後のこと
「ほっほっほ。青いのう」
デニスは、並べられた薬草束を分類し、整理しながら、笑う。
そんなデニスに、カーテンに隠された影から若い男の声がかかった。
「新人には優しくしてやれよ。じいさん」
「何を言うか若造。損はさせとらんぞ?」
「よく言う・・・・・・」
若い男の声は、呆れたように息を吐いた。
その手元で、かちゃかちゃと音がするのは、何か器具を動かしているからだろう。
「商人に直接採取物を売買しちまうと、協会での功績としては評価されない。新人なら、多少安くなっても協会に売った方が、後々いいことは多いってのに」
「ほほ。買い叩いておらんだけ、儂は優しいじゃろ?」
好々爺のような笑みで、穏やかに笑うデニスだが、
「買い叩きもいいところじゃねえか。一本だけ、レア薬草混じってたろ」
「ほう。相変わらず、よい目じゃのう? 『百識』。カーテンの裏からでも見えておったか」
薬草の分類を終え、
ふ、とデニスがカーテンを開けると、その奥の空間で、並べられた試験管の列に目を向けるルディランズがいた。
「どうじゃの?」
「だめだな。結果のばらつきが大きすぎる。魔力の定着率がばらばらにすぎて、結果が安定してない」
「ふうむ。やはり、エリナシの調合比率の問題かのう?」
「溶媒に使っているクェル油の方じゃないか? あれ、鉱物油だろう? 成分に魔力の蓄積性質があるんじゃないだろうか?」
「ほう」
「それが、調合過程の加熱処理の時に、変質して、魔力の蓄積量が変わって、効果を不安定にしている、とか?」
「なるほどのう・・・・・・」
二人で実験結果について、あれこれと言い合い、記録を取っていく。
ルディランズがどうしてここにいるか、と言えば、端的に言うと、アルバイトである。
『魔眼』を使えるルディランズは、場合によっては、測定機械を使うより詳細で多様なデータを観測することができる。
デニスは以前から、ルディランズのその力に目をつけて、こまごまとした実験の計測を頼んでくるのだ。
ルディランズとしても、一般には流通しない希少な薬草なんかを分けてもらえるので、基本的に快く協力している。
「しっかし、新人相手にあこぎな商売すんなよな」
「何を言うか。儂はもう引退した身じゃぞ? 老い先短い身で、老後のか細い蓄えからようよう依頼を出しとるんじゃからな」
よよよ、と泣き崩れたような動きをするが、ルディランズからしてみると、とても嘘くさい。
まあ、わざとそういう風に見えるようにふるまっているんだろう。
デニスは、薬師としての功績は、多少ポーションの流通を解消した程度の話だが、商会の主としては、かなりのやり手である。
「本気でやったらかなわんから、俺は、さっさと行くとするよ、と」
「ほほう。そうかの」
適当に、必要な薬草をいくらかもらって、ルディランズはデニスの工房をあとにした。
*****
「エレナさん。もらってきました」
「はい。確認しますね」
依頼書をエレナに提出すると、エレナはそれを受け取り、内容を確認する。
「はい。問題ありません。それでは、報酬です」
「やった!」
「どうします? 今全部持っていきますか?」
「半分ください」
「はい」
冒険者協会では、報酬を預かっておいてくれる。
銀行は別にあるし、そちらへ送金することもできるが、使うときまで預けておく、というやり方でも問題ない。
冒険者協会に協力している店舗なら、冒険者協会に預けてある報酬から、支払いもできる。
ただ、現金を別に持ってきて預ける、というのはできない。
あくまでも、依頼の報酬を一時的に預かっている、というていである。
「そういえば、他には何か採取してこなかったんですか? もしよければ買い取りますが」
「あ。それなら、依頼主の方で買い取ってくれました」
「・・・・・・あら」
エミリーが笑顔で答えたので、エレナは驚いて、思わず口に手を当てた。
その仕草と表情が気になったのか、エミリーが不安げな様子で、エレナに問いかける。
「あの、何か、問題ありますか?」
「ああ、いえ。問題か、と言われると、なんとも・・・・・・」
ううん、とエレナは言葉に迷う。
一応、冒険者が商人と直接交渉をすることに関して、冒険者協会から介入することはできない。
そういった直接交渉で、安く買いたたかれようが、あるいは、高値で売りつけられようが、それは全部冒険者の自己責任だ。
ただ、
「ちなみに、いくらでした?」
「ええっと・・・・・・」
買取金額などを伝えると、エレナはやはり、ううん、と微妙な顔で首を傾げた。
「何か?」
「いえ。大体相場通りだなあ、と。冒険者協会で売却すると、手数料が引かれるので、その分だけ高く売れた、と見ることもできますが・・・・・・」
「じゃあ、お得じゃないんですか?」
「ただ、冒険者としてなら、協会に売ってくれた方が功績扱いになるので、長い目で見るとお得なところもありますねえ」
「え」
エミリーは、がん、とショックを受けている。
それを見て、言葉を飲み込んだ。
デニスは常識人ではあるが、それはそれとして、商人でもある。
例えば、採取してきた薬草類の中に、見分けがつきにくいレアな薬草があったとして、何も言わずに薬草の値段で引き取るくらいは、やりかねない。
間に冒険者協会が入っているならともかく、直接の交渉の場合は、これも自己責任、である。
「それに、直接交渉の場合、買いたたかれても文句は言えません。デニスさんは、今回相場で買い取ってくれたみたいですが、すべての相手がそうしてくれる、とは限りませんからね?」
この程度にとどめておく。
あまり深入りしても、結局はロクなことにならない。
「むむ・・・・・・」
どっちがいいのか、というのを、自分の頭で考える、ということが大事だ。
だから、
「とにかく、依頼はこれで終わりです。お疲れさまでした」
「・・・・・・はい」
エミリーは、どこか納得いかない顔をしつつも、頷くのだった。
・素材の性質
薬草に限らず、この世界で採取できる素材、というのは、大なり小なり環境の影響を受け、様々な性質を持つ。
鉱物類の場合は、近くに竜種が住んでいると、その竜種の影響を受けた力を得る。
作中に出ているクェル油、というのは、鉱物油だが、近くにある鉱物の属性の影響を受けるため、採取した地域や地層の状況によって、さまざまな性質を持つことがある。
こういった性質の変化はどんなものにでもあるため、均一な品質の素材を手に入れる、というのは、非常に難度が高い。
一定の品質で採取するために、栽培技術を確立したり、錬金術などで性質そのものを均一化する研究も進められている。
一方で、こういった性質のばらつきを見切って、狙った効能の品を作り出すことこそ、生産職の腕の見せ所、ともいえる。
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別のも書いてます
『竜殺しの国の異邦人』
https://ncode.syosetu.com/n0793he/




