9.動揺するクリス-その時カズは-
全48話予定です
日曜~木曜は1話(18:00)ずつ、金曜と土曜は2話(18:00と19:00)をアップ予定です(例外あり)
「そ、そ、そんな事はない、事はない、と言いますか、何と言いますか……」
と、動揺するクリスに対して、
「そうなのか、それはとてもありがたい、ありがたい事ではあるんだが」
とまで続けたカズの顔色が変わる。その変わり方に、今度は二人が驚いた。
例えて言うなら、何かに怒っている、そんな顔つきになったのだ。
「どうしたの?」
と恐る恐る聞くレイリアに、
――俺は、俺は……。
「俺は、俺を絶対に許せないんだ!」
そう言うと、カズは持っていたフォークで自分の腕を思い切り刺したのだ。たちまちシャツに血がにじむ。そこまで来て、クリスもようやく気が付いたようだ。
「すみません、失礼します!」
それだけ言うと、強く握られて震えているカズの手からフォークを半ば無理やり引き剥がして、今度はカズの腕のシャツをめくって自分が持っていたポーチを開け、中から応急キットを出して手当てをしたあと、パッチを貼る。
普段着と言っても今は初夏である。ホットパンツのレイリアやクリスとは違い、下は普通のジーンズを穿いていて隠れている容姿だが、上半身は皆が薄手の、軍から支給されたYシャツである。そして、まだあっけにとられているレイリアだが、ふとカズの、その露出した腕を見れば、そこら中が傷だらけである事に今頃気が付いたようだ。現に、それ以上の言葉が見つからないでいる。
だがようやく、
「カズは自分の事許せないの?」
と、皆が聞きたいであろう事を口にするが、
「レイリアさん!!」
クリスの一喝したその声にレイリアがびくつく。
「じ、じゃあ、その腕に貼ってあるパッチって」
よく見ると、何か所かにパッチが貼ってあるが、それは医務班の持っているような本格的なものではなく、自分たちが定期的に所持を確認している応急パッチである事はレイリアが声に出して聞かなくても分かる。
「この治療痕って、もしかしてクリスが?」
次に聞きたいことを口にする。
クリスはその質問には、
「……ええ、私が」
と答えた。
「全部?」
「……ええ、全部」
そう語るクリスもようやく落ち着いたようである。血の付いたフォークをカズの手の届かないところにさりげなく置いてから、
「実は、これもあって、食事にお誘いしているのもあります」
と返した。
事実、クリスはカズのサポート的な事をしているせいか、生活リズムが似てくる。食事に限らず戦闘後の実務も手伝っているとなればそれは当然の事だろう。
「すまない、余計な気を遣わせたな。突発的に発作みたいに、一度感情が高ぶるとどうしても収まらなくて。いつもならもう少し制御できたんだが……」
手当が終わる頃にはカズも冷静になっていた。幸い、周りにはほとんど人がいなかった為に大した騒ぎにはならなかったのだが、
「先日は、ちょっと騒ぎになりまして」
クリスが説明するに、やはり今回のように急にカズが激昂して自分の腕を、その時はナイフだったが、刺したのだ。それを偶然目撃した兵士が[喧嘩だ]と間違えてクリスとカズの間に割って入ったそうだ。その後、クリスがそれとなく説明してその場は何とか収まったとの事であった。
「いえ、私は構いません。私でよければいつでもお呼びください」
――本当は事情が聴きたい、そんな顔をしているな。でもすまないこれは誰にも話せないんだ。
「ゴメンね、今まで何で忘れてたんだろう。そう言えば前にもあったよね。気が付けなくてごめんなさい。と、とりあえず、食べよ、ねっ?」
レイリアがそうフォローすると、
「そうしましょう。せっかく支給された食事です、摂らないのはよくないですし」
察したクリスがそれを支持する。
食事が再開された。
あんな事があったせいだろうか、口数はまばらだ。だが、間をおいて誰かが何か話をしている、そんな環境は続けられた。
そんな中カズが、
「そういえばレイリア、頭とお腹のプラグ大丈夫か? 相当痛かったろうに」
と会話を続けたのだが、言ってから[しまった]と思う。
――余計な事言っちまった。
「うん、帰ってきた直後はだいぶ痛かったけど、今は平気。それより、あたしたちは脳と子宮のシグナルを使って動かしてるって前に聞いたけど、カズはどうやってレイドライバーを操縦しているの?」
多分、レイリアも言ってから[しまった]と思ったのだろう。
すぐに、
「ゴメン、ゴメン。そうだよね、機密事項だもんね。あたしってばヤマニさんにも注意されたのに、つい」
フォローに入る。クリスも無言で眉間に手を当てて首を振っている。
だがカズは、
「すまない、その通りこれも機密事項なんだ。レイリアとはいえ、いや誰にも教える事は出来ないよ。でも、その理由というのが、自分が許せない原因でもあるんだ。そして、もう一つの許せない理由、それは」
「それは?」
クリスも思わず立場を忘れてレイリアと二人して興味を抱く。
「それも言えないんだ、勿体ぶって言わないなんて本当にすまないな、察してくれ」
そう言うのが精一杯だった。
――レイリア、きみは本当によく似ている。似ているからこそこんなに心乱されるのだと思う。そう、チトセに似ているんだ。
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