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「ありがとう。フィフスドル君」

「…ふんっ」


 そしてバツが悪そうに顔を背け、無理からこの話題を変えた。


「それで…ノリンとか言ったな? お前はどんなことができるんだ?」

「うむ。儂は吸血鬼としては下級も下級。碌な魔法は使えんし、長く生きているのが取り得くらいじゃな」

「なんだと!? あれだけ偉そうな態度をしていた癖に!」

「後は長らく培った侍の技くらいか。ただこの世界で通用するかはまだ分からん」

「サムライ…確かジャパニーズ・ソルジャーの事だったな? その腰の剣で戦うと?」

「左様。武芸十八般は修めておるが、言っても分からんじゃろ?」

「全く分からん」

「例えばじゃな…」


 ノリンさんはフィフスドル君とチカちゃんの手をギュッと握った。その瞬間、二人は声を上げたかと思うと固まってしまった。


「「え?」」

「な、何? 何にしてるの?」

「か、体が動かない」

「ちょっと…え、なにこれ~」

「一体、何の魔法だ? いや魔力は感じない…魔法じゃないのか?」


 二人は顔を歪ませるくらいに力んで体を離そうとしている。どうやら遊びではなくて本気のようだなのにピクリとも動かない。傍目にはただ握手をしているようにしか見えないのに。


 何が起こっているの?


「これは『柔』という技法の一つでな。主らの筋肉の動きを読んで打ち消すように儂が微妙に力を込めている。だから動けん訳じゃ」

「あ。なんかテレビで見たことあるかも」

「てれびん?」


 あ、そっか。言葉は通じても幕末から来た吸血鬼がテレビを知っているはずもないか。


 ノリンさんはパッと手を離す。すると力を込められていた二人が支えを失ってドサリと尻もちをついた。


「ぐはっ!」

「ったぁい~」

「ははは、すまんすまん…とまあ。こんな具合に徒手や武器の扱いができるというのが特技と言えば特技かの。槍とか弓も使えるぞい」

「魔法や呪いでない分、余程不気味な技だ」

「さて」


 ノリンさんは尻もちをついた二人を無視して未だにアタシにしがみ付いているナナシ君に近づいた。そしてしゃがみ込み、目線の高さを合わせる。


「ナナシ。お主はどうじゃ? 何かできそうな感覚なんぞないか?」

「アル」

「え? あるの? 教えて」

「ワカッタ」


 ナナシ君はアタシの後ろからジャンプして前に飛び出した。しかし着地の瞬間に彼の姿はなく、代わりに一匹の黒猫がいるばかりだった。


 …これって変身したって事?


「ほう、変化か。生まれたばかりなのに大したものじゃのう」

「オレ、コレトイタ」

「猫と一緒にいたの?」

「ソウ。ネコ、アイタイ」

「…うん。会えるよ、きっと」

「ウン。アウ」

「どうやら模写が上手いようじゃな。他の獣にはなれんのか?」

「ナイ。ケド、デキルコトマダアル」

「やってくれるかい?」


 猫ナナシ君は頷くと少し場所を移動した。森に生い茂る枝葉の合間からぽっかりと空が見える。そこから差し込む月の光が夜なのにも関わらず木々に影を出すほどに光っていた。


 すると次の瞬間、猫ナナシ君はその木の影の中に飛び込んで消えてしまった。木の影がまるで石を投げ込まれた池の水面のように波紋を描いている。


 そしてどういう理屈化は分からないけれども、猫の顔だけがひょっこりと影から現れた。ちょっと可愛い。


「なんと! 影に入れるのか」

「コレシカナイ」

「十分だよ。すごいすごい!」

「へ~。やっぱり同じ吸血鬼でも世界が違うと全然違うんだね~」


 チカちゃんはそんな感想を呟いた。


 やっぱり吸血鬼と一口に言っても千差万別なんだ。当然と言えば当然か。人間だって十人十色で得手不得手があるんだもの。


 けれど…どうしよう。


 召喚された時と違って身体的な変化以外でアタシの中には目新しい感覚がない。彩斗の作ったよく分からない装置みたいに確かめる術もない。アタシはそれを正直に四人に打ち明ける。そうしたらノリンさんがあっけらかんと返してきた。


「そりゃそうじゃろう。ついさっきまで人間だったんじゃ。架純殿はある意味ナナシよりも赤ん坊」

「けどナナシ君はもう色々できるのに…」

「純正のモノノケと元人間とでは生まれた経緯が違い過ぎるわいな」

「そういうものかな…」

「大丈夫だよ、架純さん。吸血鬼の事なら私が色々教えてあげるから~」

「それにチカ達を助けた時のインク魔法とか癒しの術あるんでしょう? ひとまずは十分じゃない?」

「言う通りだ。それに今しがた言った通り、このアンチェントパプル家の嫡男たる僕がついているのだ。今のままでも十分だ」


 …。


 …そう言われて、アタシは何だか肩の荷が一つ降りた気分になった。


 誰からも期待されないというもの悲しい事かも知れないけれど、勝手に期待されて無理難題を押し付けられて、その上で期待外れなんて汚名を与えられていた生活がやっと終わった。


 フィフスドル君の言ってくれた『今のままで十分』という言葉が、ふんわりと優しくアタシを包んでいく。


 するとどうだろう。この数カ月で我が身に起こった出来事の数々が次々に想起される。


 異世界への召喚。

 よく分からない能力。

 大量の血と怪我人。

 メイリオの悪態。

 口喧しい貴族諸侯たちの相手。

 壊れた未来。

 彩斗の裏切り。


 思い出したくないのに、だんだんと記憶が濃くなっていってしまう。


 気が付いた時、アタシは泣いていた。四人の目があったから何とか声は押し殺したけれど、それでも溢れてくる涙だけは止められなかった。


 歯を食いしばってみても嗚咽が出るばかりでちっとも効果がない。


「うッぐ…ひっぐ…」


 そんな声が周りの木の葉を掠めていく。アタシが泣き止むまでの数分間、四人は何も喋らずにじっと風景に徹してくれていた。


 やがて涙が収まるとフィフスドル君が黙ったままに一枚のハンカチを手渡してくる。


「い、いいの?」

「ハンカチーフは自分で使うのではなく、誰かに貸すために持つものだ。いいから使え」

「…アメリカ人みたいな言い回しぃ」


 アタシは鼻を啜り、だみ声で自分でもよく分からない事を言った。


「はぁ?」


 アタシはありがたくフィフスドル君のハンカチで涙を拭いた。思えば少年とは言え、男の人からハンカチを借りたのは初めてだ。たった、それだけの事なのに何だか心がほかほかと温かい。


 お城の中ではある種の腫物扱いを受けていたから、こういうほんのちょっとの優しさに飢えていたのかも知れない。


 やがて人心地入れると、いよいよこれから先に一体どうするかを相談し始めたのである。


「みんな、ごめんね。これからの事についてお話しよう」

「うむ。そうじゃな」

「まず大前提としてアタシは元の世界に帰りたい」

「当たり前だ。ここに骨を埋めるつもりはないぞ。僕にはアンチェントパプル家の嫡男としての責任がある」

「チカもこの世界は嫌いだな~」

「ネコ、アイタイ」

「来る道があるのなら、戻れるは道理じゃ。儂も今のところこの世界の人間は好かん」


 …良かった。


 彩斗みたいに、この世界に何かしらの魅力を感じて戻りたくないと言われたらどうしようかと思っていた。少なくともその志がある限り、アタシ達五人は一つにまとまることができるだろう。


「それを踏まえてどうしようか。実はアタシはほとんどあのお城の中で過ごしていたから地理とか情勢とかは全然分かんない…」

「心配いらん。近隣のことくらいならどうにかなる。流浪生活が長かったからの…ただ宛てなく彷徨うと言うのは中々につらい。仮でもよいから目的があるといいじゃが。どこか行きたいところはないか?」

「別世界で行きたいところなど思いつくはずもないだろう」

「え? チカは行きたいところあるけど」


 そう言ったチカちゃんに皆で顔を向けた。この状況で一体どこに行きたいというのだろうか。


「どこに行きたいの?」

「吸血鬼のいるところ~」

「え?」

「だって戦争してるって事は少なくともこの世界にも吸血鬼はいるんでしょ? 会ってみたいよ。それに事情を話せば力になってくれるんじゃない?」


 そう言われて目から鱗が落ちた。こうなってしまった以上、この世界でのアタシ達は人間と敵対関係になってしまっている。ともすればチカちゃんの言う通り、同じく吸血鬼を頼りにすると言うのは自然の発想だ。


 他の三人もそれは同じようだった。


「チカ殿のいう事は尤もじゃな。少なくとも人間を頼るよりかはマシじゃろうて」

「決まりだな。戦争と称している以上、向こうにも国や軍として機能するくらいの数がいるはずだ。人間の街でも見つければおのずと情報が得られるだろう」

「では早速探すとするか。できれば夜のうちに見つけてしまいたいが、そればかりは神頼みじゃな」

「吸血鬼が神に頼るな!」

「え~。なんで? 別にいいじゃない」

「こっちの世界ではそうなんだ!」

「…ウルサイ」

「ふふ。違うよ、ナナシ君。こういうのは賑やかって言うんだよ」

「ニギヤカ…」


 そう。これは賑やかというのだ。


 こんな風に楽しいと思えたのは久しぶりだった。あんな事があったのにどこか心が弾んでいる。自棄になっているのか。それとも自分で思うよりもアタシは薄情な人間だったのだろうか。


 あ、もう人間じゃないのか。


 さっきも思わず口にしていたけれど、本当に生まれ変わった様な気分。みんなの一番後ろをついて行くアタシの足が軽いのは、気持ちのせいなのか、それとも吸血鬼なったせいなのか。どちらなのかは分からなかった。


読んで頂きありがとうございます。


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