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 翌日。


 アタシは普段面倒を見てくれているメイドさんが短い悲鳴を上げるほど、青い顔をして起床した。眠ることはできたのに、まるで寝た気がしない。眠ったと思っているだけで、実際は夜通し起きていたのかも知れない。自分の事なのにはっきりと頭が動かない。


 それでも三カ月の内に慣れてしまったエオイル国での習慣があり、表に出ても差し支えない程の支度は整えていた。尤も朝ご飯は喉を通る気がしない。


 自室を出て朝食の支度のできている部屋へ向かった。王族貴族や、この国の正式な家来ではないアタシ達は行動スペースが他よりも勝手が違う。ニュアンスとしてはまだ来賓の人間としての扱いを受けているような具合だった。だから食事も彩斗がいるのなら二人で食べるし、彼が宮城を出ているの時は一人きりになる。


 当然のように、そこには彩斗がいた。昨日は結局会う事はなかったから彼は朝の挨拶と共に、


「ただいま。久しぶり」


 と、そんな言葉を飛ばしてきた。


「もう帰ってたんだ」

「うん。予定が少し早まってね」

「そっか。良かった、無事に帰ってこられて」

「ありがとう。スミちゃんは…なんだか疲れてる?」

「少しだけ、ね」


 それだけ言うと会話が終わり、二人でもそもそと朝食を食べ始めた。


 アタシの様子が明らかにおかしくて気になるような素振りを見せてきたが、特に言及されることはなかった。アタシとしても正直に昨日の事を尋ねる勇気がなかったので、お互いに無言が最適解になっている。


 それからしばらくすると、エオリル国の大臣の一人が部屋に入ってきた。


「お早うございます。彩斗様、架純様」

「ダープク大臣。お早うございます」

「お二人ともお揃いで助かりました。急遽ですがあなた方に同席を願いたいことがございます」

「…召喚の儀の事ですか?」

「おや、流石です。お耳が早い。この短期間のお二人の功績を我が国としても多大に評価しておりましてな。儀式には甚大な労力と魔力と資金とがかかりますが、戦力の底上げを思えば十二分な価値がある!」


 と、ダープクは熱弁する。太った体の肉がプルプルと揺れている。


 お二人の功績、何て言ってはいるけれど実際は彩斗の功績だ。多分アタシはおまけくらいにしか思われていない。それほど彩斗の活躍っぷりは凄まじいんだ。


 けれどもアタシとしては喜ばしくない。自分たちの戦争の為に不幸な目に遭うかも知れない人間をわざわざ別の世界から呼び寄せるだなんて。


 だからなのか、アタシは遠回りに水を差すような事をつい口走ってしまった。


「しかし…早急過ぎはしませんか? 前に聞いた話では準備には労力以上に時間がかかると伺いましたが」

「まあ、確かに時期尚早かと問われればそうかも知れません。しかし、我らにはお二人という成功例がありますからな。今回もきっとうまく行くはずです」

「それに…アタシ達が立ち会う必要があるんですか?」

「ええ。お二人は異世界の方ですからね。呼ばれた者達に説明や説得をするので先人としてご助力を願えれば、と」

「なるほど。そういう事でしたらご協力します」

「ありがとうございます」


 ダープクは儀式の詳細と時間とを告げると慌ただしく部屋を出て行った。


 本当は止めたかったけれど、そんな権利も発言力もないアタシはただただ押し黙ってしまう。


 そして、また彩斗と二人きり。


 ダメだ。息が詰まりそう。


「じゃあ、アタシも一回部屋に戻るね。また儀式のときに」

「スミちゃん」

「え?」

「何か心配事でもある?」


 そう聞かれて頭が一瞬真っ白になってしまった。壊れたジグソーパズルを大慌てで元に戻すようにアタシは頭の中に散らばった言葉をかき集めては何とか誤魔化すための返事をする。


「…召喚の儀式の事はアタシも聞いてたんだけどね。戦争のために他の世界から誰かを呼ぶって言うのは、やっぱおかしいと思う」

「…」

「現にアタシ達は不幸になってるし…」

「俺は必ずしもそうじゃないと思う」

「え?」


 彩斗は今まで見たことのない顔をしていた。決意というか、覚悟というか。何かを心のどこかに据えたような顔をしていたのだ。


「だってこの世界だと自分の才能とか、できる事がはっきりと分かるじゃないか。しかもキチンと結果を出して評価してもらえる。向こうの世界じゃあり得なかっただろ? 自分にどんな才能があるのか予め察知できるなんて」

「それはそうだけど」

「料理だって暮らしだって向こうにいた時よりもずっといい。まあ、強いて言えば娯楽くらいかな、物足りないのは。文化もレベルも違うしね。けど、トータルで見たら…」

「向こうの世界に戻りたくないって事?」

「少なくとも俺の中じゃ半々かな。こっちにだって信頼のできる人とか、助けたいなって人はできてきたし。今、仮に戻れるって言われても…どうするかは分からない」

「…そう」

「スミちゃんだって頑張ってるとは思うよ。けど、もう少しやり方は考えてもいいと思う。せっかく俺よりも希少な能力を持ってるんだし。みんな期待している」

「知ってる。だから期待外れの黒聖女なんて呼ばれてるんだし」

「っ!?」


 今度は彩斗の方が黙ってしまった。きっと頭の中にはメイリオの顔が浮かんでいる事だろう。


 そう思うとアタシは何故か笑ってしまった。


「アタシは…彩斗と向こうの世界で普通に結婚して、普通に暮らしたい。向こうの世界じゃ給料が少ないとかつまらないとか仕事が大変とかは確かにあるけど、そんなの戦争に比べたらどうでもいいし、どうにかなることじゃない」

「…わかった」


 何が分かったの? とは聞かなかった。いや違うか、聞けなかった。


「それじゃ召喚の儀式の時に」


 それだけ言い残してアタシは部屋を出た。絶対に人に会いたくなかったので、自室ではなく昨日と同じ蔵書用の保管庫に一直線に向かう。保管庫にいる間、ずっと彩斗からもらった万年筆をただぼんやりと眺めて、儀式までの時間を過ごしていた。

読んで頂きありがとうございます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 追いつくのが早くて驚きました!今のところ本当に面白い作品です。
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