷らしく扱おう、という気配を感じない。
それを、よいこと、と捉えていいのか、分からない。
ブレアには、使い魔、というものが、まずよく分からないからだ。
「使い魔、とは、何をすればよいのでしょうか?」
「普段は、俺の身の回りの世話をしていればよい」
「奴隷の仕事と同じですね」
「ついでに、俺は冒険者だからな。冒険にも連れて行くぞ?」
「・・・・・・私、戦えませんが・・・・・・」
「だから、使い魔だ」
ぴし、とこちらを指差して、ルディランズは堂々と告げる。
が、妙に格好がつかない。
「・・・・・・よく、分かりません」
「魔術は、全く分からない?」
こちらを指していた指を下ろし、ルディランズは首を傾げる。
それに、ブレアは頷いた。
「勉強していませんから」
「カタログには、冒険者の経験あり、とあったが?」
「一ヶ月も働いていません。だまされて、借金を背負って、奴隷になりました」
「ああ、よくある話だ」
納得したように、ルディランズは頷く。
実際、冒険者として働き始めた新人の内、四割が昇格し、三割は諦め、二割は死に、一割は奴隷になるという。
ちなみに、四割の中から更に昇格できるのは、その中で二割いるかいないかだ。
「まあ、使い魔と言っても、ふつうに仲間として扱うから、心配はいらない」
「そう、なのですか?」
「メリットやらデメリットやらはおいおいでいいさ。それに、戦えないとは言うが、鍛えればそれなりに行けるだろ」
「・・・・・・そう、でしょうか?」
ブレアには、よくわからない。
ブレアの今までの人生で、こんな風に人の期待を感じたことなど、一度もない。
「・・・・・・よろしくお願いします」
「おう。任せな」
だからこそ、軽薄とも胡散臭いとも言える笑みでも、信用してみよう、とそう思った。
・クラス
冒険者のライセンスカードに記載される、冒険者の分類。
協会の設定した一覧から、自分に合っていると思うものを選択する。
選択したクラスによって、ライセンスカードによる強化の方向性や、取得できるスキルの内容が変化する。
この時取得できるスキルは、汎用スキルと分けて、クラススキルと呼ばれる。
最初の選択は無料。二回目以降は、手数料が必要。
試験迷宮でレベルが五〇を越えるごとに、上位クラスかサブクラスを取得可能。
なお、クラスを変更すると、レベルが一扱いになる。